〜洞口依子 出演作品解説〜

『しんしんしん』(2011年)


洞口依子さんの出演作を追っかけて、こんないい映画に出会えたことがまず嬉しい。
自分の好きなミュージシャンが参加したというので知らないバンドを聴いてみたら、お目当てのミュージシャンはもちろん、アルバム全体も良くてビックリ。
それに似た驚きがあった。

東京藝術大学大学院映像研究科の第五期生修了作品のひとつで、依子さんは前年の修了作品『
海への扉』(大橋礼子監督)にも出演した。
あの作品での依子さんも私はとても好きだったが、『しんしんしん』の彼女にはまた異なった魅力をおぼえる。

テキヤの吉雄(佐野和宏)が裕也(奥津裕也)と高校生の朋之(石田法嗣)ら血の繋がらない若者2人と暮らす家に、吉雄と恋仲のスナックのママ(洞口依子)
が切り盛りする店で働き出した高校生の女の子(我妻三輪子)が住むことになる。
身寄りのない女の子は境遇の似た彼らに自然に溶け込むが、ほどなくして「一家」は住居を立ち退かされ家も解体される。
吉雄はトラック一台に商売道具と「子供たち」3人、そして裕也の恋人(神楽坂恵)を乗せて、巡業の旅へと出る。

全編を通じて、場所と人との一体感のある映画だと思う。
旅が始まってから膨らみを見せるその空気は、すでに序盤のスナックの場面で、依子さんが登場して店内を歩きだすとともにゆっくりと流れ込んできている。この瞬間が心地いい。

見ていて、はてこういう彼女を以前に観たことがあったような、とボンヤリ考えたら、なぜか唐突に緩く『ニンゲン合格 』とつながった。
あの映画での依子さんには、掴みどころのないキャラクターに柔らかさと温もりを感じたものだったが、本作では自然な喜怒哀楽の感情を切り取ったような落ち着きと生活感がある。
それは、主人公たちの住まいである実際の家以上に、家庭らしさに近いものを、この店にもたらしていると思う。
しかもその生活感に、どこか淡く、凛とした佇まいがあるのも、彼女でなければ出せない味わいでうれしくなる。
「ゆきちゃん」の命名に対する彼女のリアクションなどは、ファンとして非常にうれしいツボを突いてくれるものだ。

さらに、出発の直前にある佐野和宏さんとの場面。
洞口依子さんと佐野和宏さんが共演するシーンなんてどんな強力なものかと想像していたら、実際に、すごいものだった。
「昔はカッコよかったのに」と愚痴られ、吉雄という男の昔のカッコよさとして忍ばせる佐野さんと、そんな彼を愛情を持って見まもり、
突き離し、でもやっぱり見放さない依子さん。
相手とのこの絶妙な距離のとりかたにも、男との向き合い方を心得た大人の女性の賢さと可愛さがあって、じつにチャーミングだ。
こういう言い方は不適切かもしれないけれど、まさかこれほどのものを大学の「修了作品」で見れるとは予想していなかった。

旅立つ「家族」たちを店の前で見送る彼女のサバサバとした笑顔も、出てゆくトラックの中から遠ざかるその姿をさりげなく収めた絵とあわせて心に残る。
その様子が印象的だったのは、旅に出る人の物語の反対側にある、旅に出ない人の寂しさをふと感じ取ったからだろうか。

上映の機会はこれからも限定的なものになるかもしれないけれど、DVDで購入することができるので、洞口依子さんのファンにはぜひ見てもらえたらと思う。

(『しんしんしん』は2013年新春、渋谷ユーロスペースを皮切りに全国公開されることになりました)

監督・脚本 眞田康平 
製作 山田彩友美 
撮影 西佐織 
録音 宮崎圭祐 
美術 有馬佐世子 
編集 片寄弥生 
助監督 松尾健太 

出演 石田法嗣  我妻三輪子 佐野和宏 奥津裕也 
   神楽坂恵 坪井麻里子 中村有 洞口依子

2011年5月21日〜22日 東京藝術大学馬車道校舎にて上映
2011年7月7日~15日 ユーロスペースにて上映




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洞口日和