Cat Heart, Pumpkin Head
洞口依子 のら猫集会 〜Trick or Treat! お菓子ちょうだい!〜 
(2008年10月23日、渋谷DERORI)



雨のしのつく10月、渋谷の街。木曜日。
心なしか家路へ急ぐ人が多いようにも思える、東京は夜の8時。
今日もこの店の入り口には、黒地にしたたり落ちる赤でDERORIの文字。
階段を下りて、深海魚のようにあんぐりと口を開けた扉を入ると、
漆黒に艶光りするルー・リードの「ベルリン」が流れています。
そして笑顔。
お店のかたたちの笑顔にパイティティの面々の笑顔に依子さんの笑顔です。

なぜだろう、この空間ではデカダンという言葉が、
まるでいちばん着なれたシャツのように腕を通しやすく、心地よく思えてきます。
初めて中古レコード屋へ行って、
「なんだこのデヴィッド・ボウイの隣にコーナーがあるモット・ザ・フープルって?」
とワクワクしながらジャケットを引き出して眺めた、十代の頃のあの感覚。
ここへ来るといつも私は、いろんな事がつながっていま自分はここにいるのだなぁと、
懐かしいようなまぶしいような思いに目を細めてしまいます。

この夜、依子さんが企画したのは、
『子宮会議』のファルコンとのリーディング・セッションに、
お客さんとのトークのコーナーに、
パイティティのミニライヴの3本立てです。
それだけ聞くとおなじみのイベント(私は「レビュー」と呼びたい)に思えるし、
そのノリで参加したのですが、ちがいましたね。

全体で1時間半。
この日は23時から、東京国際映画祭で黒沢清監督の特集が催され、
依子さんにとっても忘れることのできない2作、
『勝手にしやがれ!! 成金計画』(黒沢監督の選)と
『カリスマ』(黒沢ファンによる投票結果)が上映されるとあって、
そのプレ・イベントを「アタシが勝手に」(by ヨーリー)開いたのでした。
この依子さんの思いについては、それぞれが、
静かな水面に石を投げ入れるようにして、
自分の心に立つ音に耳を傾ければいいと思います。

『子宮会議』。
ファルコンのギターとのセッションを、もう何回聞いたかわからないけれど、
この日、読まれたパートは、とくに重い、手術とその直後の段でした。

 
「自分を取り戻したいよ」と手術に臨んで、麻酔とともに意識が遠のいていって、
目が覚めた自分は以前の自分ではなくなっていた、という部分。

ここまで身を切られるような描写に、ファルコンのギターは
とても澄み透っていて、それが救いのようでもありまた残酷でもあり、
それは感傷というのではなく、厳しさを捨てない優しさを感じさせるのでした。

 
それで私はふと思ったのだけど、
依子さんの朗読とファルコンのギターが、いい意味で「ひとり対ひとり」というか、
声はギターに泣きを求めていないし、ギターも声を憐れんでいない。
ドライと言ってもいいような距離感があって、ベタついていないんです。
最後にファルコンが「月の光」を織り交ぜたのも、
言葉から意味を清め去って、そっと音の薄衣をかけるようで、
そのさりげなさが逆にしみました。
最初、この部分を読むのかと身構えていた気持ちが、
最後は完全に音に解放されました。
慰めや同情というより、解き放たれる感覚でした。 


このリーディング・セッションのあとで、本当に心苦しかったのですが、
次のトークのコーナーでは依子さんにご紹介いただいて、
不肖ながら私が参加させていただきました。

「洞口日和」の管理人としてはこのうえなく光栄なことなのですけど、
ファンとして、自分はたったいま、
女優・洞口依子の表現を目の当たりにしたところだったのですね。
え〜と、黒沢さん、すみません、
『カリスマ』で、依子さんと風吹ジュンさんが窓を全開にした部屋でくつろいでいて、
依子さんが雑誌を置いて立ち上がって出ていく、
そんなタイミングに、自分が丁稚みたいな風貌で映るような塩梅なわけです。
東京国際映画祭でファン投票では選ばれなくなるでしょうね!

それで、はいちょっとゴメンなさいよ、ってノコノコ登場しまして、
「洞口日和」のことをいろいろほめていただいたのですが、
あぁいう感じであらたまってお話するのも変な雰囲気でして、
これは来ていただいたお客さんにお話をふるのがベストと、まぁ誰でも考えます。
依子さんが立ち上がって一人ずつ、「ヤングOh!Oh!」な感じでマイクを向けに行きました。

ファンになったきっかけとして、ご自身の苦境に依子さんの文章に出会ったかた、
映画がお好きで、もっともっと依子さんを見たいとおっしゃるかた、
「夕刊フジ」の連載を焼き鳥屋で読んでファンになったかた(ヨーリー感激!でした)、
ヤードバーズ3大ギタリストの中で誰が好きですかと質問される、私みたいなかた、
依子さんの本を読んで子宮がんの検診を受けに行ったかたなど、
現在の洞口依子さんの活動がそのまま反映されたかのような嬉しい内容でした!

ちなみに、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ(依子さんは、「ジミーちゃん」と呼んでました)で
依子さんがいちばん好きなのはジェフ・ベック。顔がいちばん好み。
ジミー・ペイジは好きだけど、画伯がマニアなので、自分はなんとなく一歩ひいている感じ。
クラプトンは苦手。なぜなら、「エッチっぽいから」!

このイベントにはTV局のカメラ・クルーのかたたちが取材に来られていました。
リーディング・セッションのときには、固定して表情やしぐさをとらえていたカメラが、
パイティティのはじける音楽に呼応するかのように動き回ります。

1曲目は、「ピクニック」。
あの印象的なイントロが、どうもっ!と人懐っこくバウンドしながら、
おぉ、久しぶり(と言っても2ヶ月ぶりですが)に生で聞くパイティティ。
今回は薫さんに代わって、トマルさんがパーカッションを担当。
代々木公園でのマヌーシュ・ナイトのときに、みんなを舞わせた一人です。
いつもズンタンズンタンと跳ね回るギター・ソロのパートが、
ひとあじ違ったグルーヴで流れていく感じ。
 
この夜はミニライヴということで、演奏時間は30分。
しかしながら、えらく密度の高い内容で、満腹感がありました。

頭から、「ピクニック」、「アイスクリーム・ブルース」、「パリのアベック」と
ライヴではもはや「パイティティ・クラシック」、パイクラの3連発。
MCをいれずにつるべうち、という勢いでした。

弾けるような活発さと、サイケに歪みかかったメランコリーと、小粋なヨーロッパ風味という、
パイティティの名刺がわりとも言えるこの3連発が心地よいです。


ここで思い出したのが、2007年12月のウクレレ・クリスマス
あのときも、短い持ち時間でタイトに畳みかけるような演奏が
パイティティ初体験の大半のお客さんをも乗せて、
最後には手拍子が自然に沸き起こり、セットが終わった後、
ロビーで「ボナペティ」を口ずさむ人もいたくらいでした。
私はパイティティのユルい持ち味は大好きなんですが、
初めて聞く人は、今回のようなシャキッとしたテンポのほうがよりハッとするかも。

あっという間に前半が終わり、後半がまた楽しかった。
まずは、初めてカバーする「黄昏のビギン」!
この選曲は、画伯ですよね?

水原弘、ちあきなおみの歌唱で有名な、永六輔と中村八大の昭和の名歌。
なんとなく、依子さんがこれを唄うと聞くと、「ウクレレ・ランデヴー」に近い、
しっとりした仕上がりを想像してしまうんですが、
よりビギンに近づけたアレンジと、依子さんのコケティッシュで舌ったらずな演技で、
パイティティ独自のヴァージョンに様変わりしていました。
大人の女性に棲む少女の可愛さとたくらみ、とでも言えばいいかな、
なんで今までこれをやらなかったのか不思議に思えるくらい。なんで?

そんな嬉しい驚きは、いきなりファンク・ロック・セッションが始まって面食らった次の曲、
なんとこれが「ウクレレ・ランデヴー」。
思わず笑みがこみあげるような胸のすくパーカッションと
ねっとりからみつく坂出さんのベースに、
あれ、ワウの利いたカッティングで硬質に迫るのは、ファルコンのアコースティック・ギター!
いやぁもう、ヨロコんだです。

続く「ボナペティ」のイントロでつまづいたことさえも、
前の曲のアドレナリンの賜物かとなぜか楽しくなってしまうくらいでした。

そしてアンコールでは、依子さんが猫耳カチューシャ、
ティティ(パイティティ用語で「メンズ」)はなんと全員カボチャのかぶりものを着用。
なんなんだこのバンドは。

しかも演奏するのが「パイク」で、ハロウィンにちなんでゴシックにリメイク/リモデルしたアレンジ!
ストップ&ゴーを不気味に繰り返し、上り詰めるところでは
依子さんが「黒猫の叫び」ならぬ「のら猫の叫び」でレッド・ゾーンに。

しかしどう考えてもメンバー間の合図が不可欠なこのアレンジを、
視界を遮られたカボチャ面で演奏するパンプキンズの姿。
みんな担当楽器に顔を近づけての必死の様相は、はからずしてホラーです。
ああ、原口監督にお見せしたい。

こんなふうに、洞口依子さんに近づくイベントでありながら、
なんかますます、彼女のイメージが収束しつつ拡散してゆく、
そしてそんなつかみどころのなさが、ヨーリーのかけがえのない魅力なのだと痛感した一夜でした。

なお、入口で押したスタンプ(依子さんのブログ参照)は、依子さんが子供の頃よく描いていたミスX。
来てくれたかた全員に配られた依子さんお手製のパンプキン・ケーキは
ワシッと濃厚な感謝の味。
食べればあなたもエデンの園の路地裏をうろつくのら猫に変身。


頑張るな、でも投げ出すなと、ミスXはあなたの心に忍び込むのでした。
シャランラ。


(*「ミスX」については、大槻ケンジとの対談『ボイズンガルズ』の解説もどうぞ!)


ヨーリーに一歩近づけば」へ戻る

←「洞口日和」Home                  「Hot Club Of Paititi Airlines」Home→