『私はやってない!痴漢えん罪殺人連鎖』(2002)

特に線が細いわけでもなく、がっしりとした体躯の二枚目、
でありながら2時間サスペンスでの村上弘明さんは、異常なシチュエイションに翻弄されて憔悴しきる人物を演じることが多く、またハマります。
ケイリー・グラントでもジェームズ・スチュワートでもなく、グレゴリー・ペック的な「巻き込まれ」型が似合うというか、
野心が裏目に出て、謎の女に(文字通り)クタクタになるまで駆け回らされる羽目になる『心室細動』(1998)などは
その最たるものだったんじゃないでしょうか。
そしてこの『私はやってない!』の序盤で、その『心室細動』で村上さんを徹底的にいたぶった女性の顔を、
彼と同じ電車の中に見つけた瞬間、テレビのこちらで「あぁ…」と同情のため息を洩らしてしまいます。

開巻10分ほど、この村上さんが小学校の先生で、生徒にも好かれ同僚の評判もいい様子が描かれます。
合唱祭に自分の故郷である沖縄のエイサーを生徒たちに演じさせよう、衣装の縫い物にまで精を出している姿、
そんな先生の誕生日にクラスの女子たちが誕生日のお花を渡すところなど、ほのぼのとして微笑ましい。
そのお花を片手に乗った満員電車の車内に、彼女の姿があるわけです。洞口依子さんの姿が。
とたんに、車内の空気が一変します。偶然乗り合わせただけだった他の乗客が彼女の紡いだ蜘蛛の巣に見えます。
電車の揺れで村上さんの体が彼女のほうに傾いた瞬間、それまで混んだ車内に顔をしかめているようだった彼女が声をあげます。
「この人、痴漢です」

男性としては、最大の「巻き込まれ」型の恐怖を煽るサスペンスです。これを見て学ぶところも多い。
日常から異常へと主人公を取り巻く環境が一変する、その変換力を担っているのが依子さんの強い存在感。
偶然なのか故意なのか、それは後の展開に預け置くとしても、村上弘明さんのキャラクターの白を黒と映らせるだけの説得力があります。
しかもこの女性、付け入る隙のない悪女ではなく、ところどころに行き当たりばったりな言動も見られる普通っぽさを覗かせているのが、
主人公の憔悴に不条理を感じさせます。

もう一点、このドラマで依子さんの息子を演じているのが、まだ小学生だった頃の染谷将太くんです。
洞口依子さんとは、この後に『デビルマン』(2003)でも親子役を演じて、さらに成長した2008年に『パンドラの匣』でも3度目の親子役で共演しました。
『私はやってない!』といい、(特に)『デビルマン』といい、なかなかに普通とは言えない母親を持つ男の子役で、この頃から独特の透明感を持っていたんですね。
このドラマで、お母さんがすべてを認めたあとに彼には間違いなく大変な日々が待っているわけだけども、お母さんきちんと向き合えるのだろうか?
ハッピーエンディングの向こうにそんな親子の行く末を案じてしまうのは、この母と子が視線を交わす先に結ぶ像にどこか寂しげなものを覚えるからでしょうか。


2002年6月19日(水) 20:58〜22:48 テレビ東京「水曜 女と愛とミステリー」にて放送
清水 有生 脚本
淡野  健 演出





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