〜洞口依子 出演作品解説〜 |
『黒い社長』(『黒い十人の黒木瞳V』)(2013年) |
洞口依子さんが出てきた瞬間のその佇まいに、「え!」と驚いてしまった。
肩のあたりがソワソワと所在なげで野暮ったく、ポスティングのパートタイムには不適格と言うほかない挙動不審さまでにじみ出ている。
なんの前情報もなく見たら、7番目のエピソード『黒い社長』でこの冴えないパート女性を演じているのが洞口依子さんだと気付かない人もいるのではないか。
見た目も地味で、仕事の手際も悪いのに待遇の格差にだけは敏感という、洞口さんがあまり演じないタイプの役柄だからだ。
『黒い十人の黒木瞳V』は黒木瞳さんが10のエピソードで異なる役を演じる90分の短編集的なドラマ第3弾。
各エピソードは5〜10分で、『黒い社長』は5分ほどの長さ。 黒木さんが経営するあやしげなポスティング請負会社が舞台となっている。
世間体を気にせずにキビキビと会社を回す社長と仕事のできないパート女性を対比させて、大きなオチはないが、もやもやとした感じがおもしろい。
洞口依子さんというと、底意の知れない物憂げな視線で人を翻弄するような役柄がいちばん知られているだろうし、私もそうした洞口さんは好きだ。
ただ、それとはべつに、ごく平凡な、いや平凡よりも目立たない女性像を演じることもある。
『愛という名のもとに』の則子役はその要素が大きかったし、レジ係の地味な女の子を演じた『二階堂雪 万引きする女』なんかは今回の『黒い社長』とも若干イメージが重なる。
また、『好き? 誰かを愛してますか』や『ディア・フレンド』のように、友人や親子に依存した生き方から抜け出せないダメな人物の役も佳かった。
『黒い社長』ではそんな「弱い洞口依子」を久々に見れたのが意外な嬉しさだった。
ポスティングをマンションの管理人に咎められてすごすごと帰社し、社長に「『お断り』って書いてあったんです」と答えるあたりは、その場の空気がシラッと伝わってくるようだし、
そこまで使えない人間が社長の取り分と自分たちパートの歩合の格差に(今さら)愕然とする表情はコミカルでもある。
そうした意外性もあるいっぽう、じつはファンのツボを刺激するのは、地味な市井の人の役柄に、生活感に乏しく浮世離れしたセンスが漂っているところだと思う。
仕事の不平というよりも自分がいる場所とうまくかみ合わない感じが、つまらなそうにつぐんだ口許に表れている。
とくにスーパーで主婦たちに絡まれた社長を彼女が見かける場面での、「ロースハムを手にして立っている洞口依子」の絵。
このなんとも不思議なつかみどころのない味わいは洞口さんでなければ出せないものだ。
世間の風当たりを突っ切って生きている社長の姿と対照的に、その買い物かごの中身のゴージャスさのほうに反応している彼女の呟きもいい。
ハムをもとの棚に戻して社長の後を釣られるように追うところは、私には今一つ読み取れないものが残ったが、
腑に落ちるような落ちないような後味は、やけに現実的な短い夢でも見たあとのようで面白かった。
制作 木下俊 |