好き?−誰かを愛してますか− (1999)

犯人役、悪女役の陰に隠れて目立たないけれど、洞口依子さん演ずる役柄でけっこう多いのが、
ダメな女性。いわゆる「ダメキャラ」。
自分がない、他人の意見に流されやすい、男で身を持ち崩す、責任感がない・・・
わかっているのについつい同じ間違いを繰り返して失敗してばかりいる人。
『愛という名のもとに』で演じた則子もかなりの「ダメキャラ」でしたが、
彼女が恋する純くんがそれに輪をかけてダメダメくんだったのと、
主役の3人があまりに自分を持っていて人間的に面白みに欠けることもあって、
あのドラマでは多くの視聴者の共感を得ることになりました。

この『好き?-誰かを愛してますか-』は、ミヤギテレビ開局30周年記念特別ドラマ。
東京で働くカメラマン助手の美幸(財前直見さん)が、元クラスメイトの千恵美に押しつけられて、
小学生の光くんのめんどうをみる破目になり、仕方なく仙台にある自分の実家に連れて帰ります。

この困った元クラスメイト・千恵美が依子さん。
学生時代にもとくに交流があったわけではないのに、いきなりその子をよこして、一週間ほど預かってくれと、
電話で図々しく頼む始末。
そしてこの光くんがやたらと冷めていて、可愛げがない。

千恵美という女が惚れっぽいうえに男と長続きせず、しかも相手の男たちには子供がいることを隠しているので、
光くんは大人の世界に嫌悪感を抱いています。
恋ばかりしている母親を軽蔑する気持ちが、誰かを好きになるという気持ちへの侮蔑になってしまっている。

千恵美は最初、電話の向こう、声だけで登場します。
思わず「あ!」と声を挙げてしまうほど、この声のトーンが『愛という名のもとに』の則子そっくり。
同じ人が演じているわけだから、そっくり、ってのも変な表現ですけど、
1999年だから、依子さんもほかの作品では、もうだいぶ分別ある大人の女性の声でしゃべっている時期。
「ダメキャラ」に入ると、サケが川を上るかのように則子役に引き寄せられるのでしょうか。

千恵美が美幸の前に姿を現すのは、物語も中盤を少し過ぎたころ。
光くんの携帯にかけてきた電話を頼りに、美幸は、彼女が男としけこんでいる温泉旅館に乗り込みます。
その旅館の廊下での対面。浴衣姿です。

演出とか演技とかってのは、こういうときのリアクションでつけられるものなんでしょうね。
千恵美はどの程度驚くか。はたしてバツの悪そうな表情を浮かべるか。開き直るか。
そのどれでもないです。

息子に出くわして、「うれしい」。
でも自分のやってることに対しては、「照れくさい」。
育児を放棄していることに対しては、「悪気がない」。
とりあえず男と温泉に来ていることに対しては、「楽しい」。
要するに、自分がひどいことをしているという意識が頭にないんですね。いちばんタチの悪いパターンです。
ひとことで言うなら、「シレッと」しています。

そこに彼氏がやってきて、「だれ?あの人たち?」と聞くと、
「友達とその子供よ。行きましょっ」なんてその場を立ち去る。軽快にバイバイなんかして。
子供は傷つきます。母親に自分の存在を否定されたわけだから。
それまでの展開でさんざん冷めた憎まれ口をたたいていた男の子が、背中を向けて涙で顔を濡らしている。

たぶん千恵美は息子のことが好きなんでしょう。自分の可愛い所有物として。
だから、疎ましく思っているとか、邪険にしているわけではない。
ただ、もう一つの好きなものである彼氏と突き合わせると、都合が悪い。
で、自分が心地よく時間を過ごすためには、都合の悪いものにはとりあえずフタをしておく。
だから、次の朝、男に逃げられた旅館の部屋からようやく息子に電話をかけるんですが、この段階でもまだ反省していません。
そして、そのままで彼女の出番は終わります。

このドラマには、美幸の父親(谷啓さん)が登場し、妻に先立たれて間もない身でもう新しい女性に熱をあげていることを
美幸にとがめられます。でも、この父親もそれきり出てきません。
通常のドラマだと、そっちの顛末も軽く描かれるのものでしょうが、あっさりと、いなくなります。
もうひとり、美幸の中学時代の友人(大鶴義丹さん)が登場し、美幸はなんとなくモーションをかけてみるのですが、
とくに発展はないまま、彼も物語から消えます。

ドラマは、本物の虹を見たことがなかった光くんが、さんざん探し回ってようやく実物を見せてくれた美幸に、
はじめて「ぼく、おばさんのこと好きだ」と、他人を好きになる気持ちを受け容れるところで終わります。
空に浮かんでやがて淡く消えてしまう虹を美しいと思う心があるように、人を好きになる思い自体は決して虚しいものではない。
それが描かれれば、あとはいいとでも言わんばかりに、他のエピソードは拾いに行きません。千恵美のことも。

だから温泉旅館での千恵美には、困惑した表情くらいにとどめて、やましさは表現させていないのでしょう。
それやっちゃうと、最後に反省した千恵美が子供を追っかけてやってこないと収拾がつかなくなる。
せっかくの虹の淡く優しい輝きが、台無しなっちゃいます。


99年11月23日16:00-17:25
ミヤギテレビにて放送
せんぼんよしこ 演出

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