〜洞口依子 出演作品解説〜

『50億を相続する女』(2003年)


もうこれは、最初っから完璧に怪しい人物として洞口依子さんが登場し、
顔に「悪」と書いた状態でサスペンスの華を満開に咲かせてくれます。
ミステリーですが、肝心なのは、では彼女の悪だくみとは何か?なので、
ここまでは書いてもネタばらしにはならないでしょう。どんでん返しもあるし。
だって画面に出てくる瞬間から、悪い女ですからね。
この登場シーン、これからご覧になるかたは楽しみにしておいてください。カッコいい〜。

ヒロイン・直子(一路真輝さん)が交通事故から目覚めると、未知の人々に「家族」と呼ばれています。
彼女には貧しくも幸せだった夫(岡野進一郎さん)との生活の記憶が確かにあるのですが、
誰もがそれを記憶障害として扱い、彼女は大病院一家の長男(尾美としのりさん)の嫁として家に戻されます。
この一家を仕切っている長女が、外科医で直子の担当でもある早苗です。これが依子さん。
新しい生活環境は申しぶんなく豪華で贅沢な暮らしです。なにひとつ不自由はない。
だけどある日、彼女は記憶の中にある夫を見かける・・・

お話がカトリーヌ・アルレーの『わらの女』や
セバスチアン・ジャプリゾの『シンデレラの罠』といった、
フランスのミステリー小説の匂いが濃厚だなぁと思って調べたんですが、
この作品は1984年に土ワイで放送された『女相続人のさけび』のリメイクで、そちらの原作がアルレーの『死体銀行』でした。
(ちなみに、『わらの女』のヒロインは、昔から依子さんに演じていただきたいと思ってます!)

こういうドラマを見ると、「誰も本当の私をわかってくれない」ということが、女性にとってどれほどのストレスか、
あらためて思い知りますね。男性は・・・どうかなぁ、ここまではないように思うのだけど。
このドラマのポイントは、そのストレスが恐怖にまで達する心理的なサスペンスと、あと一個あります。

ある日突然に莫大な富と裕福な環境を手に入れたとして、それが間違いだとしても、ささやかな貧しい暮らしに戻りたいか。
ここがもう、女性心理をじつにくすぐる話の骨子ですよねぇ。
彼女は、戻りたいと思い、戻ろうとするわけです。なぜか。得体の知れない恐怖を感じるからですね。
この得体の知れない恐怖を代表するのが洞口依子さんの存在なのです。

依子さん演ずる早苗先生(ホントに医者の役、多いですね!)は、直子に辛くあたるのではないんです。
むしろ彼女のために最高の手術を施し、つとめて笑みを浮かべて、彼女を最高の環境で迎え入れようとする。
ところがこの笑顔、これがこのドラマの鍵です。本心からのものではないんですね。
かと言って、とってつけたものではない。あえて言うと、「職業的な」笑みなんです。

早苗は悪い女ですが、医者としては相当の切れ者です。生命に対しても安易に冒すことはしない。そこがまたコワいんだけど。
直子に対して浮かべる笑みも、医者が患者に接するための職業的なものです。
この職業的な笑みが、後半、悪事の全貌を露呈させてくるにつれて、悪女の余裕の笑みに変わっていきます。
ここがこの作品での依子さんのみどころです。

それからもう一つ。
依子さんの声の持っている艶が、いいんですよね!
私は洞口依子さんはそのキャリアでどこかに「変声期」があったと思います。どのへんかな。
たぶん、90年代の半ばくらい。
映画でいうと、『勝手にしやがれ!!』シリーズあたりから、でしょうか。
それまで、どこか不満ありげに口をとがらせてつぶやくようにしゃべる声に特徴があったと思うんですが、
そのへんから、声にしっとりとした潤いというか、霞がかかったような色気が増したんじゃないでしょうか。
『CUREキュア』なんかだと、もうその声に虚ろさや狂気まで含んでしまえてるし。
『50億を相続する女』は2003年。突き放したような、冷やっこくて艶のある大人の女性の声がステキです。

あと、ダメ押しでもう一点!
最終的に、この早苗という女は、ダメ父やダメ兄に代わって病院を握っているわけですが、この設定に漂うほのかな「末娘感」も、
意外とポイントです。
そのあたりに、微妙な愛嬌が差し挟まれていて、依子さん本来の可愛さと化学反応を起こしている、と私は見た。

2003年9月6日
テレビ朝日系列『土曜ワイド劇場』放送
監督 山本邦彦
脚本 篠崎好



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洞口日和