『女の人さし指』(1986)

振り向けば通り雨』のところで「新人類図鑑 part2」収録の
洞口依子さんのインタビューについて触れましたが、
あれの出典元である『朝日ジャーナル』1985年12月20日号を読むと、
そのイントロに、収録中のドラマについての話があったことがわかります。
それがこの『女の人さし指』。86年のお正月ドラマです。

そのインタビューのあった日がリハーサルの台本読みだったそうで、
「久世光彦さんと言えば厳しいことで有名だけど?」という筑紫哲也さんの問いに、
「今日、早速怒られました」と答えています。
どうやら、前もってコワいコワいという噂を耳にしていたので、
下準備の不足をたしなめられただけで怯えてしまったようす。
「絶対、私は嫌われてます」なんて発言まであるのが、なんともいたいけというか、
デビュー後数ヶ月にして、初のドラマで久世さんの薫陶を受けた若い女優さんの緊張が
そのまま出ています。

依子さんにデビュー時のお話をうかがうと、久世さんのドラマに出演したことが、
どれほど大きな財産となったかを必ず強調されます。
『女の人さし指』『
思い出トランプ』『響子 』と見ていくと、ファンの目から見ても、
天性のセンスだけでなく、それをどう表現するか、そしてそのことで天性のものがどう輝くか、
つまり、演じるということに、ここで初めて意識的になったのかな、と想像できます。

この『女の人さし指』は、17歳のあき子(またしても!)の役。
加藤治子さんの娘で、田中裕子さんの妹です。
10年後の『響子』でも同様の設定を演じることになるのですが、当たり前ですけど、ちがいますねぇ。
どこがちがうのでしょう。

坐ってるんですよね。基本姿勢が、テーブルに向かって坐っています。
で、視線の先が、だいたいフレームの中に納まっています。
フレームの外にあるものに目をやるという芝居が、あまりありません。
これは現在の依子さんからすると珍しいことで、今では、依子さんの顔のアップで、
視線だけ宙を泳いでいるカットは多いですよね。
そのほうが洞口依子という女優の美しさが伝わりやすいし、サスペンスなどは特にそうですが、
それと視聴者の興味、物語上の謎を結び付けやすいです。

百人一首を暗記しているところでも、テーブルに向かって、並べた歌留多とにらめっこしています。
その表情と、視線の先にある歌留多が、1つのフレーム内におさまってるんですね。
世界が、まだ、見える範囲内におさまっている少女。
フレームの外どころか、そもそも形のない胸騒ぎや慕る思いに視線をくれる
加藤さんや田中さんとは対照的に映ります。

彼女が坐って勉強をしているところに、加藤さんと田中さんが、立ったまま、大人の会話を繰り広げます。
少女は、その会話を聞きながら顔を動かすんですが、中身の色っぽいところまでは、まだわかっていません。
冒頭、母親の口紅の濃さに田中さんが気づいて、何事かを察するような(後々、素晴らしい伏線として生きる!)、
女としての欲望の声が、彼女にはまだ聞こえてきません。

好きなシーンがあります。
婚約者(小林薫さん)からの手紙を読みながら、
ふとしたきっかけで出会った文学青年(四谷シモン氏のハマり役)のことを考えている姉の後ろ姿に、
奇妙な色気を感じながら、それがまだ飲み込めない妹。
艶かしさを微温気味にゆっくりと漂わせる田中裕子さんのとても美しい表情の背後で、依子さんが立っているところ。
こういう場面って、どういう思いで立っていればいいものなんだろう。

それから、家に訪ねてきたシモン氏を加藤さんがやんわりと追い返す、玄関口のシーン。
メインで映っているのはシモンさん、田中さん、加藤さんなんですが、
後ろのほう、階段に、依子さんの脚だけが見えます。下りてきません。
ここで下りてきたら、彼女はもう、子供部屋に戻れなくなるんでしょうね。
これも、脚だけの芝居なんて、どうやって映ればいいものなのか。

ほんの一例ですけど、こんなふうに、依子さん演じる妹あき子を中心に見た場合、
彼女がほんの少しずつ、姉と母を通して、女というものに出会っていく過程、にもなりえます。
それはやはり、この時の依子さんが持っていた、少女のようでもあり大人の女でもある、
コケティッシュな魅力があって、それがドラマに活かされたということでもあるでしょう。
また、その無邪気にも見える笑顔と、どうしてもその向こうに隠せないで見えてしまう陰翳が、
真珠湾攻撃の年の正月を親子3人で明るく朗らかに過ごすラストにいたるまで、
一定の不協和音を奏でているようにも、私には思えます。

どこまでが演出家のねらいなのか、それはわかりませんけど、
私は、久世さんの目には依子さんのこの陰翳ははっきり見えていたように思えるんですよね。
それが、どんな時代のどんな設定でも有効であることも。

うぅむ、それにしても、先述した『朝日ジャーナル』のインタビュー。
できることなら、飛んでいって、「大丈夫だから!絶対未来につながるから!」って
激励してあげたくなりますね。
もしくは、当時の自分のケツ蹴って、
「おまえな、ファンクラブ作れよ!でないと、俺が20年後にファンサイト作ることになるんだから!」
とか、意味の通らない檄を飛ばしたくなります。

1986年1月8日 TBSテレビ系列
21:00〜22:23 放映
久世光彦 演出
向田邦子 原作
寺内小春 脚本

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