『からくり人形の女・知多半島 山車祭』(1989年)

1989年11月28日に「火曜サスペンス劇場」で放送された、東陽一監督、中島丈博脚本の傑作。 
内容が内容だけに、今後、再放送が難しくなっていくかもしれませんが、機会があればぜひ見ていただきたいです。

愛知県の知多半島で、代々からくり木偶の細工師を続ける竹屋清兵衛(田村高廣さん)と
亡き後妻の連れ子である水絵(洞口依子さん)のもとへ、東京に出ていた長男の岬一
(堤真一さん)が帰ってくることから、殺人事件が起きます。

岬一と水絵は異母兄妹で、幼い頃のある事件をきっかけに水絵は岬一に家族の情を超えた懸想を抱いています。
東京で起きた事故が元でその事件の記憶を失っていた岬一ですが、
水絵がそれを思い出すよう仕向け、二人はついに男女の関係になってしまいます。

さらに水絵はその事件をネタに自分を囲おうとしている資産家(織本順吉さん)を葬るため、
自分に溺れていく岬一をけしかけるのですが、資産家は何者かによって先に殺されてしまいます。

いちおう、この犯人とトリックがミステリーなのですが、
謎解きよりも三人の関係が生み出す背徳感が前面に出ています。
水絵と岬一の関係はもちろん、清兵衛も水絵に亡き後妻の面影と、
それ以上の欲望を抱いているし、全編にわたって依子さんが発する色香は、
「え?ちょっと、これ、いいの?」と慌ててしまうくらいのヌラヌラした妖気です。

彼女の登場シーンのインパクトの鮮烈さ。 膝をくずし畳についた細い腕にもたれるようにして岬一を見ている。
当時24歳で童顔の洞口依子さんが発するこのしどけない引力は、ただ事ではありません。
共同体の輪からはみ出てしまう水絵の強烈な存在感が、この絵だけで伝わります。
中島丈博さんの脚本作品では、こののち、『炎立つ』(1993)や『』(1995)でも、依子さんが忘れ難い女性像を演じていました。
『炎立つ』の侍女役はコミカルなキャラクターでしたが、コミュニティーの外からやって来て、
そのマイペースぶりでやはり周囲から浮いた色を見せるという段に、依子さんの個性が発揮されていたと思います。

主要三人がとくに改悛するでも煩悶するでもなく、むしろ欲望に流されて嬉々として墜ちてゆくので、
視聴者が人物への同情を感じるのはむずかしいです。
倫に反した事件でも、犯人への同情でバランスを取ることの多いサスペンスものとしては、
異色ではないでしょうか。

お金が絡む展開はありますが、水絵が男たちを翻弄するのも、男が自分のために命を張ることに快楽をおぼえるからです。
資産家の爺さんに抱かれにゆくときも、薄幸感ではなく、なんとも淫靡な匂いを発しているのです。

水絵が岬一に「あいつを殺して」とそそのかすシーン。 
手前に困惑気味の岬一が座っていて、その奥、彼の肩の背後にいる水絵の瞳が、少しずつ潤み、
やがてひと筋の涙が頬を伝わる美しさに、彼女がつぶやく台詞の残忍な響き。
あるいは、後半、布団に横たわった彼女の横顔が大写しになった瞬間の倦怠をはらんだ凄み。

岬一に対する思いも、今だったら「純愛」とか言ってオブラートに包んでしまうのでしょうが、
依子さんの水絵は、ストレート・トゥ・エロス。 その「純官能」ぶりが見事です。
依子さんの感性は、十代の頃から、耽美的な世界に対する免疫がかなりあるのでしょうね。
だから水絵のように、「同情なしで、ただ墜ちる」役がくると、
ちょっとゴールデンでは大人が慌ててしまいそうになるくらい、モノホンの迫力を出すのでしょう。

この作品は文楽の世話物に近い世界も感じさせるうえ、竹屋清兵衛が人形細工を作る場面が
重要になっています。
実際にこの地方で古くから人形細工を営む(八代目)玉屋庄兵衛さんが協力しているようで、
顔作りの手許のアップなどは、きっと八代目のものなのでしょう。

清兵衛が人形を細工する描写は、息子の岬一が資産家を殺す下準備をじっくりと見せる場面とも重なり、
これに水絵の男たちに対する「仕掛け」を入れると、「ものを仕組む」ことのエロス、
というテーマが浮かび上がってきます。
また、「刺される」というのも、やっぱり色っぽいメタファなんだなぁと感心しました。

田村高廣さんの役柄の顛末から、高林陽一の『本陣殺人事件』を思わせるところもある(設定も少し高林好みか)。
それから、堤さんが若い。 若いのは当然としても、とにかく線が細い。 これも今見直すと驚きです。


1989/11/28 火曜日 21:03-22:52
NTV 「火曜サスペンス劇場」枠にて放送

演出 東  陽一 
脚本 中島 丈博   
 

洞口依子さん出演作リストへ戻る 

←Home (洞口日和/ 洞口依子さんを応援するページ)