『明治青春伝』(1993)

大槻ケンジ氏司会のトーク番組『ボイズンガルズ』にゲスト出演した際 (1994/9/11)、
洞口依子さんは、もともと集団行動が苦手で、一人で絵を描いたりするのが好きだった、
と子供時代を振り返っています。
これは、まぁなんとなくでも納得できる話でありますし、べつに依子さんにかぎらずとも、
アートを志す人というのは、概してそういう気質があります。

そういう人たちが集団で表現を試みるのがバンドであり、映画です。
そして、そういう集団であるからこそ、信じられないような子供っぽい理由でケンカしたり、
すねて途中で帰っちゃったり、いろいろやっかいなことが起こる。

なのに、これらの人たちは、なぜかこの集団行動にだけは、はっきりと「快」を感じることが多い。
もちろん、大槻ケンジ氏もそういう人だから、わかって質問したわけで、
依子さんも同じ匂いを感じたから、安心して答えたのでしょう。
匂いの世界か。
こういうの、嫌いな人もいるだろうけど、私には、麗しく思えます。

この『明治青春伝』は、宮崎滔天(とうてん)という、明治の自由民権運動期に生きて、
孫文とも交流を持ち、辛亥革命に助力したという、熊本県の人物の物語です。
滔天については、不勉強にして知りませんでした。
ちょうどこの前、懐かしい大河ドラマ『獅子の時代』総集編ビデオ全5巻を1本100円で入手し、
四半世紀ぶりに見返して感激したとこです。
あれもパリ万博で始まって秩父事件で終わる話なので、ちょっと個人的に今このへんの時代が旬かな。

テレビ熊本開局25周年記念の70分弱のドラマです。
高橋伴明監督がメガフォンを取り、キャストも滔天に杉本哲太、ほかにも豊川悦司、永島敏行、佐藤允、
仲村トオルの各氏に、楠トシエ(!)さんまで登場する豪華さ。
依子さんの役は、滔天の妻、槌(ツチ)。

上記のキャストだけだと見えないんですけど、ここに脇を固める片岡礼子さんと趙方豪さんをカウントすると、
見事、「高橋伴明」の旗がはためくのが見えるから面白いですね。
クランクインにいたるまでのプロセスなんか、想像したりしたくなります。
誰が誰に声をかけたか、とか。
洞口依子さんも、語弊あるかもしれませんが、ここではこの「補色」のキャストです。
片岡礼子さんと趙方豪さんがそうであるように、依子さんも、彼女のこういう表情がここにほしい!といった
演出の意識をありありと感じさせます。

前半、旧い土塀の残る熊本の城下町を歩いていると、草叢で用を足している滔天に「紙をくれ」と声をかけられ、
戸惑いながら懐中の紙を取り出し、ややあって怒った顔でそれを投げつけるまでの、
その「やや」ある間の表情。一瞬、意識が宙ぶらりんになってるようなところを、逃さずとらえてますねぇ。
私のようなファンにとって、この「意識が宙ぶらりん」の依子さんが最高なわけで、
思わず「けっこうなものを頂戴いたしまして」と手を合わせたくなります。ホント。

2人がお城の近くの野っ原で青…もとい、愛し合うときの、依子さんの帯の動きにしても、
そのあと、石垣を背に石段で依子さんが哲太さんの肩に頬をうずめているしぐさにしても、
うわぁ、映画を見てるみたい!という気分を味あわせてくれます。
これがあるから、「もう一回だっ」と彼に腕を引かれた依子さんが、はにかみながら、また木陰へ入ってゆく描写から
日向の草叢のにおいが伝わってくるのでしょう。

ほかにも、武器を仕入れる夫と仲間たちを見守るときの、不安が入り混じった表情のアップなど、
洞口依子なら、こういう顔撮りたいよね!と言わんばかりの、(ファンにとっての)サービス・ショットがあります。

こういうのも、匂いをかぎあえる仲間の繋がりに支えられているのでしょうか。
そしてなぜか、片岡礼子さんのファンも趙方豪さんのファンも、同じようなものをこの作品に感じているんじゃないか、
そんな気がしてなりません。
かなり特殊な匂いで、嫌いな人もいるでしょうが、私には麗しの香りに思えます。


テレビ熊本開局25周年特別番組
1993年11月2日 テレビ熊本にて放送
(開局25周年特別番組)

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