『とおりゃんせ〜深川人情澪通り 第8話 幼なじみ』(1995)

江戸の町の警察機構って、どういう構成になってたか、わかりますか?
私は時代劇や時代小説がけっこう好きですけど、恥ずかしながらおぼろげにしか理解していません。
ちょっとおさらいしてみましょうか。

まず、町奉行がいます。遠山の金さんがここ。
その下が与力。ヨーリーですね。
与力が奉行所に報告するのを「捕物帳」と呼びます。
この下に働いてるのが同心。
ここまでがお武家さんの世界です。

同心の手下が目明し。
これは公の身分ではなく、同心が裏世界に通じた民間人などを雇っていたようです。
銭形平次はここ。
目明しの下に「手先」と呼ばれる子分がいたわけですね。八五郎がこれに相当します。

さらに、番屋と呼ばれる派出所みたいなところがあって、ここは町内会の持ち回りだったそうです。
このドラマでの神田正輝さんと池上季実子さん夫婦は、このなかでも「自身番」と呼ばれる町人の番。

第8話に登場する洞口依子さんの役は、簪屋の下女から女手ひとつで身を立てた、おまつ。
かつて世話になった簪屋の窮状を見かねて、幼なじみでもある跡取り娘のお紺を訪ねに来ます。
このお紺が横山みゆきさんです。

お紺が一心不乱に新しい簪のデザインに打ち込んでいる姿からカットが切り替わると、
奥の間におまつが坐ってじっと見つめています。ぎょっとするお紺。
そりゃあびっくりするわな。怖いもん。
ヒッチコックの『レベッカ』に出てくる家政婦を想起させる強烈な存在感です。
「おまっちゃん!いつからそこにいたの?」
「百年前からだよ」
幼なじみどうしの気の置けない軽口…という感じがしないのは、お紺のビビりようと、おまつの目のコワさ。

このおまつ像は、可憐なヒロインに近づく正体不明の怖い身内というパターンに還元されるでしょう。
50億を相続する女』など、依子さんがこれをやると本当に険が立ちますね。

おまつは、昔、下女をしていたときに、身分の違いを超えてお紺によくしてもらったことを感謝し、
そのために力添えになりたい、と申し出ます。やんわりと断るお紺。
おまつの表情が、言葉とは裏腹のよこしまな意図で翳っているので、お紺もそれを察して警戒しているのだろう、
見る側もそう思います。ところが、そうではなかった。

おまつは色々とあこぎな事をしつつ、複数の茶屋を持つまでに成りあがった女です。
決して油断しないし、色気はあっても、しなは作らない。当然のように、敵も多い。
与力の林隆三さんに道で声をかけられ、一瞬苦々しい顔をするところが印象に残ります。
後ろ暗いところの多々ある女の、ほんのわずかな怯みと、そこから虚勢を建て直すまでの数秒。
この表情がいいです。

この1995年は、少し前に『』があって、『勝手にしやがれ!!』のシリーズも始まった年。
前の年には『私は悪女?』があり、おそらく年内には(翌年正月オンエアの)『留守宅の事件』も収録された。
こう言っちゃなんですけど、演技経験のない女の子が映画でデビューして、ちょうど10年目。
ここまで、女優として女性として、大輪の花を咲かせるまでに成長したのか!と思います。

おまつはお紺を陥れようと策を弄しますが、自分を逆恨みする男に刀傷を負わされます。
そして運ばれた番屋で対面したお紺と、互いへの愛憎をぶつけあう場面がこの回の白眉です。
おまつは本心では幼なじみの窮状を救いたかった。でも、お紺は頭を下げに来ない。
そこで、きっと自分の汚れた金子の世話などになりたくないのだろうと、ひとり合点で腹を立ててたのです。
でも屈折していたのは、おまつの心だけではなかった。
お紺も、いい子を演じながら、内心では、おまつを下女として連れて歩く優越感を抱いていたことを、
今になってひけ目に感じていたわけです。

ここにきて、最初のシーンでのお紺の狼狽ぶり、ふたりの間にあった空気のぎこちなさが紐解かれます。
古典的な人情話の体裁をとっていますが、現代の若者に置き換えても通じる、
コンプレックスの生み出す友情のすれ違いがテーマなんですね。
そこが丁寧に描かれているのと、やはり横山みゆき、洞口依子の取り合わせが、
全体に、筆先二つぶんくらい、ほんのりとモダンな色彩を加えていていいと思います。

最後におまつがお紺の手をとって涙を流すまでも、なかなか「泣き」に持っていかない。じらします。
依子さんが、ふて腐れたような目つきを易々と崩さないのも効いています。
ここを焦らないから、「本当にわたしなんかの汚いお金でいいいの?」という、おまつのダメ押しの問いと、
「だって、おまっちゃんが泣きながら貯めたお金じゃないか!」というお紺の答えが、涙腺を緩ませるのであります。

いやぁ、依子さんに泣かされましたよ。


1995年11月10日(金)
20:00〜20:45
NHK『金曜時代劇』枠にて放送
北原亜以子 原作
本木一博 演出



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