『心室細動』(1998)

このドラマは、オープニングもオープニング、開巻とっかかりのカットから、洞口依子さんが冴えています。
村上弘明医師が見る悪夢のなかで、看護師として登場。
心電図をのぞいているのですが、心電図のいったいどこがそんなに不服なんだ、とツッコミたくなるくらい、
見事に眸の奥を曇らせたあの表情です。不機嫌美です。
心の準備をしておかないと、心室細動起こしそうになります。
いやぁ美しい。
この、対象を見限るようなまなざしにしばし見とれていると、
いきなりベッドからガバッと起き上がるのが渡辺いっけいさんなので、拍手喝采です。
洞口依子研究者、ヨーリー・マニアにとって、このオープニングは、たとえて言うなら、
『レイダース 失われたアーク』の最初の10分に匹敵しますよ。
看護師さん、急にどっか行っちゃうし。
この去り際のタイミングも、じつにファンに優しい冷たさです。なんだ、「ファンに優しい冷たさ」って。

依子さんは、20年前の1978年に起きたある事件をもとに村上医師を脅迫する女。
いちばんの見どころは、ショッピング・センターの吹き抜けで、
呼び出した村上さんに携帯電話で命令を与えて、階をひたすら上下に駆けずりまわらせる場面。
村上さんのような男前が、衆目にさらされながら、汗だくになって必死の形相で走り回って、倒れこむ姿。
ここも非常にわかりやすいツボです。
それを階上から見下ろす依子さんの、細い肩の寂しさが無言で伝える恨みの深さ。
この作品では衣裳その他、さほど悪女然としていないのですが、逆にそれがコワさにもなります。

病院に担ぎ込まれた村上さんの病室に、依子さんはとある人物(ネタバレ防止)と忍びこみます。
この場面ではもう一度、ナース姿。
命乞いをしてベッドからずり落ち、苦悶に顔をゆがめて床を這いずり回る村上さんの形相に、
ひるんだように後ずさりする一瞬の足運びのニュアンスがさすがです。

ここまでの筋運びで、依子さんの実年齢と役柄の齟齬があるように思えます。
1978年に看護師ということは、20年後には若くとも40歳前後でしょう。
なのに、当時30代前半だった依子さんは、とくに、髪をアップにしてナースの格好をすると、
童顔のせいか20代後半くらいに見えるんですな。
その点を怪訝に思ってたら、そこもトリックに入ってたんですね。

最初の不機嫌な表情も、村上さんの良心の呵責が生み出した悪夢なのですが、
それが引きずるインパクトは相当なものです。彼女に対する視聴者の意識を操作します。
地位も名誉もある成功者の医師が、怯えて翻弄される女の、さらに幻影ですからね。
本当にいい顔してるよなぁ。
この話の最大のトリックは、オープニングの依子さんの顔、そう言ってもいいと思います。

ところで、視聴者、ファンというものは、ドラマや映画を見るときに、
出演者の顔ぶれに勝手に縁故関係を読みとって楽しんだりします。
もちろん、業界の事情はわからないので、この人とこの人、あのドラマで一緒だったという程度の、
虚実が入り混じった想像でしかないのですが。
このドラマはそのポイントがかなり高いです。

たとえば、村上弘明さん。
『白い巨塔』で財前教授を演じたので、どうしてもそのイメージが重なります。
また、佐藤慶さんも、財前教授を演じたことがあるそうですね。
さらに、佐野史郎さんがいるかと思うと、野際陽子さんもいます。

依子さんという点では、なんといっても、渡辺いっけいさんとの共演。
クロレッツのCMはこのとき(1998年)より数年前だったでしょうか。
じつは、ベッドに横たわってうなされているときの村上弘明さんの顔が、
渡辺いっけいさんに似てるんです。これは関係ないか。
村上さんといえば、『私はやってない!』です。つくづく、『逃亡者』みたいな役柄が似合いますよね。
他にも、高橋ひとみさんが出てくると、♪エ〜リィ〜ッ!(江里でしたね)♪と歌いたくなるし。

また、音楽が本多俊之さんです。
本多さんのクールな音楽に乗って最後に益岡徹さんが登場して「ご同行」願うと、
「おっ、脱税か?」と勘違いしてしまいます。

しかしまた、強力に、ドラマの内容と関係ないことを並べてしまいました。
深紅』のときと、どっちが脱線しているでしょうか。

1998年11月14日(土)
21:00〜22:48
テレビ朝日『土曜ワイド劇場』の「サントリーミステリー大賞スペシャル」として放送
結城五郎 原作
田子明弘 脚本
小田切正明 監督



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