『洞口依子映画祭』@シネマヴェーラ渋谷 イベント・レポート
11月7日(土)

YORIKO
"25é anniversaire"

DOGUCHI
FILM FESTIVAL

@シネマヴェーラ渋谷 
2009/
11/7(土)
   
<上映作品>
『芸術家の食卓』&『陰翳礼讃』(特別上映)

『部屋 THE ROOM』
『カリスマ』


<スペシャル・イベント>
最新digi+KISHIN作品の上映
篠山紀信 × 洞口依子 トーク


 まだエレヴェーターが動いていないビルの階段をのぼって、シネマヴェーラへ。 午前10時前。
男性がひとり、扉の前で本を読んで待っています。 先客がいるなんて嬉しい。
お花が届いてエレヴェーターホールに飾られていく。 灯りを落としたその場所でも鮮やかな紫が目にとびこんできて、贈り主の名前が「宮崎あおい」と読める。 
思わず笑みがこぼれてきたころ、少しずつロビーのライトが点いてゆき、奥の壁に『ドレミファ娘の血は騒ぐ』のポスターが浮かびました。
1985年封切り時の当時もの。 真っ白な背景に、うつむいた女の子の真っ白な表情。
一度も目を合わせることがないのに、真っ直ぐに飛び込んでくるその怒ったような怯えたような眼差し。
これだけの時間を経ても、その視線はあの頃と同じように突き刺さってきます。 相変わらず近づいてまじまじと見れない自分に苦笑しました。

一人の俳優の何十周年かを記念するイベントは、さほど珍しいこととは思えません。 それが映画館の特集上映ということも、よくある。
しかし、そこに「洞口依子」の名前がつくだけで、どうしてこうも独特の色彩が備わるんだろうか。 
「洞口依子映画祭」の言葉に、映画に耽溺する人たちの顔がどうしてああも少年少女のように輝くのか。

『芸術家の食卓』『陰翳礼讃』(以上、宮田吉雄)
『部屋 THE ROOM』(園子温)
『カリスマ』(黒沢清)
「digi+KISHIN 洞口依子」(篠山紀信)

誰もが知ってる名前もあれば、ほとんど人口に膾炙(かいしゃ)することのない名前もあります。
しかし、『洞口依子映画祭』の初日として、これほどのラインナップは考えられないでしょう。
愛知の瀬戸市から駆けつけた女性とお話をしたところ、とにかく、この一日であまりに独創的な映像を立て続けに浴びたせいで、
しばらくは頭の中を言葉で処理できない状態になってしまったそうです。
私はこれがこの日のラインナップをもっとも言いえていると思います。
そのくらい、この日スクリーンから放射されたものは豊かで膨大なイメージの連続でした。


☆イベント 『芸術家の食卓』『陰翳礼讃』

そもそも「宮田吉雄」っていったい誰なのか。 なぜ『洞口依子映画祭』の初日の初回を飾るのがTV作品なのか。
私もじつは上手く説明できるほどのことは知らないのだけど、それをとてもわかりやすく簡潔に伝えてくださったのが、
この日最初のゲスト・TBSメディア総合研究所の前川英樹さんと洞口依子さんとの舞台挨拶でした。

前川さんは『芸術家の食卓』『陰翳礼讃』のプロデューサーで、宮田さんがTBSを退社されて久世光彦さんの設立したKANOXに入社されてから、
この2作を撮っているときのエピソードをサラリと紹介されました。 これが、短いながらも宮田さんの個性を知らない者にも強烈に伝えるもの。
たとえば、スタッフが『陰翳礼讃』のセットを汗だくになりながら作っている。 
すると、作業には直接加わっていないはずの宮田さんが、どこからともなく戻ってきて、なぜかシャツを洗っている。
「どうしたんですか?」と聞くと、「走ってきた」。 ジョギングをしてきて汗をかいた、というわけです(笑)。

洞口依子さんの宮田さん像もまたおもしろい。 『陰翳礼讃』で文金高島田を着た依子さんが(なぜか)タンゴを踊る場面。
宮田さんはその口調や話し方にも独特の「宮田語」があったそうで、それは通訳が必要なほどだったとか。
「洞口、@:&%$#*‘*+(文字化けではありません)・・・だから、花嫁衣裳で、タンゴ、ね?」
で、依子さんはあっけにとられながら、文金高島田でタンゴを踊った、と。
こういうエピソードはもっと聞いてみたい。 お顔すら知らない宮田吉雄さんの像が、ボンヤリとだけど、自分の中のとっておきの場所にあらわれるようです。

オペラやクラシックに通暁し、その魅力を向田邦子さんに伝授した宮田さんらしく、2つの作品とも音楽の使用が見事です。
エルガーの「チェロ協奏曲」と谷崎の『陰翳礼讃』。 抑制と陰翳の美を湛えた日本家屋の廊下に、デュプレの激烈な名演が鳴り響く。
そういう組み合わせ自体は、アイデアとして他でもあるかもしれない。 だけど、ここにあるのは、「谷崎の」でもなく「デュプレの」でもない、「宮田吉雄の」世界なんですね。
『芸術家の食卓』もそう。 一人の人間の、一人ぶんの食へのこだわりを、これでもかとばかりに見せてゆく。
それでいてストイック。 納得のいく食べ物を納得のいく食材で作って食べるのに、まるではしゃいでいない。
その横にいて見ているのが、依子猫! ほんとにね、猫なんですよ、洞口依子さんが(宮田語で、「あのね、洞口、猫だから、猫」という「説明」だけがあったそうです)。
また、ストイックさの裏にどこか寂寥感や索漠感があるのがこの2作だと思うんですが、
猫を演じていた依子さんがフッと消えた瞬間、その不在に穴が開いちゃったような物悲しさをおぼえるのは私だけでしょうか。


☆イベント 「digi+KISHIN 洞口依子」上映
篠山紀信 x 洞口依子 トーク

『部屋 THE ROOM』『カリスマ』と、90年代の依子さんが輝く傑作にお客さんが集まったあと、ほとんどの人が残ったのは、もちろん、次のイベントのため。
篠山紀信さんのご登壇です。 初日からこんな豪華でいいのか?と思うくらいのイベントです。
この映画祭は洞口依子さんのデビュー25周年に関したものですが、彼女が映画デビューする前に篠山さんに見出されてグラビアを飾ったのも有名な話。
1980年に15歳で「週刊朝日」の表紙に抜擢されてから後、当時の男の子たちには『GORO』の「紀信激写」でのヌードが大評判に。
で、今回、「digi+KISHIN 洞口依子」という形で、かつての「激写」や最新のフォト/動画セッションがスクリーンで見られるということで、この日は男性客が多かったですね。
このへんの心理は女性にはちょっと通じにくいかもしれませんが、やはり懐かしさとときめきを求めてるんですよね。 要するに、うれしいわけだ。
私もそういう中年男性の一人として客席にいたわけですが、見事にしてやられました。 ひょっとしたらと予想していたような80年代追想テイストなんか微塵もない。

いまの洞口依子さんといまの篠山紀信さんの表現なんです。

現在と過去の裸身を幾度も幾度も往還しながら、だんだん時間の感覚がなくなるくらいに、依子さんの揺るがない個性が強調されます。
1983年の阿蘇山だろうと2009年の東京だろうと、彼女がそこにいる。 裸でなんでこんなにカッコいいんだ! そういうことでもあります。
それが、大画面で映るわけです。 昔なら雑誌、いまならPCかな、そのサイズで向き合うのが普通。
それが、映画館の大画面です。 真っ暗闇に、知らない人同士がとなりに座っている空間。  
そして、目の前に拡がる現在の彼女の姿。 これがいい。 昔の洞口依子ちゃんには悪いけど、いまのほうがずっとずっといい。

真昼の庭で降らされた雨に目をつむってはしゃぐ2009年の彼女のアップ、その笑顔の中には、タヒチの砂浜でフルーツを頬張る彼女もいます。
『君は裸足の神を見たか』で「出ていかなきゃならないんだ」とにっこり笑う彼女もいます。 ウクレレ片手に沖縄の海の波間に横たわる彼女もいます。
それらすべてを駆け抜けてきて、いつも全身全霊で彼女自身であるために闘ってきたであろうこの25年を背負った彼女が、
現在の洞口依子の表情に身体に刻まれていて、それがたとえようもなくオリジナルに可愛くてエロティックなのです。

私はよく、「依子さんの出演作で一番好きな作品は何ですか?」と質問されることがあります。 だいたいいつも3〜4本をそのときの気分で挙げたりする。
「digi+KISHIN 洞口依子」のこのスクリーン上映は、間違いなく新たにそこに加わります。
『ドレミファ娘の血は騒ぐ』が、『カリスマ』が、『マクガフィン』、が彼女にとって欠かせない作品であるように、「digi+KISHIN 洞口依子」も欠かせない。
ある意味では『子宮会議』の本の隣りに置きたいくらいです。

上映後は、篠山さんのトークで会場全体と依子さんとで爆笑の渦に巻き込まれながら、
この人が最初に洞口依子の魅力を引き出したんだ、という感動がずっと残っていました。
そこには、黒沢清監督、伊丹十三監督、宮田吉雄さんへと続く表現者の名前があって、
そんな人たちとの創作の場が、彼女の25年の大きな財産なんだろうと思います。
そして、そんなとっておきの場所を知っているからこそ、彼女は病と闘ってでもこうやって女優として戻ってきたんじゃないかと、
泣きそうな気持ちを爆笑に救われていました。


『映画祭』イベントのレポート

『洞口依子映画祭』を終えて

11月15日 『子宮会議』イベントレポート 読む 

11月14日 黒沢清監督トークイベントのレポート 読む 

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11月8日 冨永監督&やくしまるえつこ 
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