『臨床心理士4』(2001)

むかし、コスタ・ガヴラス監督の『Z』という映画があって、
ジャン=ルイ・トランティニャン演ずる予審判事のキャラクターが出色でした。
眼鏡の向こうの目はニコリともせず、冷静沈着そのもの。
見た目は脆弱なインテリの印象を与えるのだけど、芯が折れない。
よけいな事は一切言わず、融通もきかず、冗談も通じないかわりに、
いかなる脅しにも圧力にも屈しない。
これをあの『男と女』でダバダバダな、欧州男の色気たっぷりのトランティニャン(猫か)が、
朴念仁みたいにお堅く無愛想な芝居で演ずると、逆に隠しきれない色気がもれるんです。

この『臨床心理士4』で洞口依子さんが演じる弁護士・林田真紀子は、ちょっとちがうんですけど、
なかなか印象に残る役柄です。

夫の他殺との関係を疑われている記憶障害の主婦(丘みつ子さん)を
坂口良子さんの臨床心理士・松波百合がカウンセリングしています。
その最中にずけずけと入って行き、自分が弁護を担当するから手を引くよう求めるのが真紀子。
言葉は丁寧なんですが押しが強く、柔和さに乏しい役柄。坂口良子さんとの対比でそれが際立ちます。
警察とも動ぜずに渡り合うので、刑事たちからも「いつもやられっぱなしだ」と煙たがられているようです。

タイトにひっつめた黒髪に、フレームレスのメガネをかけています。
くるぶしまで隠れるくらいのロング・スカートなので、歩きかたも颯爽というよりは
「しずしずと」したニュアンスが窺えます。
ミッション・スクールの教師のような、といえばわかりやすいでしょうか。
依子さんが時代劇以外でおでこを出しているのも珍しいです。

『臨床心理士4』では、最初の印象で、もっと坂口さんとの打々発止があるのかと思ったんですが、
ストーリーがそういう流れには向かいません。
丘さんの記憶のもやを晴らす坂口さんの活躍に焦点があたります。

主人公のライバル的存在として登場しても、『甚内たま子』シリーズとは異なります。
『甚内たま子』での立木美保役は、物語の半ばあたりで、人物の関係その他、諸事情を飲み込むと、
人間としての懐の深さを垣間見せるようになります。

『臨床心理士4』での林田真紀子役は、丘さんの過去を知ったとき、戸惑った表情を浮かべるんですね。
自分がプロフェッショナルとして関われない領域として、認めざるをえなくなったのでしょうか、
坂口さんにすべてを預けようと気持ちが移る瞬間があって、ここがこの作品での依子さんの見どころでした。
穿った見方をすると、真紀子は、自分の人生経験の度合いでは太刀打ちしきれないものを感じて、
黙ってしまったように見えます。
そのときの依子さんの目が、まるで未知の世界に迷い込んでしまった少女のように変わります。
これが、『女の人さし指』、えぇい、この際だから言ってしまうと、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』にも通じる、
アキコ型(役名がそれぞれ「あき子」「秋子」でした)依子さんの魅力なんです。
そういえば、『朝日ジャーナル』1985年12月20日号「若者たちの神々」に載ったときの、
ミルクホールを思わせるウェイトレス姿の写真に、少し近いものを感じます。

というわけで、この作品での依子さんは、「辣腕のライバル」であるかのように見えますが、
坂口良子さんと丘みつ子さんの間にあって、じつは真紀子の生硬さを浮かび上がらせて面白いです。

それにしてもこの真紀子の出で立ちはいいですね。
洞口依子さんの個性に馴染んだり反発したりしながら、コミカルな可愛さもあると思います。


2001年10月16日 21:00〜22:54
日本テレビ系「火曜サスペンス劇場」枠にて放送

いずみ 怜 脚本 
当摩 寿史 監督  
   

「この人を見よ!」へ

←Home (洞口日和)