『唄を忘れたカナリヤは』(1997)

洞口依子さんの出演作を見るポイントのひとつに、
時代とともにデジタル環境が変化するさまをチェックする楽しみがあります。
これ、けっこうおもしろいです。

80年代後半だと、『
フリーター 』(1987)。
大学生らが集まって金儲けをする話なんですが、
事務所に置いてあるPCが、もはや説明できないくらいレトロ。
「PC」という略し方さえ適当でないんじゃないかと思うくらい。
「マイコン」なのかな?
でも、当時は大学生でコンピュータ操作するなんて、
お前ら『白昼の死角』かよ、というくらい「ナウい」印象がありましたね。

90年代に入って、『
愛という名のもとに』(1992)。
パソコンはほとんど使われません。
仲間が連絡を取り合う場面が何度も描かれますが、据え置き電話、もしくは公衆電話。
よって、相手が職員室だろうと区役所だろうと証券会社だろうと、
仕事中、会社への私用呼び出しをかけます。今ならありえない光景です。
さらに、江口洋介さん演じる時男はツーショット・ダイヤルで金を稼ぎます。

90年代も半ばに入って、『
東京SEX』(1996)。これもパソコンなし。
コミュニケーション・ツールとしての電話で、現代の孤独を表現した設定。
都会の疲れたOL。アンニュイな夜。でも、据え置き電話。
携帯、持ってないんですよね、彼女は。

そしてこの『唄を忘れたカナリヤは』は、1997年の作品。
新宿駅の前の雑踏には、携帯片手に歩く人の姿もちらほら。
ただし、みんなアンテナ伸ばしてますね!
いま、アンテナ伸ばして携帯かける人、珍しいですもんね。

この作品では、いわゆるデジタル適応力の格差が話の骨子のひとつです。
主人公の津川雅彦氏は定年間近のサラリーマン。
職場の情報処理環境がいよいよデジタル化しようという時に、どうしてもなじめない。
会社命令のパソコンスクールも嫌気がさして、さぼってしまう。
その言い訳に、アルツハイマーを装います。

共演陣に北村和夫さん、夏木マリさん、香川照之さん、愛川欽也さんなどなど、
おそらく別役実さんのつながりなんでしょうが、洞口依子出演作にも馴染みあるかたがたが名を連ねています。

依子さんの役は、津川課長のすぐ目の前のデスクに座っている販売促進課のOL、吉田です。
依子さんはいつも実年齢より若い役が多いので、ここでは20代後半くらいでしょうか。
彼女はどうやら、この部署でいちばん(もしくは唯一)パソコンを使いこなせる人間のようです。
上司も彼女には一目置いています。いや、苦手な端末処理をやってもらいたいので、置かざるを得ません。
とにかく、最初から最後までパソコンに向かっています。

ちょっとみなさんも振り返ってみてください。
1997年、今から10年前に、職場でパソコンを使える人って、どのくらいいたでしょうか。
たぶん、ほとんどの人がその時期くらいから、おそるおそるマウスを手にしだしたのではないでしょうか。
そういう時期に、職場でいちばん情報処理に長けた人材でしかも20代終わりごろのOLというのは、
人間関係上、なかなか扱いにくい、めんどくさいニュアンスがあるものです。
ここでも彼女は、課長や部長などにも臆することなく、ときには大儀そうに応対しています。

あるシーンで、彼女が床に落ちた書類かなにかを手で拾うところがあるのですが、
椅子に腰かけたまま、画面から目をそらさずに拾います。
モニターに映っているのは97年仕様くらいの初歩的なエクセルのようで、
一瞬目を離したからといって、作業能率にさほど影響がでるとは思えません。
なのに彼女は、画面から目を離さない。

また、別のシーンでは、就業時間を過ぎた真っ暗な室内でPCに向かっています。
仕事の鬼か、と思いきや、そうではないんですね。
彼女はチャットで外国の男性と話しているのです。
もちろん、やって来た津川課長には、説明されても意味がわからない。

ということで、この作品での洞口依子さんは、
90年代も半ばを過ぎて、日本が「24時間戦う」ことを投げ出したころ、
仕事かプライベートかという区切りではなく、
対面か対画面かという新たな人間関係の問題に見舞われる個人像の一例なのでした。

彼女が、アメリカ映画、とくに50年代のハリウッド喜劇などに出てくる、
仕事はこなせるけれどあまり愛想のないOLを思わせながら、
ちっとも話の流れを緩ませたり安心させたりしないのは、
課長も部長も、そして視聴者のほうをも向かず、パソコンの画面と向き合っているからで、
さらに言うと、やはり、それが洞口依子だからです。
別役さんの演出ということもあってか、不条理喜劇の趣もある作品ですが、
意外と、こういう脇のキャラクターの持つ意味合いが太かったりします。
要所要所に置かれたアクセントとしての彼女の醸しだす、ちょっと錆びた鉄を舐めたような
いやな味わい、異物感が効いていると思います。
冷たいというよりも、熱の伝わらないセンス。

ところで、携帯電話の浸透という点では、1999年制作の『カリスマ 』では、どうでしたか?
はい。役所さん、携帯で上司に連絡とってましたよね。
あの森の付近、アンテナ立つんだ…

NHK  1997年11月8日 21:00〜22:29
土曜ドラマ枠にて放送
大原誠 演出
別役実 脚本


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