『ラブ・レター』(1998)

”ラブ・レター”というタイトルの邦画は他にもあります。
『ラブレター』は東陽一監督で、関根恵子さんの出てた映画。
『LOVE LETTER』は岩井俊二監督。洞口依子さんは『スワロウテイル』に出ていたので、
お気をつけを。

ここで取りあげるのは『ラブ・レター』。森崎東監督です。中井貴一さん主演。
森崎東というからには、松竹。
そして森崎東というからには倍賞美津子サン!最後のいちばん「出てほしい」ところに、ドカーンと出演されてますね。

ところで、中井貴一さんの愛犬の名前は、「白欄(パイラン)」だそうです。
この映画で 耿忠演じる中国人女性の役名なんですよ。
このへんの気持ち、なんかわかります。
男泣かせなんですよね、この話は。

うだつのあがらないチンピラが、ボスの命令で、中国人の不法就労女性と偽装結婚します。
入国管理局に一緒に行くときに初めて会って、それだけ。
北海道の故郷から上京したっきり、しけたアダルト・ビデオ屋のシノギを任されているだけで、
金で戸籍を貸すしかない彼は、彼女のことをどこか他人事とは思えない。
そこで、ニセのダイヤの指輪を買って、彼女に持って行く。直接ではないけど、彼女に渡すことができた。
でも、そこで縁が途絶える。
次に会えたのは、肝臓の病気で死んだ彼女の遺体を、「夫」として引き取りにいくとき。
冷たくなった彼女の指には、あのニセモノの指輪が輝いていました。
手紙が見つかる。彼へのラブ・レターです。彼女は彼に一目ぼれしていた。
そのささやかな思いだけを支えに、毎日を乗り越えていた。
辛いです。なぜ彼女になにもしてやれなかったのか。
たいがいの男は、見終わってなぜか「俺が救ってあげたかった」と思いますね、これ。
というわけで、中井貴一さんの愛犬の名は白欄なんですね。

ニセモノのダイヤ。これを売りつけるのが、洞口依子さんです。
黒いレザーの上下を颯爽と着こなし、新宿界隈の裏通りでゲイバーのママとすれちがうところから、
まぁなんとも情感細やかな絵ですね。
女がふたり、すれちがう街角です。ワケありの女2人が。
こういう感覚って、最近の邦画ではもうピンク系ぐらいでしか見ることができません。

依子さん扮する女は、中井貴一さんが戸籍を貸してあぶく銭を手に入れたことを聞きつけたわけですが、
まずはアダルト・ビデオ屋の店内をさっと見回して、
「なによ、女がこういうとこ入っちゃいけないの?」と、中にいる山本太郎さんを一喝。
「あたし、AVやりたいんだよね」などと軽口をたたきながら、差し出される栄養ドリンクをグビグビ。
「センキュ〜、じゃ、これもらってくわ」と手近のビデオをレジに持って行きます。
この「センキュ〜」は、依子さんおなじみのセリフまわし。ほかの作品でも何度か聞いたことあります。

レジで金を取り出すとき、「財布は持ち歩かない」と宝石のケースを開いて、蓋の裏側に挿んである札びらを渡す。
「これ、ぜんぶベルギー・ダイヤよ」
「最近、ノルマが厳しくてさぁ、今月なんか、これが売れるとありがたいんだけどなぁ」
当然、それまでのやりとりも彼女の商談のペースに入っていたんですね。
でも、とくに色で仕掛けているのではないんです。
相手が後ろ暗い金を持っていることを知ってて、さっさと使っちゃいなさいよ、と暗に持ちかけている。
裏の世界に生きる女と男の、一種のかけひきです。
だから、ここでの依子さんは、色っぽいんだけど、色目は使ってない。

「いちばん安いの、どれ?」中井さんが訊きます。
するとこの女、メモを取り出して読んで、「これ」。
このメモへの動作は、一瞬ゾクリとするような色気を感じさせます。
それまでのプロフェッショナルな態度が、急に「アンチョコに手をのばす」という、
アマチュアな隙を見せるからじゃないでしょうか。
この映画での依子さんは、ここが素敵です。
もちろん、演出だろうけど、こういう一瞬の意識のほつれの見せ方には、天才的な勘の良さがありますね。
私は洞口依子さんのこういうところが大好き。

この女が売りつけたニセモノのダイヤは、先述したように物語の重要なキーとなります。
ただ、この映画に出てくるほかの2人の女、光岡さんと倍賞さんがいかにも森崎東監督ならではの情の濃さを
感じさせるのと比べると、洞口依子さんはかなりドライに扱われています。
この突き放した味わいは、もちろん、依子さんならではのものでもあります。
そしてこんなドライで欲得ずくの流れで物語に登場した指輪だからこそ、最後に泣かせの小道具になったときに
白欄ちゃんがこれを後生大事にはめていたことの痛々しさ、やるせなさが胸を打ちます。
また、最後に出てくる倍賞さんの女っぷりの太さも際立つんですね。

ヨーリー・マニアとしても、惚れ直し度高し。
でも、ここでの依子さんの役名は「ニセダイヤモンドをセールスする女」。
犬にはつけないほうが無難かも。

森崎東 監督
中島丈博 脚本
浅田次郎 原作

1998年5月23日公開
製作=松竹=衛星劇場 配給=松竹
108分
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