『思い出トランプ』(1990)

久世光彦さん演出の向田邦子ドラマです。

ついついお正月に見たような印象を持ってしまうのですが、放送されたのは9月。
家庭環境がちがう男のもとに嫁いだ女性が独立するまでの話に、姑や夫の愛人、幼い息子などとの葛藤がからみます。

まぁ、ガキが見てもわからないドラマでして、
出て来る人物も、ひらがなで「おとこ」「おんな」と当てるほうが似合います。

いつもながら、田中裕子さんと小林薫さんと加藤治子さんの演技が作り上げる空気は濃厚です。
やはり松の内くらいのボケた頭で、嫁はんの愚痴でも聞き流しながら見るのがちょうどよい。

依子さんの役は、小林さんの愛人トミ子。
小林さんの勤める会社を受けに来て、最低の面接態度で落とされ、小林さんとは、その後、
水商売で働いているところを偶然再会した、という設定です。
小林さんが彼女に与えた住まいというのがまたひどいアパートで、
そんな程度の「囲い」で愛人をつないでいる、甲斐性があるのかないのかわからん男に囲われている。
あまり賢そうでもないし、掃除もしないし、冷房もなく、ただでさえ暑苦しそうな部屋を、さらに爛れたように見せる娘です。

田中&小林&加藤のトライアングルが、感情の引っ掻き合いみたいなドラマを続けていくなか、この依子さんの存在は異色です。

依子さんは大半の場面を、スリップというかシュミーズというか、どっちの言い回しが適切かわかりませんが、
とにかく、生活感あふれすぎる格好で登場します。
童顔の依子さんがこういう格好をすると、その落差にドキッとするような色気があります。

加藤さん演ずる姑は、女手ひとつで小林さんを育ててきた人。
苦労人なのでしょうが、決して清廉潔白というのでもなく、いろいろ後ろ暗いところもありそうな人。
ときどき、困ってしまうような生々しい色香を漂わせたりしまして、ホントにすごいんですよ、加藤さんが。
そしてこの生々しさの源にあるおんなとしての凄みは、依子さんのスリップ姿へと通じていくし、
どうしようもなくなって岸部一徳さん演ずる医師へと走る田中裕子さんの姿にも通じていきます。

トミ子はドラマの重要な役どころなわけですが、彼女の背景、履歴というのがほとんど描かれません。
どこに救いを求めて、なににすがっているのか、依存の焦点もはっきりさせないまま、姿を消してしまいます。

嫁の田中さんは、夫と姑と比較して、わりと実直な家庭に育った、キチンとした女性です。
不安定な家庭環境に育った者が、せっかく手にした安定になぜかしら適応できない、という事があります。
どっか、ヒビを入れたり、「汚し」が入ってないと落ち着かない。
夫とその母にとって、トミ子は、安定感をもたらす嫁にはない、自分達の原風景に近いにおいがする存在なのでしょう。
悲しいけど、人間、そっちへ寄っていってしまうし、また、そこに行ったところで何もどうにもならないのも事実です。

ここでの洞口依子さんは、この三人の状況の抱えるどうしようもなさを一人で堂々と受け止めています。
それでいて、視聴者にこのトミ子への安易な感情移入をさせず、姑、嫁、夫の三者がそれぞれの思いで垣間見る
おんなの原形質みたいな部分も表現しています。
これは脚本や演出の巧みさもあるのでしょうが、あの部屋に依子さんが座っている風景がもたらす効果は絶大だと思います。

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