那覇桜坂劇場 番外編 (2008年7月6日、沖縄) (←「その1」へ ←「その2」へ 「その3」へ)

「映画とプチ 歩く〜夢影博士が『マクガフィン』とプチ歩く
 
 

私は、観光旅行というものがちゃんと楽しめないところがあって、
どんな名所旧蹟を訪れても、ふだんの自分の興味と重ならなければ、シャッターさえきらない。
それが、「泉鏡花がこの川岸を散策したのか!」とか、「エルヴィスがこのスタジオのドアを開けたのか!」とか、
そういうことになると欣喜雀躍としてはしゃぎだす、まぁある意味幸せなんでしょうが、困った性分です。
ティム・バートンの、中野ブロードウェイが日本で一番好き、という気持ちにシンパシーを感じます。

そんな私が、今回の那覇滞在ですっかりお世話になったのが
『マクガフィン』『パイナップル・ツアーズ』の當間早志監督と、
その2本の制作にも携わった沖縄の映画同人グループ「突貫小僧」の方々。
(「突貫小僧」は「キネマ探偵團on WEB」というHPで、今回のイベントをサポートいただきました)
初めての土地で地元の人と交流できるだけでも、旅としては大満足なのに、
「洞口日和」には贅沢すぎるおもてなし。

當間監督に初めてお会いしたのは昨年の夏、デロリでの「真夏の夜の夢」のとき。
その際に、ちょっとした議論があったのですが、駆け引きなしで語るこの人の、
複雑ではあるのかもしれないけれど、最後に太くまっすぐな線でこちらに届くハートの熱さに心動かされました。
それは上記の映画をご覧になったかたなら、おわかりいただけるかと思います。

監督には、短い滞在の最後の日、
出発までの数時間で『マクガフィン』ロケ地を数箇所、ご案内いただきました。
監督直々にエピソードを交えながらのガイドは、まるで515の代行車に乗っているかのような気分。

なにしろ時間が限られていたため、本当に少しだけだったのですが…


まず、この軒並。


この簾が立てかけてあるお店。 
この日は残念ながらまだ開いていなかったのですが、
久手堅の復讐をおそれて逃げた515が、成子に具志豆腐をすすめ、
「ここの具志豆腐は宇宙一おいしい」と自慢する、あのお豆腐屋さんです。
住宅街に並ぶお店の一軒で、あのとき醤油をさした女性は、お店のかただそうです。
撮影に使われたのは、店の裏手。まだ商いが開いていないので違った印象を受けましたが、
藤木さんとお店の人の自然なやりとりと、そこに少し雰囲気が異なる依子さんを置くことで醸しだされる、
人の存在感のバランスが大きかったんでしょうね。

ちなみに、パイティティには「具志豆腐」というタイトルの曲があります。
たしか、依子さんの作曲。
昨年6月の「洞口依子サイン会」後のライヴの際、依子さんが沖縄恋しの瞳で爪弾いたナンバーで、
ぜひまたライヴで演奏してほしいものです。


このフェンスに思い当たる人は、相当ディープに『マクガフィン』にハマっている人。
というより、どれだけ解像度の高いモニター持ってるんだ、という話ですが。
 
 

オープニングのシークエンスです。
515が、ヤクザ者とその情婦を乗せてやって来る場所。
奥に同じネットと建物が見えますね。
正直、このフェンスはもう少し高いのかと思っていました。

この最初のシーン、ヤクザ者がうちなーぐちで515に怒鳴るセリフが続きます。
雰囲気で言いたいことはわかりますが、「戻れ!」など数箇所以外は聞き取れません。
エキゾティシズム、と言われればそれまでなのですが、
やはりこの「聞き取れない」ということに感じる魅力には、抗い難いです。
昼間の風景はさほど変わったものはありません。
とくに晴天の下ということもあって、地元の人たちの日常の跡すら見えます。


「アイスクリーム・ブルース」が流れるあのシーンに使われた場所です。那覇空港の南側、瀬長島。



このアイスクリーム屋さんは、本物だったのかな?
なんとなく、スタッフさんのような気もするんだが…
こんな感じで同じ画面に出れたら、けっこういいでしょうね。
すごくいいでしょうね。末代まで語り継ぐでしょうね。

ふたりがアイスクリームを食べていたのは、電柱の位置から見て、上側の写真の右端あたりでしょう。
監督が、気を遣って同じ場所に車を停めてくださったんですね。
後からこうして見比べて気づきました。

この日はカンカン照りで、周囲に日陰を作る建物はありません。
しかも水面が反射する太陽の光が射るようにまぶしく、水平線がぎらぎらっ。
同じ場所にしゃがんでみたところ、コンクリートが焼けるように熱くなっていて、無理でした。
あれが今日と同じくらい夏日のロケだったら、アイスクリームはおいしいけど、
それこそ「アイスクリーム・ブルース」だったでしょう。



映画の中で映っている代行車は、当時運転免許とりたてだった武富良實さんの私物。

當間監督は、こちらの意見を、嫌がらずにまっすぐに受け止めてくださるので、
つい調子にのっていろいろ質問や解釈を開陳してしまいます。
映画のことだけでなく、沖縄をめぐる問題も、ご自身の体験から、実際にその場所を指しながら語る。
ひょっとして私は、沖縄という以上に、當間早志ズ・ワールドの入口を体験しているのかもしれません。
 
 

この背中からのショットが好きです。
よそ者と地元の人間が並んでいるのだけど、
どちらも深いところで根無し草として通じ合っている感があって。
いい背中ですよね。やっぱり役者の持つ力って凄いんですね。

すぐ近くの上空を、飛行機が通りすぎていきます。
空港へ見送りに行くとき、あまりに早く着いて時間を持て余しそうなとき、
この場所に来るとうまく時間がつぶせるのだそうです。

ファンはフィクションへの思い入れを持ってこういう場所を訪れるわけですが、
作り手というのは、どうなんでしょうね。現場のけっこうバタバタした記憶のほうが強いのかな。

以前、依子さんのブログで、「映画のロケ地はあまり辿るもんじゃない。映画は幻で夢だから」
というシビレるような文章を読んだことがあります。

また、『ヴィラ・デル・チネマ』でも同じようなことを語られているし、
結果的にその思いが一編の作品のように結晶化した
映画と歩く #32 洞口依子が『HELPLESS』と歩く』のような番組もありました。

私は、もはや夢のあとさえ辿れなくなっても、「なぁんだ」としか思えなくとも、
あとでもう一度その映画を見直したときに、行ってよかったと感じることが多いです。

ですが、このあと、515が成子と出会う港も訪れて、
藤木さんと依子さんの佇まいが語るものは大きいんだな、と思いました。
虚と実の2元では単純に割りきれないことなんですけど、幻だからいい、ということは、やっぱりある。

もっとも、行ったからこそ味わえる感想ですけどね。

ここで司令塔より、我々の位置確認と昼食に向けて集合の合図が入りました。
とりあえず、今回、出発前の時間でまわれたのはここまで。

と、閉めようかと思ったのですが、忘れてはならない、もう1件、訪れた場所があります。

首里劇場です。

那覇入りする前に「突貫小僧」の平良さんと連絡をとりあって、
「どこか行きたい場所があったらお連れしますよ」とご好意いただいたので、
「首里劇場!」と即答したのでした。

瓦屋根の劇場で、築50年、もちろん現存する沖縄最古の映画館。
現在は成人映画専門となっているこの小屋に、2007年5月5日の1日だけかかった一般映画、
それが『マクガフィン』。
この上映を企画実行したのが「突貫小僧」で、
あとで依子さんが「のら猫万華鏡」に書いた「誰も通らなかった道」というエッセイを読み、
私はその機を逸したことを悔しがったものでした。

この映画館の外観については、ちょっとネットで検索かけるとアップされています。
とにかく、私は、カメラを構えて訪れたけれど、
あぁ、ここは撮っても伝わらない、と思ってやめました。

正面から見るだけでは、たしかに古いけれど、「古式ゆかしい」という言葉もまだ出てきます。
しかし、足を踏み入れたとたん、そんな悠長なセリフは吹っ飛びました。
いやぁ、こんな映画館、見たことないです。
京都に詳しい人なら、京大西部講堂の内部を想像していただくと、少し近いか。
でも、そういうもんじゃないです。
私はこの日第1回目の上映が始まる前に入れてもらったのですが、天井も両翼も、舞台と客席も、
とにかく空間がたっぷりあって、ここで成人映画をかけたときの音響って、どんなんだろう、
と想像するだけで倒れそうになります。

2階は、床が踏み抜けてあったりで、消防法の都合で現在は使用できません。
椅子と椅子のあいだに、昔の清涼飲料水の空き瓶が転がっています。
野良猫が入ってきて巣を作ったりしているようで、上映中の映画以上に盛った声が聞こえたりするそうです。
そんな2階席におそるおそる立ったり、舞台に続く階段をおっかなびっくりのぼって見渡すと、
すごいもんです、客席全体からまぼろしの視線を感じます。
それが、お金を払って楽しみに来ているお客さんの、手ごわい視線だったりするのです。
いちばん怖くて、いちばん愛情にあふれている、観客の目。その50年分。
圧倒されて、興奮して立ちつくしました。 まだフィルムはまわってないんですけどね。

外に出て、劇場のまわりを歩いてみると、ごくありふれた住宅街でした。
どう考えても音が漏れますね、上映中は。
『マクガフィン』上映の日、この道に何十人ものお客さんが並んだ姿。
それを想像し、またまた悔しくなりました。

首里劇場に行ってよかったのは、この町とこの映画館のことだけでなくて、
自分の住んでいる町と映画館、それもかつてあって今はなくなってしまった小屋について、
思いを馳せるようになったことです。
それは映画館にかぎった話ではないな。

いまは、自分でも何に惹きつけられたのか、ぜんぜん整理がつかないまま、
ほとんどサイケデリックかと言うような感覚の変容にやられている私。
昨日、戻って最初の『マクガフィン』鑑賞をおこなったら、
なにかワサワサとした心の鳴りを抑えられなかった。

でも、人の魅力なんですよ、最終的には。
どんな魅力のある土地でも、魅力ある人たちにはかなわないと、私は思います。
その点、私の今回の滞在は本当にラッキーでした。

また来ないといけませんね。
マクガフィンという言葉の謎を解きに。

次は首里劇場で映画を観に、飛んで来ようっと。


當間早志監督と「突貫小僧」の平良竜次さんに心より感謝いたします。
また、『マクガフィン』のキャプチャ画像は、當間監督にご快諾いただいて使用いたしました。


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