『おらが春』(2002)

(当サイトは洞口依子さんのファンサイトです。この記事も作品中の依子さんについて書いたもので、作品自体についてではありません)

小林一茶という俳人がどういう生涯を歩んだ人であったのか、
「風雅」の人、好々爺、といった程度の印象しかなくて、どこかで良寛さんとゴッチャにしたりしてる私でしたが、
ひとくせもふたくせもある人物であったように、このドラマを見て思いなおしました。
作中、引用されるいくつかの句のなかでは、「生き残り 生き残りたる 寒さかな」が胸に響きます。
一茶らしいのかどうかはわからないけれど。

一茶を演じるのは西田敏行さんで、ほかにはかたせ梨乃さんや田辺誠一さん、杉浦直樹さんに財津一郎さん、
石田ゆり子さんに寺島しのぶさん、そして一茶の継母を演じる「見返りお綱」(古い!『鳴門秘帖』です)三林京子さんなどなど。
洞口依子さんは一茶の弟嫁・むくの役です。

むくは信州の山間部にある村で、一茶の弟にあたる夫と一茶の継母、そして一茶の父と暮らしています。
病に倒れた父を見舞いに、江戸から一茶が戻ってきたとき、最初に声をかけるのが、むく。
おおらかな笑顔と土に生きる女性らしい筋の通った声で一茶に初対面の挨拶をします。
この少し後年の『武蔵 MUSASHI』のときとリンクさせてしまいそうな、すすけた野良着姿です。
都会の女性のイメージが強い依子さんは、時代劇で町娘や芸者や夜鷹を演じることはあっても、
こういうタイプの役柄は珍しい。

久しぶりに家族がそろった食卓です。
一茶と継母には軋轢が長く続いたという事実があるそうですが、ここでも厭味に小言をこぼします。
むくと夫の間には子供がいません。
子供のいない女性に対するひどい言葉(私はこの字面を嫌悪しているので書きません)で義母に責められるむく。
この瞬間、それまで屈託ない農家の嫁として映っていた彼女の表情に翳りがさします。
残念ながらここではこの設定に重点が置かれておらず、
「これぞ洞口依子」と誇れるくらいの、調和をかき乱すような不全感の魅力にまでにはいたりません。

洞口依子さんは、コミュニティの外から来た人物、または一人だけ周囲と異なる存在という設定が、
本当によく似合うとあらためて思います。
私は『(ほむら)立つ』のときの彼女が好きですが、あれなんかも、都からやって来たという設定で、
彼女の言動は侍女たちの中で浮いていましたし、近視になるほど読書に耽るところにもそれは感じられました。
依子さんが表現する周囲との異和感にはフォトジェニックな吸引力があります。
この『おらが春』は、嫁ぎ先の食卓に座っている姿に『』での彼女をどうしても連想してしまうのですが、
あの作品で床の冷たさが伝わるような、凶事の前兆を鈍く感じさせる、輪郭の曖昧な居心地の悪さほどではない。

そうしたなか、家族会議の場面で、一人だけ座ったまんまウトウトと舟をこぐ姿がやけに印象に残ります。
身内のゴタゴタした会話が交わされるなか、朴訥な味わいを画面に漂わせるコミカルな役割ではあるけど、
そこにいるのは、やっぱり、どうしようもなく周囲とは異質に見える洞口依子の存在感なんですね。

それにしても、今見ると複雑な気持ちにさせる設定です。
これはファンだから思うことであって、ご本人には演じた役の一つでしかないのかもしれない。
でも、2002年のお正月にオンエアされたこのドラマがあって、その2年後に依子さんの病気があって、
それをどうしても踏まえてしまうから、ここで子宝に恵まれないむくという女を演じる彼女を見るのは、
平静でいられないものがあります。

洞口日和では、依子さんの「ライフスタイル」よりも「表現」に焦点を当てています。
その2つが完全に切り離せるかどうかという事ではなく(そうは思ってないけれど)、
私は、できるだけ、現実の出来事をおかずに作品を味わうことをしたくありません。
作品は作品、演技は演技、日常は日常。
そのへん、物足りなく思われるかもしれないけど。
でも、あえて。

ですが、『おらが春』を見ていると、自分が2002年正月の洞口依子さんの演技に見入っているのか、
その後の出来事を含めた目で見ているのか、判然とつかなくなるところがあります。
そんなこと、気にすることはないんだろうけど、やはり、どこか落ち着かない。
マクガフィン』は、逆に、演じるほうは大変だっただろうし葛藤もあっただろうけれど、
観ているほうは安心して入っていけるんですよね。
このへん、俳優というものが不可思議なものなのかファンというものが不可思議なのか。
私個人の問題である確率が、いちばん高いな。
でも、『おらが春』は、私にとってちょっとした難物でした。


2002年1月1日(火) 22:00〜24:00
NHKにて放送

原作 田辺聖子(「ひねくれ一茶」)
演出 尾崎充信
脚本 市川森一
音楽 池辺晋一郎

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