『翔ぶが如く/ 第25話 薩長同盟』(1990)

雀色時』で共演された浅丘ルリ子さんと洞口依子さんは、じつは大河ドラマで同じ人物を演じています。
浅丘さんが『竜馬がゆく』、依子さんが『翔ぶが如く』で演じた、坂本龍馬の妻、おりょうです。

『翔ぶが如く』は西郷隆盛を主人公にした物語で、龍馬が登場するのは前半の終盤。
もちろん、重要なエピソードです。
依子さんの出番は第25話。寺田屋騒動の段から、「日本最初の新婚旅行」として知られる薩摩行まで。
そして、龍馬が近江屋で暗殺される第27話にはもう姿をあらわしません。

西郷は西田敏行さんで、龍馬は佐藤浩市さん。
佐藤さんの龍馬の奔放さに圧され気味の西田さんの西郷、という図は、後年の『マジック・アワー』でも再現。
そういえば、のちに『新選組!』でやはりこの時代に取材した三谷幸喜さんは、『翔ぶが如く』を見たんでしょうか?
もっとも、龍馬は脇差の刃先をなめたりしませんが。

依子さんは、この回のオープニングを飾ります。
京の伏見にある船宿、寺田屋に働く彼女を龍馬が訪ねるところです。
このあたりは私の生活圏内と言いますか、単なる通り道ですので、ちょっと立ち寄って携帯で写真を撮ってきました。

現在の寺田屋。
ドラマはスタジオ収録でしたが、ここはロケでも使えそうですよね。夜なんか、いいんじゃないでしょうか。

この桃山の町は、秀吉の名に因んだ地名も多く、京都では珍しく城下町の趣が残っています。
秀吉が切り拓いた河川港があった町で、大阪と京を結ぶ水上交通の拠点でもありました。
南国と京を往復することの多かった龍馬が、ここで下りて、最寄りの寺田屋に泊まったのもうなずけます。

また、京都の中心部から南に離れているため、幕府にとっての危険人物であった龍馬にとって、
潜伏に好都合な町だったのかもしれません。

この店の前で、おりょうが枕を作るために菊の花びらをむしっているのを、船から降りた龍馬が、
声をかけずに見ています。
気がついて、いつからそこに?と問うおりょうに、
「船を降りたときから、見ちょった」と答える龍馬。

寺田屋の道向かいは三十石船の通る川です。

ここから寺田屋へはほんの数歩。
じっさいにここに立つと、龍馬がおりょうを「見ちょった」間が、実感として伝わります。

伏見は名水とお酒で有名。現在も、酒蔵があちこちにあります。


とまぁ、こんな調子です。
大河ドラマ20:44くらいの、「ドラマの舞台を訪ねて」っぽいでしょ?

おりょうは、本名を楢崎龍といいます。
本人と思われる写真が残っていて(!)、それを見ると、洞口依子さんとは少しちがいますが、
どこかコケティッシュな色気があります。

一家離散の憂き目にあい、流浪の人生を送っているところを龍馬に見初められた、という出会いの逸話は、
このドラマではカットされています。
そのぶん、恋女房のニュアンスも薄れて、活発でおきゃんなキャラクターが自然に伝わってきます。

龍馬が密談をしているときも、彼女はなんとなくそこにいます。
なにかに似ている、と思ったら、『芸術家の食卓』で、写真家のそばにくっついている、猫の化身でした。
猫型おりょう。
革命をめざす男たちに、好奇心まるだしで寄り添っている、古い言い方ですが「翔んでる」女の子。
そんな解釈も成り立つのは、洞口依子さんが醸しだす実際感のおかげでしょう。
いい意味で、ドライで現代的なんです。

寺田屋といえば、龍馬物語でも大きな見せ場です。
おりょうが、しまい湯に近い湯で風呂に入っているとき、外の不穏な動きを察知します。
そこで、全裸のまま、裏階段を駆け上って龍馬に急を告げる場面。
無意識のお色気がサスペンスをホクホクと盛り上げるうえ、おりょうの龍馬への思いの強さがわかる段です。
ところが、このドラマの寺田屋騒動の一幕では、おりょうは着物をちゃんと着て階段をのぼります。
せめて、いま羽織ったばかりのニュアンスくらいあってもいいように思うのですが、
これもおりょうのキャラクターを軽くするためのものかもしれません。
二人の馴れ初めをカットしたように、おりょうの龍馬への慕情は、とくに重要ではないと判断したのかもしれませんね。

そして西郷に匿われた二人が、船で薩摩へ向かう描写。日本最初の新婚旅行です。
ここも、まるで明るいボニーとクライド。
時代の最先端を行くカップル、とでもいった趣すら漂います。
佐藤さんはきわめて明瞭に快男児を演じているので、これは依子さんの持ち味が大きいのではないでしょうか。

薩摩に着いて、西郷の家でのシーン。
西郷の妻、田中裕子さんと、大久保利通(鹿賀丈史さん)の妻、賀来千香子さんと共に、おんな三人でおしゃべりをするおりょう。
「西郷はんも、大久保はんも、京ではおなごに、えろうもてはりますよってなぁ」なんてことを悪戯っぽく言います。
田中裕子さんは、薩摩おごじょの大らかな気持ちで、それを軽くいなすんですけど、
依子さんが田中さんにそんなことを言ってたら、奥で加藤治子さんが立ち聞きしてるような気がします!
この最後の登場シーンでわかるんですけど、依子さんは、田中さんに対する「都のおんな」という役割だけではなく、
「新人類」っぽくもあるんですね。
そんなふうに見ていくと、じつに面白い出演作です。

龍馬が仲間に、おりょうのことを「ふくれっ面が可愛いんだ」とのろけるセリフがあります。
龍馬、わかってんじゃん。

そんなこんなで、妄想も翔ぶが如く、です。


1990年7月1日20:00〜20:45
NHK大河ドラマ枠にて放送。
司馬遼太郎 原作
小山内美江子 脚本
古川法一郎 演出

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