〜洞口依子 出演作品解説〜

『エンジェルス・エッグ 〜天使の卵〜』(ラジオドラマ 1994年)
「恋の犯人」「アールグレイとダージリン」「2つの石鹸」(朗読 CD『ROOMS 2』収録 1995年)

「カメラの前に立つ」ことで強い魅力を発揮する洞口依子さんの、マイクのみを通した、声での演技。
それがこの、1本のラジオドラマと彼女の朗読をフィーチャーした1枚のCDで味わえる。
依子さんの持ち味や個性と照らし合わせると、これはとても興味深い。

洞口依子さんについて、おそらく多くの人が最初に思い浮かべるのは視覚的なものだろう。
女優だから、というだけではない。
映画やドラマで彼女が見せる独特の表情やまなざし、たたずまいなどは訴えかけるものが大きいし、
この「洞口日和」でもおもに書きしたためているのは、彼女がどう映ってどう心を動かすかということだ。
『エンジェルス・エッグ〜天使の卵〜』や『海のこだま』『きんもくせいがかおる』などのラジオドラマ、
そして『ROOMS 2』というCDに収められた朗読(元はTV番組で使用されたもの)での彼女は、
そのフォトジェニックな魅力とは当然のことながら異なる。
*2003年にTVで『ドラマブック 恋のエチュード』という朗読劇があったようだが、BS日テレの番組を私は見る術がなかった。*

また、この2作のうち、とくに『エンジェルス・エッグ』が彼女のキャリアで異色なのは、
ここで彼女が演じた春妃の役が、非常にオーソドックスな恋愛ドラマのヒロインであることだ。
この作品の原作は、村山由佳の非常に有名な悲恋物語である。
ラジオドラマ版が放送された1994年は依子さんの20代最後の年にあたるが、デビューしてからそこまでの10年間、
彼女が悲恋のロマンスの当事者を演じたことはあまりなかった。
境遇の近いヒロインならばサスペンスであったかもしれないが、やはり趣きからして異なる。
枠におさまりきらない彼女の個性がクセのある役柄で活かされることが多かったのだと思うし、私もそこに惹かれた。
それでもこうして「純愛ドラマ」を演じる作品があったのは少し心が安らぐ。

春妃は27歳という設定だが、萩原聖人さんが主人公・歩太役で表現する瑞々しさもあって、
年齢より少し落ち着いた女性像を想像させる。
勝手にしやがれ!!』の少し前で、『イルカに逢える日』や『私は悪女?』の前後にあたる時期の依子さん。
それらの作品でもそれまで以上に大人の女を演じており、依子さんの声にも静謐さと自然な陰翳が感じられた。
さらに少し前には、若い男の子があこがれる年上の女性を演じた『泣きたい夜もある』があって、
そこでの役柄と『エンジェルス・エッグ』での春妃のイメージには重なるものが少なくない。

ドラマはト書きの部分をほとんど歩太のモノローグが担っており、春妃の様子や仕種は彼の視点を通して描かれる。
つまり、セリフだけの出演であるうえに少年の感性という二重のフィルターの向こうに依子さんがいて、
萩原さんの演じる少年のひたむきな思いが定まっているぶん、依子さんの演じる春妃像は少しずつ揺れを見せる。
2人の距離が精神的・肉体的にも縮まるにつれて、彼女の大人の女性としての経験値の高さとともに、
ひとりの人間・女としての脆さが露になるのだ。
そのときに醸しだされる儚さと柔らかさは、洞口依子さんでなければ出せない味わいである。
彼が彼女を最初に絵に描く場面での、言葉にもならないような彼女のセリフの端々に響く、恥じらいの内にある熱っぽさはどうだろう。
そこで依子さんの声がもたらす陶酔感は、カメラの前に立つ彼女とくらべても遜色ない。


もういっぽうの『Rooms 2』での朗読は、もともとがフジテレビで放送された番組で使われていたものらしい。
秋元康さんが制作に携わった番組で、一人暮らしの女性のライフスタイルを紹介する内容だったようだが、
残念ながら私の住む地域では放送されなかったので見ていない。
その中で、毎回異なる女優に朗読されていた秋元氏の「純粋詩」が、音楽とともに収められているのがこのCDである。

このCDを入手できた人は、ぜひ頭から順に聞くことをおすすめする。
富田靖子さんの朗読に導かれて斉藤由貴さんの名曲「May」が流れ、おくてな女の子の気分がすっかり高まったあと、
「恋の犯人」を詠む依子さんの声が流れるというのは、なかなかシャープな趣向だ。
ゴダールの映画で突如アンナ・カリーナのモノローグが聞こえる、あの瞬間を思い起こさせる。
そのくらい、彼女の声のトーンや息づかいは謎がピリリと利いて、「恋の犯人」という言葉のイメージを反射させる。
続く「アールグレイとダージリン」「2つの石鹸」は、これに比べると日常的な風景が女性の共感をさらによぶだろう。
こちらは、さながら「恋の犯人」がため息まじりに弱音をもらす、といった可愛さ。
そして、先の詩での切れ味と同じところに連なるものとして納得させてしまうのが洞口依子さんなのだ。

ラジオドラマと朗読、共通して言えるのは、見えないからこそ想像させる部分が大きいということだ。
それはフォトジェニックとは違うものだが、洞口依子さんにはとてもよく合うと私は思う。
彼女は、目に見えて映っているときでも、映らない何かへの想像を常にかきたてる女優だからだ。
だから、ここで声の演技を聞いているあいだも、依子さんのあのまなざしにさらされているようなスリルは変わらない。

 


「エンジェルス・エッグ 〜天使の卵〜」
1994.4/18〜4/29 (10回) 22:45〜23:00 NHK-FM 「青春アドベンチャー」にて放送

村山由佳 原作
湯本香樹実 脚本
使用曲 ロビー・バレンタイン「over and over again」など


「恋の犯人」「アールグレイとダージリン」「2つの石鹸」(朗読) 
曲は「青いハブラシ」(大本友子)

『ROOMS(2) 僕がいない日には・・・』1995/3/17発売 ポニーキャニオン(PCCA-00725)に収録




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