『ニンゲン合格』(1999年)

とにかくですね、まずはこのホンダのページへ飛んでいってみてください。
http://www.honda.co.jp/BestSceneofHonda/scene60/
映画の中で使われたのは赤色でしたが、こんなセンスのいい道具が配してある、という。
さらに、西島クンの着ているTシャツも、ほぼ同系色ですよね。これも目を惹きます。
あとは役所さんの乗っているトラックの浅い緑色も好きです。
このトラックが、郊外とおぼしき住宅街の角をノロノロ走っている絵の魅力!

とまぁ、初手からこんな具合で申しわけないのですが、
作品自体についてはさまざまな面から語られているわけだし、
ここは洞口依子さんのファンサイトということで、ミーハーに語らせてください。

歌手志望のミキを演じる依子さんの出演シーンは合計4箇所。
個人的にはポストカードのアップもカウントしたいくらいなんですが、
実際に出てくるのは全部で5~6分ほどです。
でも、そのうちの3分は「月影のレヴュウ」(ゲイリー芦屋 作)をフルコーラス唄いきりますし、
ほんの少しですがウクレレを爪弾くところもあったりするので、
ファンにとってはじつに満足感のある作品です。
エンド・ロールでも、もう一度、歌が流れますしね。

しかし、この映画での依子さんの何が印象に残るかというと、私はその登場シーンです。
これからご覧になるかたのためにあえて述べませんが、
一度、肩すかし程度に通りすぎたなと思っていると、その次にやっちゃってくれます。

黒沢監督の作品では、人物がこんな状態に陥るのはおなじみの光景。
『勝手にしやがれ!!』シリーズでも、毎度だれかが災難に遭っています。
さすがにあのシリーズの中では依子さんにその役割は振れませんよね。

そういえば、豊役の西島クンもやってますね。
そんなこともあってか、豊とミキのあいだに絆が見えるかのよう。
「突然段ボール」の絆か。

この映画を見るたびにいつも凄いなと思うのは、あの家、家屋の内側のよそよそしい佇まい。
子供部屋や廊下って、家族の人間にとっては日常的でなじんだ存在のはずですが、
久しぶりに実家に帰ってきたときの、他人の家に感じるような距離感やぎこちなさが、
映し出されているんですね。

ミキの出てくる土手の場面とクラブの店内には、そうしたぎこちなさを感じません。
とくに土手の場面なんて、依子さんの姿は右端で切れて顔も映らない状態が続くし、
代わりに真ん中でしっかり映っているのはウクレレのハードケースなんだけど、
とっても和らいで安定した空気です。
だいたい、ニューヨークで歌手になるのが夢、という女の子にウクレレを持たせて、
なおかつそれを弾かせる、というのもあんまり見ない趣向です。
それで、このウクレレをポロンポロンと爪弾く依子さんの表情が柔和で自然で、
「洞口依子がウクレレを弾いている」姿がそのまんま映っている。
夢を語る彼女に対して、「ふうん」とか言っている西島くんの間合いも最高ですよね。
なんか、ずれてる女の子と男の子の図が、そこはかとなく、こそばゆくていいです。

彼はこののちに彼女の歌っているクラブを訪ねるんだけど、
その前に「馬の飼いかた」とかいう本を買うんですよね。
この本が1150円、というセリフのリアリティーも好き。
で、その「馬の飼いかた」を持ってクラブにやって来る西島くんがいいんですよ。
僕が女の子だったら、彼のこういうところ、カワイイと思うんじゃないかな。

そこで演奏が始まります。これが「月影のレヴュウ」。
戦前の上海を舞台にしたギャング映画でかかりそうな、ノスタルジックな曲です。
店内を歩きながら歌う依子さんの歌は、上手じゃないんだけど、
あの種の歌のコブシというか雰囲気をなりきって伝えているセンスがあって、
でもお客さんがお義理で拍手するくらいで、そのドキュメントに立ち会うのって、
不思議なスリルとくすぐったさがあります。ここはワンカット。
名場面だと思う。

歌い終わったミキが、彼の持っていた馬の本にポストカードを挟むのも、
わかったようでわからない面白さです。
この面白さは、映画を観終わるとさらに倍増するんですけど、
歌の実力といい夢といい、彼女はどこか勘違いをしたまんま生きてる人なんですよね。
でもそこがすごく可愛い。そのずれかたが、ぜんぜん愚かに見えない。

彼女が、このあとラストのカットまで一度も彼に関わらないのも、
黒沢監督の映画を見てるなぁという気にさせてくれます。
もしかして、彼女は現実の存在ではないんじゃないか、
そんなことまでチラと考えてしまうほどなんですけど、彼が存在したように彼女も存在したと、
はっきり見せてくれるのが最後のカットですよね。
ここも初めて見たときは、「え!この絵で落ちますか!」って驚いたけれど、
あのミキという子なら、これでいいのかもなぁ、って思わせちゃうところがあります。

それにしても、この映画に限らず、黒沢作品を、そして洞口依子さん(や西島クンも)の魅力って、
こうやって言葉に、文章に起こしていくと、半減していくように思えてなりません。
とくにこの映画では、西島秀俊と洞口依子という存在の含むボンヤリとしたスペースが、
決してト書きになおせない曖昧な味わいを醸しているので、よけいにそう思います。
この2人の顔のアップなんて、ほとんどないですしね。
たまに西島クンのアップが出てくるとビックリしますもんね!
「おわっ、アップだ!こんな顔してるのか!」って。

たとえば、この話って、けっこうTVドラマでリメイクしてもいけそうな題材だと思うんですけど、
TVでこのとりとめを感じさせない味わいはどうなんだろう?と呟かせてしまう何かがあります。
その何かが黒沢作品だし、洞口依子という女優なのかもしれません。

洞口依子さんのファンは必見です。ぜひ見てくださいね。
とにかく、いま依子さんが好きだと思う気持ちが、観終わると何十倍にも増えていること間違いなし。
見るたびに、増えていきますよ。



劇場公開時のパンフです。
黒沢監督、役所さんに西島クンのインタビュー、そしてシナリオ採録。
判型は、「新書判」のやや横広? コンパクトです。
サンテグジュペリのペーパーバックみたいな表紙のレイアウトの裏は、廃棄冷蔵庫の山。

このゴミの山にも、赤と緑が!
裏表紙の広告で、ワイングラス片手に写っている西島クンには違和感がありますが(笑)


黒沢清 監督 脚本 
加藤博之  制作 
林淳一郎  撮影 
ゲイリー芦屋 音楽

1999年1月23日 松竹系で公開


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