『カリスマ』(2000年)

YORIKO
DOGUCHI
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この作品は『洞口依子映画祭』で上映されます!

間違いなく、洞口依子さんにとって、代表作のひとつに数えていいでしょう。
映画全体と依子さんのあいだに、蜜月と表現したくなるような幸福な呼吸と調和があります。
映画の中でも、依子さんの役割は重要だし、その存在感が全体に及ぼしている影響も測り知れません。

役所広司さん演ずる刑事が、仕事に疲れて休暇をとり、東京から少し離れたところにある森に迷い込みます。
そこで、「カリスマ」と称される古い一本の木をめぐる人間模様に巻き込まれるのが大筋で、
依子さんは、風吹ジュンさん演ずる植物学者・神保美津子の妹・神保千鶴を演じています。

依子さんは、赤いオーバーにプリーツが強調されたスカートという出で立ちで登場し、
生命の混濁にくすんだような色彩の森の中を、始終スキップしたりクルクルまわったりして、強烈な印象を残します。
無邪気というには邪気が勝っているし、妖艶と呼ぶには火加減が弱い。

私は、英国のバラッド(物語歌)によく出てくる妖精(いたずらをする霊的な存在)のことを思い出しました。
たとえば、サイモン&ガーファンクルが取り上げてヒットさせた「 スカボロ・フェア 」。
妖精が、旅人に無理問答をしかける内容の歌です。難問をわざと課して、それに答えたら、
その旅人を異界に引きずりこむ、という内容だったと思います。
旅人はそれを追い払うように「パセリ、セージ、ローズマリーとタイム」と、薬草の名を唱えるのです。

千鶴は、「カリスマ」をめぐる諍いにあっては、姉・美津子の「そば」にはいながら、
美津子の「側」につくわけではありません。
この映画では、森全体の生態系と一本の特殊な木のどちらを優先するか、という問題が常に持ち出されますが、
千鶴は、すべての主張を俯瞰してあざ笑っているようなところもあれば、姉の主張に同調するようにも見えます。
利権をめぐって右往左往するグループを侮蔑しているかのようにも見えますが、欲得を優先する抜け目なさもあります。
非常に多義的な存在なのですが、どこか、真ん中が空洞になっていて、この世のものではないような印象も受けます。
ひとことで言うと、難役です。

千鶴を演じる依子さんを譬えるのに、チェシャ猫を挙げられないでしょうか。
『不思議の国のアリス』の。
尻尾から順番に消えていって、最後はニヤニヤ笑いだけを空気中に残して、なくなる。
じゃあ役所さんがアリスなのか!という問題提起もあるのだけど、そこは気づかなかったことにして、
森に迷い込んだ刑事に近づいて、なにが不満なんだか、なにかにつけて文句がありそうで、
でも彼女の側に立ってみようと回り込んでみると、すっと反対側に行ってしまう。

気まぐれなのかと思っていると、けっこうしたたかにルールを見透かして、その裏をかこうと立ち回ってる。
でも決してうまいプレイヤーではない。
なにごとか意味のありそうな言葉も吐くのだけど、どこまでその通りなのか読めない。
彼女はなんなんだろうかと思いをめぐらそうとすると、必ずどこかでシャットアウトされる。
最後は、あんなふうになったわけだけども、見終わった後、彼女のあの不機嫌そうな目つきだけがいつまでも残っている。
千鶴は、さしづめ「ご機嫌ななめ顔」のチェシャ猫。笑わないチェシャ猫。ご機嫌ななめのチェシャ猫。
物語の境目でも折り目でもないところにフッと姿をあらわして、満ち足りていない、不全感を残して、煙のように消えてしまう。
物語は、空気中に残された、彼女の笑ってない表情だけを残して進む。
もっとも、笑ってないと、チェシャ猫である意味がなくなるんだけど。

『カリスマ』は、黒沢作品の中でもとりわけ、「寄らない」カメラ・ワークが
観客の想像にさまざまな不穏な種子を蒔いてゆく映画です。
千鶴が表に出てくる(ここが初登場)姿を、顔の見分けもつかないくらいのロングで撮った場面、
刑事の背中にしがみついてまとわりつく千鶴が、そのたびごとに振り落とされる木立の中のロング・ショット、
美津子と千鶴が家の中で(窓から強い風が入り込んでいる)何をするでもなく過ごしている姿を斜め上からとらえたショットなど、
とくに千鶴がかかわる場面では、カメラによる説明がとことん省かれています。
それが、千鶴自身のというより、彼女がつねにまとう森の霊気の濃淡を表現してしまう一刻一刻に、
この映画の魅力が凝縮されています。

そして、千鶴に用意されたあのラストは、そうした彼女の存在感とは反対の、あまりに卑小なもがきが強烈にとらえられています。
そんな作品全体と現実との境に設けられた扉を、洞口依子さんが開け閉めしているかのようです。
その扉は、旅人が異界と現実の境で千鶴に引き連れられて通ってきたのと同じ扉です。
洞口依子抜きの『カリスマ』は、ちょっと考えられません。

(追記)
『カリスマ』の豪華パンフ↓
 段ボールの箱に入っています。


中には、16枚のチラシサイズに分刷された解説、プロダクション・ノートなど。
蓮實重彦氏と 山田宏一氏の寄稿があります。これだけでも値打ちありですが、
加えて、
第2稿シナリオがそのまま入っているのには感激します。


私は、当然というか、神保千鶴の不敵な写真が全面に写っているものを期待したのですが、
それは叶わなかった・・・

そうそう、DVD『カリスマ』には映像特典として、メイキングが収録されています。
千鶴が井戸の周囲をスキップするシーンをリハーサルする模様が!
本編のあのエクセントリックな凄みとはべつの、リラックスした演出風景で、
微笑ましくもあります。
また、クライマックスのあの千鶴の・・・シーンの撮影風景もあります。

ほかには、ロケの空き時間で歓談する依子さんの声も入ってます。
犬の話をしていますね。


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