夢の人
 
『洞口依子映画祭』を終えて


「『洞口依子映画祭』というのを、東京でやりますので、よろしくお願いします」とあいさつに伺うと、
ほとんどの映画館のマネージャーさんたちは、「へぇ〜、洞口さんかぁ」と手渡されたチラシをながめる。

どう見ても洞口依子より年かさのありそうな人が「洞口さん」と呼ぶ。
どこか特別な響きを感じてしまうのは、彼らの誰もが、「洞口依子」の名前に、
はにかむような、うっとりと夢みるような表情を隠せずに、笑みをこぼしていたからだと思う。
そして、そんな笑みを盗み見て、ぼくはとてもいとおしい感情に包まれるのだった。

彼女の25年のキャリアを祝う映画祭。 しかし、これが回顧的なものになりようはずがなかった。
映画館には彼女自身が神出鬼没にあらわれ、ロビーでファンと接し、
ステージではウクレレを弾き、やくしまるえつこと組んで最新型のポップ・ミュージックをさらに更新してゆく。
黒沢清監督とケラケラ談笑するのも、そんな「今」と直結した彼女なればこその思い出ばなし。
決定的なのは篠山紀信氏と再び組んだ「digi+KISHIN」。 
若き日の彼女と現在の彼女が裸で交錯するうち、時代も場所も超越した彼女の揺るがない個性が焼きつく。
いつの時代の彼女に還っても、必ず現在に戻ってくるし、戻ってきてからさらに先に最高の時が来るはず。
まさにこの映画祭にこめられた思いが、ひとことも用いずに言い表されたかのような15分間。

『洞口依子映画祭』には、各界の錚々たる方々から25周年のお祝いコメントが寄せられた。
そんな中、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』『危ない話』で共演された
加藤賢崇氏のコメントが、
洞口依子のファンは、自分が彼女を選んでるのではなく、自分が彼女に選ばれてる、という気分を味わっているのでは、
といったもので、興味深かった。


11月の2週間、シネマヴェーラ渋谷には、ぼくが知っているだけでも、
名古屋市、瀬戸市、西宮市、金沢市と、関東圏外からも駆けつけるファンの姿があった。
「ファン」は「熱狂的」を意味する「ファナティック」の略だというし、それは洞口依子にかぎったことではないだろう。
けれども、彼らと言葉をかわしてぼくが感じたのは、これが「好きな女優」の「お祝いイベント」だから来た、
という動機とは趣きがちがうということだ。
大げさに言ってしまうと、自分にとってとても大切な何かを確かめるために、
新幹線で、夜行バスで、自家用車で、遠路はるばる馳せ参じたようだった。

いったい洞口依子というアーティストの何がそこまで人を惹きつけるのだろう?
彼女の活動分野は、ここ数年とくに、演技のみでなく音楽や執筆、そして医療関係のアピールにまで及んでいる。
その多様さから答えを見出そうとしても、彼女はスルリとぬけていってしまうし、そうなるとぼくにもわからない。

ただ、ひとつ、こんなふうに思うことがある。

どんな分野であれ、どんな媒体であれ、彼女は受け手のとてもパーソナルな部分に響いてくるアーティストだ。
まるで暗号の書かれた紙切れを後ろ手にそっと手渡すようにして、彼女はきわめて個人的に伝えてくる。
それは、「選ばれた」と錯覚させる幸福を味わあせてくれると同時に、残酷なことでもある。
他者とのコミュニケーションの中で、開いて開いて、最後の最後に残った布きれ一枚でどうしても隠しておきたい自分、
そんなヒリヒリするような、ごまかしのきかない私を無情に映し出す鏡のような存在でもあるからだ。

だが、彼女の個性の傑出したところは、そんな残酷さを通ってこそ辿り着くことのできる場所があることを信じ、約束し、
それを最高に妖艶で蠱惑的に
見せてくれることだと思う。
ドレミファ娘と呼ばれて」でも書いたことだが、スクリーンの上での彼女は、冷たく突き放すような視線をくれることが多い。
でもその視線には、さらされると不思議な高揚感に満たされるような効果がある。
彼女のあの気だるく倦んだ表情には、見る人を未来に向かって変えていく力がある。
それは本物の表現というものだけが持ち得る神秘的な力かもしれないし、
観客や映画作家たちがそんな特別な何かを強く求めるほど、彼女の存在もまた特別なものであり続けるのだろう。
そして、その何かを「夢」と呼ぶことをいとわない人なら誰でも、彼女の名前を口にするたびに、
これからもうっとりとはにかむような笑みを浮かべ続けるだろう。



『映画祭』イベントのレポート

11月15日 『子宮会議』イベントレポート 読む 

11月14日 黒沢清監督トークイベントのレポート 読む 

11月13日 パイティティイベントのレポート 読む 

11月8日 冨永監督&やくしまるえつこ 
イベントレポート 
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11月7日 篠山紀信トークイベントetc. レポート 読む 


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