『愛と殺意の子守歌』(1990年)

『月曜 女のサスペンス』という1時間枠で、「文豪シリーズ」銘打っての一編です。
原作は田山花袋の「幼きもの」。

この時期の洞口依子さんはというと、
映画では『あげまん』に出演。その関連で「テレフォンショッキング」にも登場。
ドラマだと、ついにNHK大河に出演(『
翔ぶがごとく』)。
この『愛と殺意の子守歌』のオンエア1ヶ月前には、『
思い出トランプ』が放送されています。
さらに線を引っ張って、翌年を見ると、『
はぐれ刑事純情派4・出所した女 赤い糸の犯罪』があります。
若い愛人、日陰の女。ドラマではそういった役どころが定着しつつある頃。
こうして見ると、翌々年の『
愛という名のもとに』という作品は、本当に大きな挑戦だったんですね。

『愛と殺意の子守歌』での依子さんは、実の親を知らず、里親に引き取られて育った女の子。
この里親役が楠トシエさん(黄桜のCMソングの人ね)で、出てくるだけで画面が明るくなります。
明治青春伝』にも出演されてましたね。

依子さんは恋人・川崎麻世さんの子供を身ごもっているのですが、
彼は社長令嬢との結婚をひかえて、依子さんが邪魔になってくる。
さぁ、このあたりで、「洞口依子が川崎麻世に殺害される」もしくはその逆の展開を予想します。
定石だとそうなるのが自然です。

しかしこのドラマはここにもう一人の人物、依子さんの恋敵の母・野際陽子さんを絡ませます。
なんと彼女こそが、昔、やむにやまれぬ事情で依子さんを捨てた実の母親だったんですね。
2人の娘と彼女たちが愛してしまった1人の男。そのはざまで苦悩する母親。
最終的には…たぶんこういう1時間もののサスペンスって再放送の可能性は低いでしょうから書きますが、
野際さんがこの男を殺してしまうわけです。そこでエンド。
はなはだ後味の悪い物語ではあります。

洞口依子さんのファンとしてみると、彼女が被害者にも加害者にもならない、この部分が面白いです。
何度も何度も彼女の顔のアップが出てきます。
依子さんが視線を横にそらすと、あの大きな両眸の中で、黒目がくるりと、壊れた振り子のように片側で固まります。
そんな表情がとくに印象に残ります。
そのたびに、この子は今から殺されるのか、殺すのか、展開を測ってしまうサスペンスがあります。

もうひとつは、彼女が野際さんと話すシーン。
野際さんが、自分には子供を捨てた過去があるということを彼女に告げて、様子を窺います。
依子さんは「あなたの過去の償いを私にされても困るんです」と、にべもない。
このやりとりで、自分の母親が彼女であることに、依子さんが気づいているのかいないのか、
いまひとつハッキリとつかめません。
会話の途中で気づいたけど気づかないふりをしているようにも見える。
まぁ、そんなややこしい心理戦に興じるようなドラマじゃないのはわかったうえで(笑)、
私はこのシーンが妙にひっかかりましたね。

ところで、依子さんが殺風景な川べりの道路を歩くシーンがあるんですが、
『はぐれ刑事純情派』で彼女が演じた女の子も、両国の、それに通じる風景の中にありましたね。
あと、場所は大阪ですが、『
私は悪女?』での登場シーンで、北村総一郎さんが彼女を見かける場所にも、
そんなようなゴチャゴチャした町並がありました。

この出生の秘密が軸となるストーリーは、「赤い」シリーズでもありますよね。
あのシリーズで、ヒロインに対して配置される準主役的な陰のヒロインって、そんな風景の中にいることが多かった。
もしあのシリーズが全盛期のテンションのままずっと続いていたら、依子さんは出演していたんじゃないでしょうか。
百恵ちゃんに対する秋野暢子さんの役どころかな。

とにかく、この時期の洞口依子さんは、お天道様の当たらないところで生きる女の子がよく似合いました。
このドラマでも、新宿の陸橋の上、雑踏の中で彼氏を待っているロング・ショットの姿が、
強力な孤独感を背負って映っています。
そして、それは肝として、今までずっと持ち続けていると思うなぁ。


奥村正彦  監督  
田山花袋 原作(『幼きもの』)
矢代彩子 脚本

1990年10月29日21:00〜21:54 
テレビ東京『月曜 女のサスペンス』枠にて放送


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