『映画と歩く ♯32洞口依子が『HELPLESS』と歩く』(2000年)

1本の映画を題材に、毎回多彩なナビゲーターが、そのおもな舞台(ロケ地)を訪ね歩く20分の番組。
たしか「上田正樹が『太陽を盗んだ男』と歩く」という回なんかもあったはず。

『HELPLESS』。
まぁ、このへんの映画は、洞口依子ファンなら「見てる」センスの人も多いでしょう。
1996年、青山真治監督の劇場映画デビュー作にして、浅野忠信の文字通り出世作。
『トリハダ2』の現場におじゃました際、依子さんと、この映画の話をしたところなので、
これを見るのはなんだか不思議な気がします。

この映画のロケ地は北九州市。
依子さんが最初に語るように、本当になんでもない日常の風景が、作品では「どこなんだろう」「日本じゃないみたい」と
思わせる映画的魅惑を放っていました。

たまらん企画です。
きっと映画ファンの多くがこういう旅を夢み、実際に行動に移したことがあるでしょう。私もあります。
オープニング、『冒険者たち』の口笛のメロディーが鳴るところから、胸が高鳴ります。
そして門司駅に到着した依子さんも、パナソニック(提供)のデジカムを片手に、もうやたらとはしゃいでいます。
同行するADの人に、
「(『HELPLESS』の中のカットのように)向こう岸をバイクで走ってきて!私がここからそれを撮るから。
私が青山真治で、きみが浅野・・・タダのデブ!」

『HELPLESS』はロード・ムーヴィーの一種です。
鬱屈した気分を抱える高校生が、マイナス方向に過剰な虚無感を、次第に暴力へと傾斜させてゆく、やるせない旅。
タイトルの『HELPLESS』が指し示す「どうにもならない」「救いのない」感覚を、依子さんも出会う風景に求めます。
出色は、浅野忠信が(マズそうに)ナポリタンをすすっていた喫茶店。
彼が座っていたテーブルに案内され、同じメニューを口にする依子さん。
あの映画で主人公が醸しだしていた空虚を(茶目っ気たっぷりに)即興でリメイクしてみせます。
そして、そこで依子さんが体現するのは空虚感ではなく、作品のファンとしての充足感です。

番組の雰囲気は、この喫茶店をピークに、徐々に雲行きがあやしくなっていきます。
『HELPLESS』のクライマックスともなった別の喫茶店を探して、ロケ隊は国東半島を走ります。
小さなトンネルがいくつもあるだけの、殺風景な道中。
目的地への思いが、退屈をもスパイスに変えるマジックとなって、ちょっとした風景さえもスリリング。
そしてたどりついた約束の地。
これが、見事に、廃墟と化しています。
まるで主人公にぶっ壊されたあと生命を絶たれたか、映画に魂を吸い取られたかのように。
外観が中途半端に保たれているぶん、よけいにその無残さが際立つのでしょう。
依子さんも、懸命に言葉を継ぎはぎしながら、呆然と立ち尽くし、涙ながらにつぶやきます。
「なんにもない・・・なにしにきたのか・・・でもいい。最初っから、なんにもなかったんだから」
「やっと、あの映画を見終わった気がする」
これぞHELPLESS、無力感とやるせなさ。

そして、逸脱から日常へ、映画とは逆の旅を続けてきたこの番組は、最後の最後、洞口依子という、残酷なまでに、
あまりにもこの場に相応しいヒロインを得るのです。
やるせなさの残骸が、もう一度息を吹き返します。
一瞬だけですが、
たしかに。


2000年3月2日WOWOWにて放送
仙頭武則 プロデュース
藤山知己 演出

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