『勝手にしやがれ!! 逆転計画』(1996)

シリーズ第4作目。本作は黒沢監督と塩田明彦さんとの共同脚本によるものです。
今回はシリーズ中、もっともコメディー色の強い作品で、1時間20分の物語のうち、
開始から35分くらいになってようやくヤクザのからむ本筋が動き出します。
そこまでは、雄次がほのかに思いを寄せるタバコ屋の看板娘をからめて、
運に恵まれない雄次と運がつきすぎる耕作との対比で笑わせます。

2人が巻き込まれる事件も、由美子から卸されるヤバい依頼とは無関係です。
したがって、羽田由美子=洞口依子のファンからすると「番外編」と呼んでもいいのですが、
「番外」なのは筋立てだけではなく、由美子のキャラクターもやや毛色が変わっているのが注目点です。

雄次と耕作が、ケチな取立てを例によって中途半端に終えて店に戻ってくるところが、由美子の登場場面。
今回は店内での依頼人との駆け引きはナシで、カウンターで鈴木先生がパックを施している姿が、
いつもながら大杉蓮さんならではのおかしさですね。
由美子は中央のテーブルで、なにやら電卓をたたいている様子。給料計算の最中です。
1996年だから、そろそろ売上計算ソフトの入ったWindows95くらいあってもいいのだけど、
裏の稼業だからデータは残らないにこしたことはないか。そんなこと私が心配しなくてもいいか。

とにかく、しけた仕事の獲物の分けまえには電卓が似合います。しかも茶封筒が笑える。
「え!こんなにもらっていいの!」と喜ぶ耕作に、
「耕作クン、頑張ってるからね〜」と笑顔でこたえる由美子。
しかし彼女が笑顔を見せるときは、次に何かが落ちる。
それが雄次の番です。「おい、なんだよ、この45万の借用書って」
雄次は借金を取りそこなった挙句、せしめたはずの車をナンパ目的に使おうとして(しかも失敗し)事故にあい、
結局マイナスだけがついてくる不運。

すでにシリーズの4作目ですから、登場人物たちの楽屋裏を知るとうれしい頃合いです。
とくにこの種の裏稼業ものとなると、事が終わったあとの精算事情を垣間見せてもらえると、
見る人も「もてなし」を受けているようで悪い気はしない。
この『逆転計画』はその度合いが感じられますね。次の由美子登場シーンなんかは、特にそうです。

ヤクザがらみの大金に手を出して、追われる身となった雄次が、「とにかく、金を作ってくる」
と向かった先が鈴木先生のお店です。
ロバート・モンゴメリーの『湖中の女』でのフィリップ・マーロウ(を私は連想したけど、いいのかな)ばりに、
真っ暗な店内を雄次の主観と一致させたカメラで揺れながら眺め回し、
次いで彼がカウンターを飛び越えていく姿をとらえて、調理場のあたりをゴソゴソと物色していると、
奥のドアが開いて、薄暗い店内に淡い光が差し込むとともに女の姿。
振り向いた雄次はなぜか思わず「ドロボー!」、ビックリしてヒャッと声をたてるのが由美子です。
「なんだよぉ、由美子か、今日、定休日じゃないのか?」
「びっくりしたぁ、泥棒かと思ったわよ。雄ちゃんこそ何やってんの?」そして手近のテーブルの異変に気がついて、
「あ?あぁ?あ!」、雄次のほうを向いて「あ!」
一瞬の沈黙。雄次がポツリと「つくづく運がワリぃ」。

ここまでが、カットを割らずに、由美子にも寄らずに撮られているので、彼女の表情などは定かではありません。
ですが、いつもの御しがたい由美子のキャラクターからすると、意外なくらい素直な驚きよう。
素直なんだけども、由美子が素直、イコール変化球・・・ここ、わかってもらえる人とは、羽田由美子を語り合いたい!
特に、雄次の犯行に気がついてから彼を(たぶん)にらむまでの間の面白さと、
ここもまた意外なほど普通の女の子のリアクションを演じる洞口依子さんの、巧まざるコケティッシュな魅力。
手提げ金庫を店内に放置しているというのも、彼女のキャラクターらしからぬ無用心です。
そして、なんでこの時にかぎって羽田由美子の出で立ちは、和装でしかも喪服なのでしょうか?
ここまでの流れでそんな伏線はなかったと思うし、そうである必要性もないのだけど、気になってしかたがないです。

今回のヒロイン・サツキを演じるのは仁藤優子さんで、黒沢映画の女性像としてはやや異色な顔だちながら、好演です。
ただ、『勝手にしやがれ!!』でのヒロインの役柄は、由美子とおなじ空間に立つことで格落ちしてしまうところがあるんですが、
今回のサツキについて言うと、それがないぶん救われたかも。
もちろん、私はかなりの贔屓目で見ているわけではあるけれど、それでも本作のラストで、
全然事件とかかわらなかった由美子が三たびあらわれて、カウンターでゆるく丸めた拳に顎を乗せて座っている、
それだけで映画を〆てしまう存在感を見ると・・・やっぱり贔屓目でしょうか?


1996年2月23日公開
黒沢 清 監督
黒沢 清  塩田明彦 脚本
喜久村 徳章 撮影
Torsten Rasch 音楽

製作・配給 ケイエスエス

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