『示談交渉人甚内たま子裏ファイル(1)』(2001)

人気シリーズの第1作めというものは、回を重ねたあとから振り返って見比べると、
設定その他に多少の変化が発見されたりします。
漫画だとタッチが粗削りだったり、よくあるのがレギュラーのキャラクターの性格づけが微妙に変わっている場合。

渡辺えり子(現・えり。こういう変化もある)さんが大日東保険の人情調査員を演じるこのシリーズ、
第1作めのこの作品を見直してみました。
と言っても洞口依子さんのファンサイトなので、彼女の役であるハピネス・ジャパンの立木美保に焦点を当てるわけですが、
そういう断りをせずとも、立木美保のキャラクターが、じつはシリーズ後続のものとやや違うことに気がつきます。

まあこの立木美保(「タチギさん」と呼ぶ登場人物もいる。名刺のローマ字表記はTACHIKI)は甚内たま子のライバルで、
たま子が情を持って依頼人の利となるよう働いたり、あるいは改悛させたりする流れに、
ビジネスライクな姿勢とポリシーで対立したり出し抜いたりする。
ただし、彼女は抜目ないけれども、一定の行動規範のもとに、たま子に対してはフェアプレーヤーである。
負けは潔く認めるし、敗北には拘泥しない。
負けたら負けたで、後はどれだけ自分(の勤める会社)にマイナスとならないか、冷静な計算で対処する。

立木が目の前に現れたときの渡辺さんの反応が面白いです。
いやなヤツが出てきたなと、一瞬ひるんだ表情を浮かべます。
ゲンナリしたり露骨に戦意を見せるのではなく、どこか落ち着かないそぶりで視線も泳がせたりするんですね。

2人の対比がよく出ているのが、立木がたま子との過去のいきさつを語る場面。
立木はもともと大日東保険でたま子のアシスタントとしてキャリアをスタートさせたんです。
それが数年後にはヘッドハンティングされてハピネス・ジャパンへ移るまでに成長した。
立木は、たま子のアシスタントだった頃の思い出を語ります。
夏の暑い日、二人で葬儀場の玉砂利の上に土下座して、遺族に謝ったことがある。
ストッキングが破れて、足から血を流したくらいだった。 でもその誠意が通じて、以降の話し合いは円滑に進んだ。
それ以来、たま子のアドバイスで、立木は替えのストッキングを常備するようになった。

たま子は遺族の心情を慮って土下座をしたのだけど、
立木美保にとってその思い出はスムーズに事を運ぶための教訓になっている。
この場面、回想シーンは一切入れずに、依子さんの語りと渡辺さんの気まずげなリアクションで見せます。
自分が心で取った対応が、立木にはノウハウとして培われている。
立木の計算自体は決してビジネスとして間違ったものではないし、
たま子はたま子で、加入者の心情に加担するあまり、体当たりでマニュアルに外れたこともしている。
たま子は立木にどこか分が悪いところがあるわけです。
このへんの二人の関係を軸に見ていくと、このシリーズでの渡辺さんと依子さんのやり取りは面白いです。

依子さんが語り終えるとき、やんわりとした皮肉の表情を浮かべます。
それはしかし、立木美保にとってはビジネスの一面を学んだ有意義な体験でもあり、
またどこかで一つの修羅場を共にくぐり抜けた先輩への、憎からざる思いが含まれているかもしれないのだけど、
彼女はそれを表面にあらわすことはない。

たま子も、別の場面で「私のようなふくよかな体型のほうが、相手を安心させる」と自分で認めているように、
それなりの経験と知恵でもって仕事に臨んでいるわけで、立木の仕事を否定しているわけではない。
彼女が立木に向かって情で訴えるときも、相手の姿勢を一つのポリシーとして認めています。

この「手強い立木美保」像が、第1作ではっきりと示されています。
違う点があるとすれば、この後、回を追うごとにたま子側の保険加入者の事情に理解を示したり、
同情に近い気持ちから言葉を交わしたりするようになる立木美保が、
ここではまだ立ち塞がる役割を大きく担っていることでしょう。

その意味では、業界の最前線で辣腕をふるう女性の強さと信念が、
甘さを抑えてその一挙手一投足に表現されている6作め(2008)での依子さんが、私はいちばん好きですが、
この第1作での敵役然としたあり方も捨てがたいものがあります。
ほら、ゴジラだって寅さんだって、円熟期とはまた別の価値観で、初期の粗暴な頃がいちばん良い、と言われるじゃないですか。
あ、ちょっと、比較の対象を間違えたかな。

ともかく、最後に大日東保険のたま子のオフィスに乗り込んで、ジュラルミンのケースをバシッとテーブルに叩きつけ、
そのあとはたま子側の人情譚を助けるような解決策を、あくまでビジネスライクに冷静に切り出す、
視聴者に媚びない、ハートに埋もれない氷のハートのありようは素敵です。


2001年6月18日(月)21:00〜22:54
TBS『月曜ミステリー劇場』枠にて放送
本橋 圭太 演出
金谷 祐子 脚本

(シリーズ5作目はこちら 、6作目はこちら

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