『菊亭八百善の人びと』(1994 テレビ朝日 単発ドラマ)

宮尾登美子の小説を、同名のNHK連続ドラマ(2004年)より先にドラマ化したもの。
「テレビ朝日開局35周年記念」として制作・オンエアされた。
江戸時代から続く老舗料理屋「八百善」の若旦那(渡辺徹)に嫁いだ若女将(賀来千賀子)の細腕繁昌記で、
若旦那が囲う女(洞口依子)や若い板長(的場浩司)などが再興に賭ける夫婦のドラマに絡んでくる。

洞口依子さん演じるみどりは、道楽者の若旦那の古い友人であり愛人でもあり、自宅で編物教室を開いて生活している。
この若旦那が生活の拠点を実家の「八百善」に移す段になって彼女と手切れとなり、板長が店への義理立てからその身を引き取って娶(めと)る。
そのような経緯での結婚生活で夫の彼女への態度はつれなく、彼女はついには自ら命を絶ってしまう。

男のエゴと義理の世界に翻弄された哀れな女性ながら、生前のみどりに悲痛な色合いは控えめ。
「八百善」で働く母に伴って、少女の頃に若旦那と出会い恋におちるも結婚はあきらめた、
という設定がうなずけるように、彼女の態度には烈しさや本妻への競争心などを感じさせない。
出生にも翳のある役どころだが、表情は淡々として暗くはない。
男たちの都合や視点でみどりが描かれていることも、彼女の存在感を少し浮いたものにしている。

男の婚外恋愛の相手でしかも薄幸の女性となると、依子さんが数多く演じてきたキャラクターといえる。
ここでの彼女には、運命に身を任せながら日々の暮らしをつつましく生きている女性を自然光で灯すような「薄明るさ」に味があり、
それがみどりの意地らしさと痛々しさに柔らかい輪郭をつけている。

また、非常にミーハーなことを書かせてもらうと、依子さんのメガネ姿という点では『臨床心理士』のときと双ぶと思う。
どちらも少し野暮ったいアクセントでありながら、そこから綻んで覗く彼女のコケティッシュさにも魅力をおぼえる
(あまり力説するようなことではないかもしれないが・・・)。

演出された久野浩平さんは、私が書くまでもなくRKB在籍時の1960年代からのキャリアのあった名演出家で、
テレビ朝日では数々の宮尾作品をドラマ化されている。
洞口依子さんの出演作品では、『悪の仮面』も久野さん演出によるもの。
残念ながら2010年1月1日にお亡くなりになられたとのこと、たいへん遅ればせながらご冥福をお祈りいたします。


1994年2月3日(木)20:00〜21:48 テレビ朝日
テレビ朝日開局35周年記念特別ドラマ

宮尾登美子 原作
宮川一郎 脚本
久野浩平 演出

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