『海への扉』(2010)

東京藝術大学大学院の映像研究科修了作品として制作された映画(大橋礼子=監督)で、
渋谷のユーロスペースにて「GEIDAI-CINEMA04 GEIDAI−ANIMATION 01+」のプログラムで上映された。

大学で出会ったケン(兼子舜)とハル(富田理生)の不器用にもがくような恋愛が綴られてゆく。
夢や可能性に手が届きそうなところにいるのに、自分にも相手にも素直に向き合えないケンの姿や、
不安から逃れるように衝動に身を任せてしまうハルの姿、それに新聞配達のアルバイトに2人に絡んでくる准教授の存在など、
どこか懐かしい青春映画のにおいも感じさせる。

ケンの苛立ちや不満は、自分が育ってきた環境、とくに母親に矢が向いていて、この母の役を洞口依子さんが演じている。
『一万年、後・・・・。』『群青』『パンドラの匣』『テクニカラー』『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』と、
近年依子さんが演じる母親像はひとつとして同じ印象を与えるものがない。
しかもそのどれもが、洞口依子にしか表せない人物の呼吸を伝えてくれるのだから、ファンとしては単純にとても嬉しい。

『海への扉』でも、この母親はケンの抱える鬱屈を受ける重さだけではなく、それをかわして流してしまう軽さがあり、
そこがまた彼を苛立たせる。
息子の恋人と初めて対面して年若い娘をピシャリとやり込めたあと、映画館の中で一転して逆襲を受けてしまうシーンは、
彼女の押され弱い反応ぶりと場所の設定にとぼけた味わいがあっておかしい。
弱さと厳しさを持って息子に向き合うさまは、観ていて感情の波が満ち退きするようでとくに心に残った。
そんな彼女を見ていて、「海」という字に「母」が忍んでいるタイトルに思いいたった。

洞口依子さんは、最近ことに、歩いている姿がほれぼれするほど輝いていると思う。
ダメな人間の弱さや身勝手さのむこうに、その人物にとっての --- 無理やりでも成り行きでも --- ひとつの筋の通し方があるのを感じさせ、
それでいてその足取りには漂うようにしなやかな浮遊感もある。
それが彼女の演じる人間に魅力をもたらしているのではないだろうか。
この『海への扉』の母親にもそのステップがある。
前述のような背景で作られた映画なので広い範囲での上映は望めないかもしれないけれど、チャンスがあればぜひ観ていただきたいと思う。

2010年6月19日(土)公開

大橋礼子 監督・脚本
安部雅行 撮影
HD/16:9/カラー/70分

出演:、、大浦龍宇一、洞口依子、ガダルカナル・タカ、千浦僚


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