『勝手にしやがれ!! 黄金計画』(1996)

シリーズ第3作目にあたる作品で、黒沢清監督のファンの中には、
これを全6作中のお気に入りに挙げるかたも多いようです。

わかるような気がする。
その後の『カリスマ』や『LOFT』との関わりを想像したくなる、森の中での移動撮影があれば、
ヒロイン・律子役の藤谷美紀さんが唐突に「ラ・クカラーチャ」を歌いだす場面もあるし、
彼女はまた、「ジャマイカ、ゴー!」なる歌をくちずさんではしゃぎだすし、
耕作は卵を焼きながら手順を歌って説明するし、
鈴木先生はマッチ売りの少女よろしく、籠を片手に、「ナイナイ、ポンポコリ〜ン」と虚ろなダンスを披露する。
(しかし、ここだけ読んで映画をまだ見ていない人は、どんな作品だと思うだろうか??)
老人ホームで車のキイがポンと置かれる机の朱がかった赤がワンカット映っただけで、
黒沢映画を観ているなぁと実感できるし、それを挟んで、同じ色が玩具からワーゲンへと飛び石のように
イメージを連鎖させてくれるところも、やはりたまらない。

いや、それ以上に、映画全体の風通しがすこぶるよくて、そういえば実際の自然の風はあまり目立たないんだけど、
「撮影快調」という惹句がそのまま頷けるような、そんな現場の空気がビシビシ伝わってきますね。

前2作までは、雄次が自転車で駆け込んできていたオープニングが、今作では彼は部屋のなか。
七輪で魚をあぶったりして食事の準備をしているんだけど、最初の壁を映したカットからもう「黒沢」なんだなぁ。
その様子を猫が首を動かして獲物を凝視するように追っていたカメラが左にパンして、
そのまま壁をぶち抜けて外に出ちゃったように見える編集で通りに移ると、耕作が駆け込んできます。
その姿にテーマ曲が立ち上がって、ドアに飛び込む耕作を、やはりカメラが壁を越境してパンしていくようで。
あるときは老人ホームでの干された洗濯物越しに、あるときはポンコツの車を押しながら、
あるときは森の木立ちの木々越しにと、次々に出てくる移動撮影も目に焼きつく鮮やかさでワクワクしますし、
律子がサッと動かしたミニカーから、3人の乗った車がノロノロ走る田舎の一本道への繋ぎも、
とにかく映画青年を感激させるに充分の作りで楽しませてくれます。

そんな中、洞口依子さん演じる羽田由美子はというと、今回は前2作とはちがった面白さがあるんですね。
ある老人を探し出す依頼を受けながら、結果としてそのお爺ちゃんを死なせてしまった雄次と耕作に、
依頼主の怪しい2人が抗議に来る、今回はそのシーンで由美子が登場します。

例によって、店の奥のカウンターに腰かけて、スネに傷持ってそうな依頼人たちの臭い芝居を見ている。
表情の見分けもつかないくらいに奥まった依子さんの白い顔が、間接照明のようにある空間。
「こんなミスをするなんて、あんたらしくないですよ!」と激昂する依頼人の前に歩み出たかと思うと、
意外にも、「完全にこちらの不手際です」と素直に頭をさげる由美子。なんでこんなにしおらしいんだ由美子!
思わず、雄次に代わって、「気をつけろよ、その女に頭を下げさせるとロクな目にあわねえからな!」と
言葉を投げたくなります。
「まったく、おたくは調査員を変えたほうがいいんじゃないかね!」と、さらにクレームを浴びた由美子ですが、
「そうですねぇ!わたしもそう思ってるんです!」、満面笑みを浮かべて顔をあげます。
依子さんのこの笑顔と声の張り具合は、同時期にオンエアされた『鬼ユリ校長走る!がんばれじいちゃん』での彼女を
彷彿とさせるものがあります。

ひとしきり「貸し」を押しつけて帰った依頼人を見送っての由美子。
入口からカウンター前を横切って歩きながら、
「なによ、あれ?」などと打って変わって唇をとがらせてグチをこぼしだします。
そのまま手前のテーブル席に腰かけて、「先生、コーヒーおかわり」。
鈴木先生を中心にレギュラー男性陣3人がとぼけたやりとりを繰り広げるなか、
一人、カメラに右側を向いてゆったりとした手つきでコーヒーを口に運び、
さりげないしぐさで右ひじをついて手に顎を乗せます。
背後での男たちのやりとりに耳を傾ける素振りもなく、視線を前方から動かさない彼女の絵が、
フォトジェニックな美しさを発していて、大好きなシーン。

黒沢監督は、女優という存在は、髪型や化粧などで仮面をかぶってしまうので、
その場で起こっているリアルを追求したい自分の姿勢とは相反してしまう、
だから自分の映画で女優が輝いているのなら、それはその人の魅力なんだ、
ということを何度か語られています。
しかしこのシーンなどをみると、ちょっとそれは鵜呑みにはできない感がありますね。

ただ、そうまでスタティックな美を保っていた洞口依子さんが、
さらにそこから立ち上がってカウンター奥へと歩き出し、
「老人ホームからおじいさんの車を取ってきなさい」と雄次にキイを渡すとき、
「車を売って今回の経費の代わりにすればいいじゃない。それいいじゃない!ねぇ」と
突然はじけるような声をあげて思いついたように笑みを見せる瞬間なんかは、
やっぱり彼女の魅力なんですよね。

この『黄金計画』は、シリーズ全作を通じて、「めずらしく」ヒロインが印象に残る作品とも言えます。
律子という女の子が、雄次と耕作をさんざん翻弄させるキャラクターなんです。
この子は、勝手に他人の物を持ち出して売りに出すし、それをとがめられると逆ギレして反抗するし、
そのあとでも悪ビレることなく姿をあらわしてシャアシャアとしているし、かなり手こずらせるのですが、
見終わったあとに、雄次や耕作の側の世界にいる人間として残っています。

それが決定づけられるのが、彼女が鈴木先生の店でだべっている場面。
ここでCREAなどを読んで一緒にはしゃいでいるのが、なんと由美子なんです。
「ジャマイカに行きたい!」とのたまう律子に、
「音楽をやりたいんなら、やっぱりジャマイカよねぇ〜」と笑顔で同調する由美子。
差し向かいでショートケーキを食べている2人の絵。
「わたし、ジャマイカってどこにあるのかも、知らないの~
あ、あったあった!え〜!こんなにちっちゃいの〜!」と雑誌の地図を確認する律子。
「ほんと?やだぁ〜!」と一緒になって笑い転げる由美子。
律子の夢に、洞口依子ファンなら後年『ニンゲン合格』で彼女が演じたミキという歌手志望の風変わりな女の子を
連想してニヤニヤしてしまうこと請け合いですが、
それよりもなによりも、このシーンは由美子から律子への「お墨付き」の意味合いがありますね。

このあと、律子に店内の調度品を根こそぎ盗まれる展開で、鈴木先生がショックで先述の「ポンポコリン」踊りを
披露するシーンに由美子がいないのも、2人の親和性を(かなり)遠まわしに印象づけられます。


1996年2月16日公開
黒沢 清 監督・脚本
喜久村 徳章 撮影
Torsten Rasch 音楽

製作・配給 ケイエスエス

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