『勝手にしやがれ!! 脱出計画』(1995)

雄次&耕作(哀川翔&前田耕陽)のコンビが、ヤクザがらみの面倒事に奔走するシリーズ第2作。
黒沢監督へのインタビュー本、『黒沢清の映画術』(新潮社)を読むと、
このシリーズは毎回2本ぶんがまとめて制作されたそうです。
となると、第1作にあたる『強奪計画』とこの作品が同時期の撮影ということになります。

これは、言ってみれば、昔のマルベル堂のブロマイドみたいなもんです。
各作品で羽田由美子を演じる依子さんを見比べて、
どの角度でどの照明で、どんな衣装で、
手前から奥に歩いてゆくのか、その逆か、頬杖はついているのか、手は組んでいるのか、
などを吟味したうえで、あなたは『脱出計画』?それとも『黄金計画』?という具合に選ぶ。

羽田由美子は、『傷だらけの天使』での岸田今日子さんのようなキャラクター。
チンピラコンビに闇の仕事を斡旋する女です。

この『脱出計画』での登場シーンは4つ。
まず、雄次と耕作がヤクザの親分に仕事を依頼される場面。
今回の仕事は、親分の娘をたぶらかした大学生を引っ張ってくること。
親分が高額の報酬を口にして引きあげたあと、
由美子は「あの人、こういう相場は知らないみたいね」とご満悦の様子。
気乗りのしない雄次に、「ああら雄チャン、偉くなったのねぇ?仕事を選べるようになったの?」
とすかさず皮肉を言うと、雄次はむっとして黙るしかありません。
もう、この食えない感じが毎度最高です。

彼女はしかし、金への執着が強いというわけでもない。
ガツガツしてないんですな。ニンフが玩具で遊んでるような風情を、金に対しても示す。
このへんのニュアンスが、依子さんのちょっとした仕種に表現されているのが魅力です。
鈴木先生に「はい、今月の事務所の経費」と封筒を手渡すときの、腕と手首の「しなり」かた。
なんの力のこもりも感じさせない、きわめて無機的な「しなり」です。
これが、バーの暗がりの中、引きのカメラで、遠目にぼんやりと白く発光しているように映る。

次に、今度は親分の娘が大学生の彼を引き渡すよう、依頼に来る場面。
由美子は女の子に向かって、「いくら払うかしら?」と吹っかけます。
ここでも、彼女は金に目の色を変えていません。
ゲームに参加するなら、それ相応のチップを要求する。それだけのこと。
まるで由美子はカジノのディーラーです。彼女がルーレットを回します。

このシーンでは、時間経過を省略するコーヒーのアップから、由美子と雄次がカウンターで話す場面に移ります。
考えてみれば、いい女といい男がバーのカウンターに並んで接近しているわけですから、
なにかしらロマンティックな妄想をいだいてもおかしくはない。
しかしこの、由美子の雄次に対する格上感。
そしてその格差をさらに惑乱するかのように妖しく浮かぶ、由美子の組まれた両手、その細くシャープなシルエット。
画面の中心で息を潜めている生き物のようです。
『勝手にしやがれ!!』シリーズでの羽田由美子の美しさは、洞口依子さんの変わらない手の美しさでもあります。
思い出してください。黒沢作品で最初に登場した依子さんは、顔と、手だったのです。

由美子の提案を雄次がにべもなく断ると、由美子のアップへさっと切り替えされます。
本当は「さっと」というほどの短さでもないのですが、黒沢監督にしては珍しいなと思っていると、
このショットでの依子さんが、口許になんとも曖昧な薄ら笑いを浮かべるんですね。
あぁ、これはアップで見たいよな!と喜んでしまう、洞口依子の不敵な微苦笑。
この依子さんは、シリーズ全編でももっとも好きな瞬間の1つです。
切り返しのタイミングには、漠然とですが『地獄の警備員』のラストを思い出しました。

次のシーンは、依頼された大学生を彼女に引き渡す場面。
「持ち合わせがないから」と、約束の300万円よりずっと少ない金額を置いて去る女の子に、
とくに食い下がるでもなく封筒を開けて、「ま、50万ってとこじゃない?」とつぶやく由美子。
ぼやきというより、これ以上追っかけてもムダだと知っている経験値から来る敏さが表れています。
こういうところが、由美子の食えない部分なのでしょう。
この力の入れなさ加減も、依子さんの抜群のセンスで、まいってしまいますね。

そして最後のシーンは、一件落着したあとの、バーでの場面。
黒い帽子をかぶっているようですが、私の持っているビデオでははっきりと種類が確認できません。
おわかりのかた、いらっしゃいましたら教えてください。って、いるかな、そんな人。
バー全体の照明が暗いため、由美子の額から下がぽっかり浮かんで見える形になり、
なにかの障害物越しに撮ったショットのようにも見えます。
美女は、隠しと汚しでさらに映えますからね。そういうこちらの願望が衝かれてるのかもしれない。
いま、「憑かれてるのかもしれない」と変換されてしまった。ははは。

由美子、いいですよね。まだまだ語りたりません。
依子さんが演じた役の中で、私はいちばん好きかも。スチールがほしいくらいです。いや、ブロマイドか!

製作=ケイエスエス
1995年8月12日公開 
80分 カラー ビスタサイズ 

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