2010年以降の5作品を語る
洞口依子さんインタビュー vol.6 (2014年12月23日 京都にて)


クリスマス前に、京都滞在中の洞口依子さんとお会いし、近年の出演作についてお話をうかがうことができました。

セレクトいたしましたのは、

若者たちの絶望的な逃避行を描いた『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(2010)、
大正末期から昭和初期の女性同士の恋愛を描いた『百合子、ダスヴィダーニヤ』(2011)、
AKB48のプリズンを舞台にした抗争劇『マジすか学園3』(2012)、
おなじくAKB48のMV(ミュージック・ヴィデオ)を大林宣彦監督が手掛けた「So long!」(2013)、
そして終戦直後の佐渡を舞台にした『飛べ!ダコタ』(2013)

の5本です。

作風もジャンルも全く異なるこれらの5作品に、洞口依子さんはそれぞれに異なるタイプの役で出演され、そしてきわめて独自の存在感を放っています。
これらの作品での洞口さんについて、甚だご迷惑かとおそれつつも、図々しく思いをぶつけてしまいました。洞口依子さん、お疲れのところをすみませんでした。

洞口さんにお会いすると、その魅力にあてられ、クラックラして、平衡感覚を失った状態が何日も続きます。「ヨーリー・ハイ」、一種の酩酊感、でしょうか。
そんな私の目に、京都の街はさながら深海に沈んだ遺跡のように妖しく映り、おもわず、「…京都売ります」とつぶやきそうになったのでした。



カラー・フォントが洞口依子さんのお答え。)

2010年からこの5年間、出演作から5本を選ばせていただきまして、お話をうかがいたいと思うのですが、
『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(2010)大森立嗣監督

出口の見えない生活にあえぐ3人の若者たちの逃避行を描いたロード・ムーヴィー。松田翔太、高良健吾、安藤サクラ、柄本佑、宮崎将など、若手俳優陣のシャープな演技が光る。
洞口依子さんは、息子(柄本佑)の片目をつぶした過去を持つ母親役で出演。短いシーンで強烈な爪あと!

 
まず『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』。
洞口さんの登場シーンは2分ほどと非常に短いんですが、強烈な印象を残します。セリフもまったくない役ですが、そういう役は初めてですよね?(注・『地獄の警備員』もそうでした。)


そうでしたか?よくおぼえていないんですけど(笑)。でも、セリフの有無で演技はあまり変わらないですね。
ト書きも人物背景も書かれていないうえ、短いシーンでしたが、たくさんのかたから「良かったよ!」という感想をいただきました。自分では、なにがそんなに良かったのか、あんまり実感ないんですけど。

 
言葉にしづらいですよね、あの場面は。 
 
柄本佑さんの母親役でしたね。日本海側特有のどんよりした天気でね。松田翔太さんと高良健吾さんに罵声を浴びせられるシーンで…どう演じたらいいかなと思っていたんですけど、現場に入ったら、そこになぜか「いい風」が吹いていた。物理的な「風」ではなく、現場から感じ取れる「風」です。
それはおそらく、大森立嗣監督の力かもしれません。
あの映画では、松田翔太さんと高良健吾さんが実際に逃避行を続けているかのような、そのまんまの勢いの中に私が投じられた感じでした。

 
いろんな個性の強い大人のキャラクターが出てくるなかで、洞口さんの役はごく普通の主婦の恰好でしたけど、それでもあれだけの「異物感」が出ているところが、「洞口依子、ここにあり!」と盛り上がりました(笑)。
そういう「異物感」について、ご自身ではどの程度意識されているんですか?
 
 
まったく意識していないです。意識していないところで、偶然フィルムに焼きついたと言いますか。映画というものの不思議な力ですよね。
 
とんでもない事をしでかした母親の役でしたけど、彼女の心理状態など、監督からの説明は? 
 
なかったです。なんだったんでしょう…やっぱり、「風が吹いていた」としか言えませんね(笑)。「風」というのは、現場の空気でもあり、カメラがまわった瞬間に映画的ななにかが降りてきたとでも言いますか、そういう感じでした。
あぁいう瞬間は、いいですよねぇ。アップで寄られたときも、どういう表情をしていいのかわからなかったんですけど、そのわからなさに反応してその場で生まれた何かが良かったんじゃないでしょうか。理屈ではないなにか。

 
今回選びました5作品は、どれも洞口さんと若い俳優さんたちのシーンが心に残るんですね。とくに『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』は、彼らと並んだ洞口さんから発せられるものが、鋭さの点でも負けてないんですよね。 
 
それは、私がまだ青いから、じゃないですか?
 
いい意味で、そうですよね。ぼくはよく「いまだに原石のような輝きを放つ」とか言うんですが。 
 
(笑) いい映画でしたよね。あのラスト・シーンも好きです。
主役の三人も、あの瞬間でなければ撮れなかったものがとらえられていますよね。昔のATG作品で、その後大スターになった先輩たちの若い一瞬をとらえた作品に通じるものがあると思います。

 
洞口さんと共演された若い俳優さんは、ブレイクされる人が多いですよね。染谷将太さんです(『パンドラの匣』など3作で母子役)とか。 
 
彼は映画をたくさん見ている映画的な人。最近は、監督にもチャンレンジされたりで、うれしいですねぇ。
 

  『百合子、ダスヴィダーニヤ』(2011)浜野佐知監督

大正末期から昭和初期、作家・中條(宮本)百合子と翻訳家・湯浅芳子の恋愛を描いた作品。
洞口依子さんは、2人を引き合わせた作家・野上弥生子の役で出演。落ち着いた佇まいと悪戯っぽい表情が最高。
 
続いて『百合子、ダスヴィダーニヤ』なんですが、これはどういう経緯で出演されたのですか?

私の事務所の大先輩の吉行和子さんが、浜野佐知監督の作品(『百合祭』2001年)に出演されたことがあって、浜野監督の作品は何本か観ていました。そして、『百合子、ダスヴィダーニヤ』では作家の野上弥生子さんの役をいただいたんですけど、実在の人物を演じるのは難しいですよね。「似てる」「似てない」という声も出てきますし、かと言って、似させることと演技との違いとは?という問題もありますよね。でも、出演できて楽しかったです。
 
実在の人物役って、あまり演じてらっしゃらないですよね。洞口さんの個性が役柄に勝っちゃうのかな、とも思うんですけど。 
 
それも考えものですよね(笑)
 
いやぁ、それがいいんですけどね。 
 
あの役を演じるにあたって、野上弥生子さんのことを下調べしました。二人(中條百合子と湯浅芳子)のあいだを取り持つ役割ですね。いたずらっぽくて、ちょっと意地悪な感じもあるんだけど、素敵な女性。楽しい現場でしたよ。浜野監督は若松プロにもいらしたかたで、「どんな現場なんだろう?」と期待して臨みましたら、厳しくも繊細で、映画愛に溢れている監督でした。
 
あの庭の場面の視線のニュアンスなんか、見ながらあれこれ想像して、おもしろかったです。
 
そうやって楽しんで見ていただけるのが一番です。
 

  『マジすか学園3』(2012年)佐藤太・豊島圭介監督

AKB48の人気ドラマシリーズ第3弾。島崎遙香、松井珠理奈、木崎ゆりあなど「次世代」を担うメンバーがそろい踏みした(SKE勢が健闘)。
洞口依子さんは、彼女たちが収監されているプリズンの冷酷な所長役で出演。妖女のオーラと貫禄! 

次が、AKB48との『マジすか学園3』。これは夏場に撮られていたんですよね。ぼくは洞口さんがあのシリーズに出演されることにビックリしました。 
 
わたしもビックリしましたよ(笑)。彼女たちは、私のことをまったく知らなかったでしょうし、最初は「この人、だれ?」って見られていたかもしれませんね(笑)。でも、関係者にご縁のあるかたもいらして、演出(佐藤太・豊島圭介)も興味深い方々が担当されているし、よろこんでお話を受けました。
冷房もない廃墟での収録で、とにかく暑かった。そういう現場は今までにもありますが、多忙でスケジュール調整もたいへんなアイドル・グループとの仕事でしたからね。
そんななかで、疲れてもいるでしょうに、しっかりと取り組む姿が印象的でした。だって、彼女たち、ものすごい仕事量ですよ。私が同じ年ごろになにをやってたかと振り返ると、アイドルになるってこういうことなんだなぁって、しみじみ思いましたよ。

 
洞口さんはデビュー時にアイドルとして売り出される可能性もあったんですよね。でも、「自分にはなれない」とそちらには行かなかったと、以前お話されていましたが、実際にトップ・アイドル・グループを間近でご覧になって、どう思われましたか? 
 
それはもう、大変だと思いました。あの若さで仕事をして、ゆくゆくは自分の居場所を自分で見つけることをわかって活動して、それでも年頃だから遊びたい気持ちだったあるだろうし、そういうひたむきな頑張りはひしひしと伝わりました。
 
『マジすか学園3』での出演メンバーは演技未経験の人が多かったんですよね。初回を見て「大丈夫か?」と不安になりましたが、回を追うごとにだんだん輝いていきましたね。 
 
それもマジックですよね。カメラの前に立つと、それまで見えなかった可能性や魅力があぶりだされるんでしょうか。
喩えは大げさかもですが、60年代にフランス・ギャルと一緒にお仕事できたみたいなものです。過密スケジュールで、それでも彼女たちの内側から発せられる今の輝きに立ち会うことができたことは良かったと思います。
 
『マジすか学園3』については、主演の島崎遥香(AKB48)さんが洞口さんに少し似ていることから、「親子の設定なんじゃないか?」とか「じつはあの所長さんはいい人なんじゃないか?」などの先読みも楽しかったんですよ。ぼくなんかは、所長は秋元康さんのように、愛をもって試練を与えているんじゃないか、とか。 
 
(大笑い)!
 
すみませんねぇ、こんなことばっかり考えて。 
 
あの役のサスペンダーとか、衣装は私のアイデアが多かったです。
 
なんとなく、『スーパーガール』の時のフェイ・ダナウェイみたいに、すごく楽しんで演じてらっしゃると、うれしくなりました。 
 
(笑)「狂気」を演じられれば面白いかな、と思いました。
 

  「So long!」(2013)大林宣彦監督

AKB48の同名シングルのヴィデオを大林宣彦監督が手掛けた、1時間を超す長編MV。
大林監督が繰り広げる映像の奔流に圧倒される、いやもう、とんでもない作品。
洞口依子さんは福島県に実在する高校の先生役で出演。胸打つ涙と優しい笑みが心に残る。 
それから、AKB48のMV「So long!」ですが、これは『あした』の時に出演された大林宣彦監督で。ぶっ飛んだMVでしたね。

少女を撮らせたら天下一品の大林監督ですからね。

 
撮影は合成と福島県の高校でのロケで。
 
ほとんどのシーンで松井珠理奈(SKE48)さんと共演でした。『マジすか学園3』のときに頑張り屋だと感心していましたが、あんなに早く再会できるとは驚きました。彼女は「女優」としての気質がある。いい脚本と役柄に恵まれるといいですよね。
 
ぼくはこのMV、何度も見返しましたよ。まさか、大林監督がAKBでもあそこまで振り切れたものを作るとは思わなかった。
 
だってそれは大林映画ですから。
AKBの多様な魅力については、彼女たちと一緒に仕事をした私の周囲の人たちから聞いてはいました。旬のスターと仕事が出来ることは、鮮度がよい食材をつかって作る化学的な料理みたいで面白かったです。
 

  『飛べ!ダコタ』(2013)油谷誠至監督

終戦直後の佐渡に不時着したイギリス軍機をめぐる、村民たちの葛藤を描いた作品。
洞口依子さんも出演の2時間ドラマなどを数多く手掛けた油谷誠至監督、初の劇映画。
洞口さんは、戦地に送り出した息子の復員を信じて待ち続ける母親役で出演。健気な姿に観客の涙腺決壊。
最後に、『飛べ!ダコタ』です。

真冬の佐渡で、今度は寒さの中での撮影で、紆余曲折あって難産だった作品でした。油谷誠至監督とはドラマでご縁があって、今回はじめて映画を撮られたんですけど、監督や周囲の映画人たちの映画という名の魔力に取り憑かれて出来た、そんな作品です。あまり裏話は出来上がったものに関係ないのかもしれないけれど、そういう気慨が画面からも伝わるんじゃないかなと思うほど。
 
まさにダコタを飛ばせたわけですね!そういう苦労を知らなくとも、てらいのない真っ直ぐな力を持った映画だと思います。見て、ボロボロ泣きました。 
 
そういう感想をよく聞きます。でも、ねらって演じたつもりはなくて…
 
最初に洞口さんが映る、神社の石段があるじゃないですか。あのときも…あ、ヤバイ、思い出して涙が出そうです。
 
…ありがとう。
 
洞口さんの表情が笑顔なのが哀しいんですね。浜辺でイギリス兵のお母さんの写真の入ったペンダントを拾って、それを届けて夜道を帰る足どりも軽やかで。息子が帰って来ることを疑っていない。その直後が戦死の報で。ハンカチ一枚、ダメになりました。帰りに高島屋に買いに行きました。 
 
(笑) まぁ現場は大雪でして。窪田(正孝)くんとも初共演でしたが、彼の眼差し、よかったですね。
 
洞口さんは、前にお会いしたときに、「はやく老け役を演じたい」とおっしゃっていましたよね。そのときには「いくらなんでも、まだ早いんじゃ?」と思ったんですけど。『飛べ!ダコタ』はそれに近いですよね。 
 
もっともっと老けをやりたいです。いろんな映画を見ても、そういう女優の演技に惹かれます。ヨーロッパの映画ではそんな女優がたくさんいるじゃないですか。例えば、ジャンヌ・モロー、シャーロット・ランプリング、マリアンヌ・フェイスフル、素敵でしょう?日本だと、なかなかああはいかない。
 
ちょっとまだ、おばあさんは…とも思うんですけど。
 
いやいや、早くやりたいですよ。まあ老けというよりも、私なりに「私」をやりたいんですよ。いつまでも同じところにはいないよ、と。ランプリングなどは、若い頃とはべつの色気を放っているし。ジーナ・ローランズは永遠に拳銃が似合う女だし。
唯一無二であること、が理想ですよ。

 
なるほど。洞口さんは絶対それができますよ。ていうか、「洞口依子がいるじゃないか!」と。今日も久しぶりにお会いして、やっぱりカッコいいなぁ〜と思いました。
 
(笑)それはわからないけど。でも、あるがままに、もっと、もっと開き直ってもいいんじゃないか、って思うようになりました。
 
その言葉を聞けてよかったです。今日はお時間割いていただき、ありがとうございました。  

(*洞口依子さんの文章がWEBで読める「47NEWS」の連載エッセイ『洞口依子 のら猫万華鏡』、「京都大作戦」の回はこちら!)

2007年のインタビュー→ 

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2009年のインタビュー

2010年のインタビュー 

2011年のインタビュー 

依子さんも途中参加の「原口智生監督インタビュー 

熱くヨーリーを語る「當間早志監督インタビュー 

インタビュー&イベントレポート 



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洞口日和