『イルカに逢える日』(1994)

小笠原群島の父島を舞台にした若者の恋愛ドラマで、
洞口依子さんは、エコロジーのシンポジウムのため東京からやって来る如月役。
主人公の女の子、小松千春さんの先輩です。

とくに90年代を象徴するような小道具などは見当たらないのですが、
「90年代レトロ」の視点で興味深いのは、この映画全体です。
これ、『グラン・ブルー』のリバイバル(というより、初公開が1週間で打ち切りだったので、
リバイバルが初見という人が多かった)の2年後に公開されてるんです。
劇中のセリフにもあの映画のタイトルが登場しますし、
ベンソン、ベネックス、カラックスが若い観客を中心に受けていた時期なんですね。
94年11月ということは、そのへんのノリに渋谷系やブリット・ポップなんてのが絡んできた頃合い。
しかし、映画には、そんな当時の最先端の臭いはまったくないので、落ち着いて見てられます。

和泉聖治監督の作品。
『グラン・ブルー』以外に、『明日に向かって撃て!』やジョン・ウェインの名前が出てきます。
あらためて、『グラン・ブルー』が幅広い世代にアピールした作品であったことがわかりますね。

東京から南の島へやって来る依子さんというと、
どうあったって『パイナップル・ツアーズ』(92年公開)を思い出します。
しかしここでの如月さんは、エコロジスト。森の木々に毒を撒く…ちがうって!
オープニングの記者会見シーンから、とっても柔らかく優しい笑みを浮かべています。
シンポジウムの一行が島へ降りるときに、この穏やかな笑みが効いていまして、
彼らが悪意の訪問者でないことが観客に刷り込まれるんです。
ここで依子さんが伝家の宝刀の無表情で映っていたら、観客は絶対に素直に入り込めません。
そこで映画に別世界への階段ができちゃうから。 
洞口道とは、かくも深いものです。危ないんですよ。取扱注意なんです。

クリスマスの設定ながら、もちろん小笠原群島の空と海は青く、ダイビングもサーフィンもあります。
しかし、依子さんの役柄は心臓にペースメーカーを付けている、病弱な女性なんですね。
ほかの主要人物がイルカと戯れて喜んでいるのに、依子さんは先に東京の病院へ送られてしまいます。
さらに、シンポジウムに合わせて開かれるジュリアン・マーリーのコンサートがあります。
これに、アストン・バレットって、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズのベーシストが参加しています。
もう一回書こう。
アストン・バレットが洞口依子の映画に出てライヴで弾いている〜!

いやぁ。
なんて世界に我々は住んでいるんだ。

はい、
気を取り直して。

そう、なのに依子さんは先に東京の病院に送られているので、このライヴには出ていません。
もちろん、映画の筋書き上のことですが。実際はどうだったんでしょうね、イルカとレゲエは。

設営に追われるシーンで、彼女が櫓の上にのぼって、そこで気を失ってずり落ちるところがあります。
このとき、抜けるような青空をバックに、依子さんの白い顔が『ドレミファ娘』の開巻を連想させます。
黒い衣裳もその因子かもしれません。
さらにその姿で腕を組んで立ち話をしている姿は、1年後の羽田由美子役を予見させるものがあったりして、
これは意外な発見でした。
小笠原の昼の太陽の下で、自然と環境に優しく人当たりのいい如月さんが、あの由美子の姿と重なるとは。
これは『勝手にしやがれ!!』ファンに見せたいですねぇ。 

もうひとつのポイントは、田中邦衛さん。
倒れた依子さんが担ぎ込まれた、島の病院の先生です。
ここは『ほしをつぐもの』の逆転構図ですよね。あっちは倒れた田中さんの病室に依子さんがいたわけで。
ここでの田中さんは、絶好調で邦衛節を聞かせてくれます。
そのなかで、セリフを生かすのは役者なんだな、と心動かされた箇所があったので、最後に引用します。
病気を押してでもイベント会場へ出ようとする依子さんを思いとどまらせる場面です。
みなさんも、邦衛さんになったつもりで、口をとんがらせて音読してください。

「お嬢さん、あなたにはまだこれから、何度も夏がやってくる。
夏は、いいよねぇ」



1994年11月5日公開
96分
製作=イルカプロジェクト=ビッグウエスト=ヒーロー 
配給=ヒーロー



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