『勝手にしやがれ!! 英雄計画』(1996)

見事な最終作。
全体のトーンは弾けまくった前作『成金計画』より暗さに包まれていますが、
とくに後半は、何が起きているんだ!と驚嘆し目が離せなくなります。
私の感想では、このシリーズとしてのエンディングは前作のそれでいいんじゃないか、
この『英雄計画』はもはや『勝手にしやがれ!!』以降の黒沢ワールドの始まり、と受け止めています。

実際に土地買収で空地化が進んでいたらしい荒川区千住での屋外ロケと、
集会所であるお寺での室内シーンの素晴らしさ。
その両方で画面を動き回る町内会員役の人々の存在感。
柵で仕切られた空地で、ゆうに7分にわたって展開するデモのシーンでの長回し。
それらはきっと、黒沢監督のファンのあいだで語り継がれていくのでしょう。

ひとつ、備忘的に書いておくならば、後半を章で区切っているそのなかで、
「死者よ来たりて我が退路を断て」というサブタイトルがあります。
これは『CURE キュア』がDVD化されたとき、クライマックス部のチャプターにも付けられたのと同じもので、
日大闘争を記録した北村隆子のフィルムにこのタイトルを見ることができます。

サッと流します。由美子、由美子。

『英雄計画』での羽田由美子=洞口依子さんについて。
ひとことで言うと、この最終作での由美子が体現するものは、「倦怠」。
借金を取立てた先のヤクザから逃げる途中、彼らに臆することなく抗議する青年に出会った雄次と耕作。
この青柳青年、最初ちょっと見分けられなかったんですけど、寺島進さんです。
白いパーカーにジーンズでリュックを背負っているのがあまりにイメージと違いますが、
後半、髪をなでつけてダークのスーツ姿で現れると、一転して紛うことなき寺島のアニキ。
真っ直ぐに正義を主張する彼の度胸に心動かされた雄次と耕作が、鈴木先生の店に戻って、
その話に花を咲かせます。
ここでカメラが左にパンすると、由美子の姿。『逆転計画』のときのように、座って電卓を叩いています。
由美子という人は、あさっての方角を見ていたかと思うと、急にはじけたような笑みで雄次と耕作をからかうこともあって、
そのあたりのムーディーさを、ここまでの諸作で依子さんが楽しそうに演じていましたが、
今作での彼女はもう笑みを見せることはありません。

「雄チャン、あなた、なんのためにこの仕事やってるの?お金のため?お金を儲けて人に威張ったりするため?」
「あぁ…そうだよ。なんか悪いか?」
「ふうん、でもそれって、雄チャンが一番嫌ってる人たちとおんなじなんじゃない?」
アウトローを気取りながら、それになりきれない自分に矛盾を抱いている雄次には、かなりキツいひとこと。
「なんだよ、由美子。じゃおまえはなんのためにこの仕事やってんだよ?」
シリーズ中、最終作にしてはじめて、由美子の内側にスポットが当たる箇所です。
由美子はカウンターへ移って前を向いてひじをつきながら、「アタシ?・・・ひみつ」
この「ひみつ」というセリフは、これまでの由美子ならおどけて「ヒ・ミ・ツ」とはぐらかしたかもしれませんが、
意外にあっさりと発するので、さらに入り込む隙間を感じさせます。
そしてその後のわずかな沈黙を、依子さんが背中で受けている姿がいい。
そこに鈴木先生が挙手しながら口をはさんできます。
「はいはいはいはい!その件に関しては、先生が答えま〜す」
「先生、オレはいま由美子と話してんだよ」
「ダメだダメだ!ダメだ!ダメだ!」いつになく押しの強い先生の語調に呆気にとられる雄次と耕作。
「先生はね、こないだ見ちゃったんだ。由美子クンはね、ここの売上の3分の1を、『世界平和事業団』に寄付してるんだよ」
「ホントなのか、由美子?」
問われるも、しらばっくれてごまかす由美子。
「だから、由美子クンの仕事は、世界平和のためなんです!」
あまりに予想外な真相(?)に見ているこっちがリアクションに困るなか、由美子というキャラクターの得体の知れなさと、
いやそれをも打ち消してあまりある「世界平和事業団」なる陳腐なネーミングのナンセンスさが、交互に押し寄せようかという瞬間、
次のシーンへと移ってしまいます。
このへんは監督の照れもあるんでしょうか。とっても好きなはぐらかしなセンスです。

青柳青年の町内クリーン化運動にかかわる羽目になってから、雄次は徐々にローカル・ヒーローへの道をたどっていきます。
由美子の意外な一面が彼にもたらした影響は大きいはずですから、物語全体としてみると、
彼女が雄次に引導を渡した部分もある。
いっぽう、前半での耕作は、そんな雄次とは距離を置いて描かれています。
この作品での耕作、とくに雄次が町内会の人々に英雄として祀り上げられる長回しでの彼は、
唐突な印象で現れ、カメラにもほとんど背を向けて遠巻きにその様をながめています。
さらにお寺の境内で、耕作がこれまた前後の脈絡からすると唐突に現われる、そのタイミング。
これらは、私には後の『カリスマ』で依子さんが演じた神保千鶴が出現する呼吸を連想させます。

忙しくなった雄次とは別行動で、耕作が店でクダを巻いている場面。
由美子は、円盤状の積み木を徳利サイズのボトルの上に積んで遊んでいます。
上半身をかがめて、けだるい口調で耕作を呼ぶと、
「全然お金にならなくて誰もやりたがらない仕事があるんだけど、やるぅ?」
あの「奸計めぐらす」という言葉がぴったりだった、食えない女、羽田由美子のオーラが消えかかっている。
声も低く張りがなく、「やるぅ?」の言い回しには、ゲームの相手をなくした一抹の寂しささえ漂っています。

そして物語が驚愕の展開を見せる後半に入ってから。
政府の浄化政策が進んで町はすっかり活気をなくし、雄次は官憲に追われて行方をくらまして一年がたってます。
耕作も「もうこの町にいてもやることがなくなった」と、先生と由美子に別れを告げにやって来ます。
一瞬、由美子の物憂げな表情がとらえられたあとは、画面は彼女を背後から見下ろす図に切り替わって、そのまま顔を映しません。
「そうねぇ、もう、ちょっとヤバいけどお金になる仕事って、なくなっちゃったわよねぇ」
(なぜか)タスキをかけた鈴木先生がスーツ姿で入ってきて、耕作とあっさりした別れの言葉をかわします。
そして未練も見せることなく店を出て行く耕作。「バイバ〜イ」と手を振る由美子。やはりその顔は映りません。
振った手を、そのまま下ろさずに頭に置く由美子の仕種。
羽田由美子の別れはこうでなくちゃ、と首肯してしまう鮮やかな場面です。

このあとは、もうとんでもない。
あの『成金計画』を経て、6作目にしてついにここまで振り切れたか、と思わせるクライマックスがあって、
もう一度、場面は店の中。
一陣の風です。あぁこんなところで黒沢映画の風が舞うか!感動的な風です。
そして最後の最後は、由美子の姿。
テーブルに突っ伏していたところを、風の気配にふと顔をあげて…
このラストの彼女のカットは、『英雄計画』を、はたまたシリーズ6作を見てきてここに辿り着いて得られる
手近な感慨のどれとも結びつくことがないんです。
あるのは、虚空をさまよう洞口依子の視線だけ。これが素晴らしい。
その視線の強度に、立ちくらむかのように思考が遠ざかりながら、消え入る寸手のところでまた引き戻されます。
それが永久に続いてくれることを願う言葉を考えはじめたとき、「森のクマさん」が割って入ってくるのであります。


1996年9月21日公開
黒沢 清 監督
大久保 智康 脚本
喜久村 徳章 撮影
Torsten Rasch 音楽

製作・配給 ケイエスエス

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