真夏の昼の蜃気楼、真夏の夜の夢
-2007年8月4日、パイティティ渋谷フライト・ログ-

放心させられた一日でした。

私は常々、洞口依子さんのことを、
「世界一の放心演技」「放心女優」などと好き勝手に言葉を作って讃えてきましたが、
この日ばかりは、私が完璧に放心させられました。
いまだに、なにをどう書いていいものやら、わかりません。
できれば、ここ、このページすべてを真っ白なままアップしたいくらい。

というわけで、この記事は、2007年夏、私のホワイト・アルバムです。

1.昼の部

アップルストアにたどり着いたのは開始時刻の1時間前。
すでにパイティティがサウンド・チェックをおこなっています。依子さんの姿は見えません。
女性メンバーが着替えているあいだに男性メンバーがセッティング、という男女混合バンドならではの光景に、
「なんか、いよいよ、『バンド』って感じになったなぁ」と、もうこの段階から私の感激が始まったのでした。

外をぶらぶらしていると、依子さんの夫君、カッパ氏に遭遇。
おみやげに持参したウィングス初期のライヴCDの話をしたり、おやじギャグを応酬しあいながら一緒にアップルストアまで戻って、
そのまま楽屋へ案内していただくと、まず目に飛び込んだのは、ギタロン(この日はベース)担当のタケシさん。
おおっ、なにかがちがう!ちがいすぎる!と思ったのも当然。
これまでいろいろな写真で拝見したり、下北沢で実際に見たりしたときに記憶に残っていた「緑のスナフキンふう」タケシさんではない。
らくだ模様のド派手なシャツに色(男)メガネで、クールで近寄りがたい雰囲気を醸し出しています(
依子さんのブログ、いちばん上の写真参照)。
ごあいさつすると、「あ、どうもっ」と笑顔なのですが、心なし無口というか、ちょっとワルっぽいたたずまいです。

と、奥のほうから、ボジュール、ボジュールと、明らかにフランス人のものではないフランス語が聞こえてくるので見やると、
パーカッションのカオルさんが、ジョナサン・リッチマンみたいなボーダーのシャツに、赤いネッカチーフを巻いて、楽しげに歓談されています。
カッコいい!個人的に、この日のベスト・ドレッサー(男)だったと思います。
しかし、ドラマーが船乗りファッションというのは卑怯や。完璧すぎる。

と、そのカオルさんが話しているお相手が、酒屋さん…かと思ったら、口琴マスターのヨシミさんではないですか。
なんかクラクラしてくる頭を持ち直そうと奥へ進むと、小麦色の肌もまぶしい洞口依子さん!
見てください、この細さ!そして、ワンピースの肩から胸にかけて絡めた蔓と花!妖艶さとイノセンスとでもいうんでしょうか。
依子さんのブログ、いちばん上の写真参照)
みなさん、この写真はよく撮れていますけど、実物はこれに全身からものすごい光線を放射していますからね。
放射込みでご想像くださいね、放射込みで。

ご存じのかたもいらっしゃるでしょうが、アップルストアというのは、店内にゴテゴテした余計な装飾がいっさいなく、
きわめてシンプルで、そのシンプルさがエレガントですらあります。

この日、東京は絵に描いたような真夏日で、アスファルトが吸収した熱が湿気とまじりあって、コンクリートの合間にいるだけで
窒息しそうな暑苦しさでした。
そんな表の不快指数から冷房で守られた店内は、奇妙に白茶けた空気が現実感を希薄にしています。

そこに、今回はもう、いでたちからして無国籍のパイティティが登場し、「Bon Appetit」の演奏が始まると、
あらゆる音楽が手に入る東京のド真ん中で、あえてアイデンティティを攪拌したかのようなセンスのこの雑種音楽に、
根なし草の誇りが堂々と鳴っているのが聴き取れて、いいんですよね、これが。

しかも今回はバンド内最年少になるファルコンさんがギターで参加し、スライド・バーで蜃気楼のような音を響かせてくれる。
「Icecream Blues」は、このメンツで演奏すると、水分をたっぷり含んだ果物のような、夏のおいしさが味わえますね。
そして今回初披露となった「Clockwork Dollhouse」。
「時計じかけの人形の家」というタイトルに、私は今後のいろんな展開を期待してしまいます。
なんとこの曲は、画伯と依子さんのデュエット!
ただ、今回のアップルストアでは、依子さんとマイクに距離があったせいか、歌がオフ気味になっていたのが残念。
この曲はリズムにR&Bっぽい揺れがあって、じつに私好みでした。
R&Bつっても、ほのかにイギリスの'70年代ロックの香りがするのは、気のせいでしょうか。とくにベースに。

ほかに、おなじみの「パリのアベック」。「ウクレレ・ランデヴー」は、ここでもやったかな?
ごめんなさい、ちょっと、この日のことは、頭の中が白光と白熱でよく見えない状態になっているのです。
どなたか、おぼえてらっしゃたらご教示ください。

あと、最初の曲は「Bon Appetit」でよかったですよね?

2.濃厚なる休憩

アップルストアが終わるや、私は洞口依子さんにインタビューさせていただくため、
数人のかたがたと共に次の会場DERORI近くの、古い味わいのある喫茶店へ移動いたしました。
このインタビューは、先月、まだ次のライヴをいつどこでやるかもわからない段階ですでに打診していた企画です。

55分間のインタビューで、数人のかたがたの前での公開インタビューとなり、緊張いたしました。
いや、しゃべっているあいだは必死だったのか、緊張する余裕すらなかったのですが・・・

だいたい、ファンサイトでご本人にインタビューするなんてのもあんまり聞かない話ですし、
どシロウトにインタビューさせていただける、というのも、「ちびっこ記者、王選手インタビュー」じゃないんだから、異例です。
しかもご本人は、私が相当あれこれ聞きたがるであろうことを事前に予想できたはずで、
そんなことを考えていると、終わってお写真を、という段になって、ファインダー越しに依子さんを見た瞬間、
手がブルブル震えてきて。
シャッター押せなかったんです。ホントに。

同席されていた依子さんのご友人のYさん(木村カエラに似た別嬪さん。酔うと浅田真央の顔真似をなさったり、
ノリが関西っぽくて私などにはアットホームなところがある)がご親切に代わりに撮ってくださったので、事なきを得た、
どころかすばらしい笑顔のお写真をいただけました。

この濃密なひとときが終わって、いよいよ夜の部。
(インタビューはこちらに掲載!)

3.夜の部

私があたふたとかけつけたときは予定の離陸時間一分前。
なんと、さきほどとはべつの依子さんのご友人Nさん(洗練された物腰が、全宇宙女子にかくありたいと憬れさせ、
男子がついワガママを言ってしまいそうになるであろう麗人)が搭乗未確認客の人数をアナウンスされていました。
なんとこのかたは、本職なんですね!すごいです。いま取ってる杵柄です。

私が最後でなかったことに安心して見回すと、監禁部屋といった趣の(どんな趣やねん)、あやしげな地下室ふう。
天井から脳を模したオブジェや四谷シモンふうの人形がぶらさがっていて、じつに「血と薔薇」な気分。
私も若き日にこういうセンスにワクワクしたクチ。
「毛皮のヴィーナス」でも流れてきそう(あとで本当に流れた)。

この店の雰囲気でパイティティ、と思った瞬間に、私はうれしくなってしまいましたね。

と、なぜかアラブの衣装に身を包んだカオルさんがいて、画伯も怪しげなパイロットのコスプレ。
カオルさんはこういう格好すると、アンソニー・クインっぽくてかなりいいです。
依子さんのご友人のYさん達もメイド姿じゃないですか。

まずはしばしご歓談タイム。
乾杯用に頼んだビールをちびちび飲んでいると、テーブルをまわっていた依子さんに
「飲めない人は、無理に飲んじゃだめ!」とたしなめられ、オレンジ・ジュースを渡されました。
あ、うれしかった、ということを言いたい。
今回のライブでは、依子さんの気配りが細かくて、3時間もつのかなぁと心配にもなりました。
カウンターとテーブルを往復しながら、進行を確認する姿は、「CAヨーリー」です。

當間早志監督やヨシミさんを始め、関係者のかたたちの明るいノリに、私たち搭乗客のまわりにも、
ほっこりした気分が自然と生まれてきます。

そうした中で、じんわり広まった温もりをまだ逃さず掌で確かめるかのように、
ファルコン氏のギターを伴奏に『子宮会議』朗読が始まりました。
ファルコン氏のギターは、打ち合わせナシが信じられないほど、依子さんの朗読にもうひとつの声を与えてます。
依子さんの朗読は、回数を重ねた自信と、回数を重ねても埋まらない空白の間にたたずみ、
そして(ここがこの人のたまらん魅力だと私は本当に感じ入ったのだけど)ときにその空白に向き合うことに
創造のスリルを見出だすかのような胸の高鳴りを響かせていました。

そして、そんなふうに、フィクションとして作られていけばいくほど、この本の悲しみはどんどんリアルになってゆくようです。
最後の「ただいま」の言葉に、どれほど「おかえりなさい」と声に出して返してあげたくなったことか。
「ただいま」「おかえりなさい」って、なんなんだろう。家に帰るって、どういうことなんだろう。

「アタシがしんみりさせちゃったよー」と笑いながら、CAに戻る依子さん。

次に始まったのは、ヨーリー抜きのパイティティ、つまり「ティティ」のジャム・セッション。
まずスティーヴィー・ワンダーの「かわいいアイシャ」をインストで。
目の見えないスティーヴィーが、生まれたばかりの愛娘のことを、「彼女ってかわいいだろう?」と
周りに訊いている、ものすごくハッピーでものすごく哀しい、誇りに満ちた美しい歌。
『子宮会議』とは正反対のストーリーだけど、とても近いと思います。

そして、タケシさんのギター独奏コーナーは、イエスの「ムード・フォー・ア・デイ」。
この曲をとても楽しそうに弾いている…
私は前からタケシさんをジョージ・ハリスン的アイドルにすべきと思ってましたが、
依子さんは明らかに彼にグルーピーをつけようとしてますな。

続いて画伯のギター独奏コーナー。
私はジャズでもギターには詳しくないのですが、タル・ファーロウらしいです。
この日は日付が変わっても画伯と熱く音楽を語ってしまったんですが、
いつか、インタビューさせてください、画伯。


そしてメインのパイティティ登場…の前に、私のいるテーブルに、依子さんに案内されて見えたのが、
依子さんのウクレレの師匠で、サザンオールスターズの関口和之さんでした。
「特別ゲストよ〜」と依子さん。
えぇっ?!ということは、もしかして、師匠が弾いてくださるので…
「あとで、ねぇ?一瞬に弾いてくださるのよね?」
師匠、笑顔のまま、無言。
すごい。なんて言葉を使わずにメッセージを伝えることのできる人なんだ!
依子さんがカウンターへ行ったあと、私が師匠に質問してみました。
「依子さんと初めてお会いしたときのこと、おぼえていらっしゃいますか」
笑顔で無言。
「関口さんの前で緊張して手が震えたって、本に書かれてました」
すると、師匠がぽつりとおっしゃられました。
「…若かったんで…」
なんかもう、それだけで、百の説法より心のツボに効きますねぇ。

そこへパイティティの演奏が始まりました。
このパイティティは、すさまじくアッパーな演奏でした!
誰って、依子さんがです。
みなさん、『スキャナーズ』って映画ご存じないですか。
超能力者の闘いを描いたやつ。
頭をポーンと吹っ飛ばすシーンがあるんですが、なに言いたいか、わかりませんよね。
私もわかってません。
とにかく、そのくらいとことんやっちゃう。
ヨーリー・シングス!
気分が愉快だから歌っちゃった、という歌でしたね。
みなさんは『ニンゲン合格』という映画を見たことがありますか。
依子さんがクラブ・シンガーの役で、一曲まるごと歌いきるシーンがあるんです。
その中で、芝居として歌っていたことを、この夜は自然発生的にやっちゃいましたね。

このへんから、このイベントには、なにかが取り憑いたような妙な祝祭感が立ち込めてきます。
アップルストアでの演奏レパートリーに加えて、映画『恋愛睡眠のすすめ』から
「イフ・ユー・レスキュー・ミー」が演奏されます。これもヨーリー・オン・Vo。
それから、「クロックワーク・ドールズハウス」も、昼のリターン・マッチという以上のテンションでの、ヨーリー・オン・Vo。
そして「ウクレレ・ランデヴー」も、ヨーリー・オン・Vo!
依子さんが巫女と化したかのように、店内の温度がピークを求めてのぼっていくのがわかります。

さて、ここで師匠と弟子のウクレレ・バトルになりました!
ビートルズの「ヒア・ゼア・アンド・エヴリウェア」の澄んだ美しさ。
そして、依子さんがこのイベントの成功を、この曲に祈りに似た思いをこめたであろうサザンの「真夏の果実」。
男と女の恋の歌、それもとびきり色っぽいやつが、まるで生きるエネルギーとして恋を愛を讃え、
人間と人間が出会い別れる不思議と素晴らしさにまで届いて響いてきます。
「四六時中も好きと言って」という言葉が音楽に生まれ変わったときに、
まるで花が咲く瞬間を見つけたかのようないとおしさが、心の中に立ちのぼってきて、
私は溺れそうになりました。
人の心を打つものは、五線譜の上には住んでないです。もっと歌いましょうよ、依子さん!

真夏の夜の夢は、しかしまだ果ててはいませんでした。
妖艶なる美女二人によるベリーダンス・パフォーマンスです。
私、これにはうっとりしましたね。
音楽もめちゃくちゃセクシーだし、それと交わろうとするかのような踊りの力に引き込まれます。
実際、引き込まれたのでした。
さきほどのうっすら涙色からまたべつの表情にギアが入ったヨーリーのパワーは、
次々に周囲を誘い、ついには店内がトランス状態で踊り狂うことになったんです!
しかもこの踊りというのが、みんなバラバラでぶつかりあったりするんだけど、
お互いに許しあって笑いあっているような、とにかくわけのわからん、アホまるだしの群舞。

夢のようだ、と私は思いました。
本当に真夏の夜の夢がそこにあったし。
なんでこういうことが起きたのか、誰にも説明つかないと思います。
もう何年もそこで夢を見続けていたかのようでもあるし、たった一瞬の夢だったようでもあります。
たぶん、これと同じことは二度と起きないだろうと思います。夢なんだから。

この日、私が宿に帰ったのは、ライブ終了からずっとあと、朝の4時になろうという時間で、
しばらく放心するしかありませんでした。

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