『勝手にしやがれ!! 成金計画』(1996)

シリーズ第5作。
これぞ黒沢。これがあるから黒沢。これでこそ黒沢。
全6作からそんな1本を選ぶなら、この『成金計画』です。

私は1作目の『強奪計画』も好きです。Vシネの香りがツンと漂って。
2作目の『脱出計画』は個人的にもっとも好みかもしれない。依子さんがいい。
続く『黄金計画』も好き。各所に散りばめられた黒沢的記号にニヤニヤさせられます。
その次の『逆転計画』は正直イマイチだけど、まとめ具合に安心感がある。
最後の『英雄計画』の奔放な長回しにもドキドキする。依子さんがいい。

だけど、イチバン凄いと思うのはこの『成金計画』です。
私はいろんな映画が好きだけど、文句なく「いい映画」というのは、こういうのを指すんじゃないかと思う。
文句がつけられないです、これ。見ているあいだの瞬きが惜しくなるくらい、いい。

最初のシークエンスからクラクラします。
画面奥へとのびる1本の路地を、2人の男が世間話をしながら歩いていくロング・ショット。
横合いから突然そのうちの1人が撃たれて倒れ、残った1人が逃げたと思っているうちに、
カットが変わって、その男の着ている黄色い服が、駐車場の薄暗闇に飛び込んでくる。
発砲しながら走る男を柱越しにカメラが横移動で追いかけて。
乾きに乾いた音での銃撃がブツリブツリと裁断した描写で短く重なり、最後には、
残った2人が血まみれの形相で相撃ちながらカメラに向かってそれぞれ歩んでくる姿。
とても奇妙でかつオリジナルな迫力で興奮させるアクション・シーンです。

全編にナンセンスなギャグが横溢していて、人物の会話もハッキリ言ってどうでもいい。
とくに耕作。シリーズ中、ここまで無内容な発言に終始する彼もめずらしいです。
今回やっかいな事件を持ち込むヒロインは元Winkの鈴木早智子さんで、彼女の役のキャラクターも、
その恋人(塩野谷正幸さん!)のダメ男加減も、もうほんとにどうでもいい。
ただただ、静止したカメラの前を右から左から現れては消えてまた現れる人物の動きや、
それとは逆に、座って話す彼らを回り込んで追いかけたりするカメラの動きで、
画面が自在に伸縮しているかのような驚きがもたらされる。そんなマジックに溢れた一本です。
とくに、これまた遠くから撮った線路脇での銃撃戦が、湖へ、森へ、そして浜辺へと
ダメ押しで進むラストへ向けての展開はすさまじいし、美しい。
猛烈に映画が存在している、見るたびにそんな感銘を受けます。

というような傑作『成金計画』での洞口依子さん=羽田由美子ですが、前作での印象を引き継いだような観もあり、
またそれは続く最終作への布石を感じさせる点でもあり、興味は募ります。
シリーズ全体で見ると、メインとなる事件に由美子が関与しているのは3作目の『黄金計画』まで、という見方ができます。
4作目『逆転計画』は、タバコ屋の娘に恋をした雄次がきわめて個人的に巻き込まれる事件であるし、
この『成金計画』ともなると、由美子の「口入れ」である仕事は、なんと逃げたミミズクやハリネズミ(の置物)を探すこと。
もはや雄次と耕作が裏社会に足を突っ込んでいるという設定すら、重要なものではなくなっています。

私は2作目『脱出計画』での、カウンターで雄次と由美子が会話しているシーンが好きなのですが、
あぁいう「同じ釜の飯を食っている」感、「同じ穴のムジナ」感は、3作目の『逆転計画』では匂いませんでした。
あの作品での由美子は、経理係であり、雄次の仕事ぶりを査定する上司の役割です。
後半でもう一度登場するときは、なぜか和服に身を包んで休業日に店に現れて、
彼女の正体を曖昧にさせるとともに、彼女が店の外に何か世界を持っていることを想像させるものでした。

『成金計画』では、それがもう1コマか半コマほど進んでいると思います。
最初は、雄次と耕作が偶然手に入れた白い粉の入った袋を「利きヘロイン」で査定する由美子。
耕作と鈴木先生がミミズクを使ってナンセンスなやりとりを交わしている姿から、カメラが左へパンすると由美子がいて、
雄次の持ってきたナイフで袋に穴を開けて、掌に少し取り出して味見します。
これが「なめる」というよりお菓子を「食べる」ような仕種で、プロなんだかどうだか判らなくて面白い味わいです。
「うん。ヘロインね。しかも上物よ。グラム1万はするんじゃない?」
「ホントなのか?」と雄次。
この2人の会話から察するに、こういうことにかけては雄次は由美子の足元にも及ばない。
彼や耕作は、裏の稼業としても半端者であるわけです。

カットが2度ほど変わって、思いもかけない金の種に湧く雄次と耕作。そのずっと奥に由美子の姿があります。
ここも非常に印象に残るカットで、正面を向いた依子さんが、テーブルに両肘をつき、
軽く両手を丸め、M型アーチ状をなしたその上に顎を乗せて、2人を遠くから見ている。
先の3作での依子さんはとにかく画面手前と奥を歩き、そしてカメラを振り向く動作が多かったんですけど、
後の3作になると、座って手に顎を乗せるしぐさが目だってきます。

今回の由美子のポイントはこの「離れて雄次と耕作を見ている」姿ではないでしょうか。
次の彼女の動作は、「そのヘロイン、どうして手に入れたの?」と話しかけるセリフです。
雄次を追ってカメラもカウンター前へ移動。彼はここでもナンセンスな話でその場を逃れようとするのですが、
由美子は子供のようにはしゃいだ声で、
「雄チャン、それ私が売ってきてあげるから、分け前を半分コしようか」と小走りに近づく。
すかさず耕作が寄ってきて、「え?俺は?なんで由美子さんと雄サンで半分なの?」
「耕作、あなた最近欲張りよ。アタシ、そういうの嫌い」
「え?ちょっと待ってよ、欲張りは由美子さんじゃないですか!」
「先生もそう思うよ」
「なによみんな、アタシの気持ちなんかわかってないんだから!もう知らない!」
奥にある小部屋へとツカツカ入ってゆく由美子。
手前で男3人のふざけた会話が続く奥では、由美子がその様子を窺ったりしながら雑誌を読んでいるのが見えます。
冒頭の路地以上に、人物が縦に往復する動きがスリリングです。

由美子が次に現れるのは、持っていたヘロインの量が倍々に増えて8億相当に膨れ上がったのを、
始末に困った雄次が彼女に取引を持ちかけるシーン。
「あぁ、あれはもういらないわぁ。一度に8億ぶんのヘロインが出回ったら、市場がたいへんなことになるでしょ。
ヤクザもそれを警戒して誰も買いたがらないもん。ザンネンだったわね〜!」
最初のシーンでは髪も下ろして、ちょっと『ラブレター』での「ニセのダイヤを売る女」役を彷彿とさせる黒ずくめでしたが、
ここでは明るい色のドレスで外出するところ。
そしてここでようやく由美子の「振り向き」が登場して、「そんなもの持ってると、ホントに命がなくなるわよ」

『逆転計画』で突然和装で現れたときと同様、彼女は主人公の2人とはちがって、
異なるタイプの服を着て出かける異なるタイプの機会をちゃんと持って生活している人間であると言えます。
そのことが、(とくに)雄次と由美子の差を垣間見せるし、彼の成長のなさがくすぶり出されます。
鈴木先生の(というか、由美子がオーナーである)店に帰ってくる雄次と、そこから違う場所に外出する由美子。
この作品で、肩から上のアップでとらえられている彼女の「振り向き」も、
次なる最終作でいよいよ大きな変化を迎える雄次を、居心地のいい世界から切り離す合図のように思えます。


1996年9月7日公開
黒沢 清 監督
黒沢 清  じんのひろあき 脚本
喜久村 徳章 撮影
Torsten Rasch 音楽

製作・配給 ケイエスエス

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