『洞口依子映画祭パート2』リポート



☆『イントロダクション』 (「洞口日和」のNEWSのページに書いた記事の転載です)


 
10月23日に開幕した『洞口依子映画祭パート2』の渋谷・ユーロスペースの部(那覇・桜坂劇場の部は11月2日から3日間)。
 その3日目にあたる25日『ドレミファ娘の血は騒ぐ』の上映に行ってまいりました。
 じつのところ、まだ旅の疲れと気持ちの高ぶりが続いている状態でして、いま何か書くと誤字・脱字はもとより、要らぬことを口走ってしまいそうです。
 もう少し落ち着いてから、10月30日の水曜日あたりにちゃんとした記事を書くとして、ここでは大まかな感想を綴ることにします。

 
まずファンサイトとしてファンの立場から、今回参加できなかった人たちのお気持ちをお察しいたします。
 いろいろな事情で参加を断念された方も多いと思います。地方にお住まいの場合、交通費に宿泊費もかかりますし(ビジネス・ホテルの値段の高騰!)、平日の3日間だけでなく週末の2日間も仕事や家庭の都合や健康面で簡単には東京に行けないケースだって考えられます。
 そのお気持ちは私にもよくわかります。私も京都在住で仕事を持っています。若い頃ほど健康でもありません。といいますか、一度は東京行きが危ぶまれたりしました。那覇・桜坂劇場の部は連休中なのに参加できません。
 そんな人たちの中には、映画祭実現に向けて洞口さんにご祝儀を贈られた人もいるのでしょう。自分は行けない、でも洞口依子さんには映画祭を実現してほしい、との思いで支援された人たちです。
 私が言うことではないし、私に言われたくないかもしれませんが、映画祭のサポート陣の隅っこで関わっている者として感謝の言葉を述べさせてください。ありがとうございました。みなさんの願いの甲斐もあって、渋谷の会場には活気と熱気が満ちあふれていました。

 
今回、私は映画祭の公式サイトを担当しているのですが、開幕して最初の2日間は現地の様子や物販の詳細などは把握しきれませんでした。洞口さんご本人と少数のスタッフが運営を担う手作りの映画祭なので、予測できない事も起こって大変なのだろうと想像していました。
 やっと25日の正午に京都を出発しまして、14時すぎに品川に着き、黒沢清監督と縁の深い街にして『ドレミファ娘の血は騒ぐ』が先行上映されたstudio200のあった池袋で、ホテルにチェックイン(この街に宿を予約できたのは神様の計らいか・・・)。
 ひと休みして渋谷に赴き、ユーロスペースに入っても、まだ映画祭のお客さんは来ていないようです。チケットを発券して『洞口依子映画祭パート2』のポスターを確認できたのみ。15年前のパート1が開催されたのが同じビル内のシネマヴェーラ渋谷なので、懐かしいなと感慨に浸る程度でした。が、スマホのマップを頼りに(洞口さんお薦めの)喫茶店、シャルマンに入ってサンドウィッチをパクついているうちに、気分が盛り上がってきました。

 再び劇場に行ってロビーに腰掛けていると、やって来るお客さんが映画祭の当日券を買えずにガッカリして帰ったり、物販は上映後にあると聞いて一旦引き上げたり。
 運営スタッフの人たちの姿が見えたので挨拶しているところに洞口さんが合流。ほどなくして、なんやかやとあって動きが慌ただしくなりました。
 ロビーのお客さんの数も増えて、申し訳ないけど立ち聞きさせてもらったところ、『カリスマ』の洞口さんと『CURE』の洞口さんのどっちが好きかとか、『ドレミファ娘〜』を昔パルコで見たとか、談笑しています。
 私はハタと思い当たりました。これって、海外のベテラン・ミュージシャンが来日したときに会場の外で待っているファンと似ている。それもずっと独自の道を歩んできたミュージシャンの来日。そういえば、ルー・リードの時がこんな雰囲気だったかな。
 しかも同じロビーに洞口さんがいるのに、声をかけたりするファンがいないようです。みんな密かに見守っている様子。
 まあ、これはもしかしたら東京だからか。たとえば私の住む関西だったら、もっと図々しく話しかける人が出てくると思います。
 でも私にはその「密かに見守っている」が洞口依子ファンの基本的な温度のような気がするのです。それは個々には低めの温度であっても、集まると熱気を生みます。
 この日私が実感したのは、そんな静かで強い熱気です。

 
上映された『ドレミファ娘〜』とその後のトーク・イベントについては、後日ページを別個に設けて書きますが、加藤賢崇さん、篠崎誠さん、岸野雄一さんが洞口さんと並んだトークは心地よいドライヴ感がありました。
 賢崇さんが進行役と魅力的な妄想で話を転がし、岸野さんがツッコミや蹴りを入れたりしつつ話を膨らませ、篠崎さんが撮影現場での光景を言葉でよみがえらせて客席に感銘の波を起こす、そして洞口さんが涙ぐみながら主演女優としての思いの糸をそこに縫い込む、といった進行でした。
 当事者の方々なのでロビーとは熱気の形が違うのだけど、私はこのトークでも洞口さんの40周年を祝い見守る温かい視線を感じました。
 ロビーの熱気と共通していたのは、自分が大切にしてきた何かを確認し、誇りに思う気持ちです。
 上手く言い表せないのですが、15年前の『洞口依子映画祭』パート1の機会に私がインタビュー(
こちら
)させていただいた暉峻創三さん(『ドレミファ娘〜』のテルオカくん役)がおっしゃった、
 「彼女は芸能人として消費されてきたわけではない」
 というコメントに近いです。それと登壇者の方々や観客のみなさんが大切にしてきた何かは関係があるのかもしれません。

 いま書いたことはファン(・サイト)の勝手な思い込みではあります。
 ですが、あの作品が公開時から現在まで賛否両論を呼びながらも、いまだに愛され続けているのは、あの中に忘れられないもの、大切にしていたいものが溢れているからです。
 その大切さと洞口依子さんという存在が重なることは、声が大きくて図々しいファンである私でも、なるべく「密かに」思っていたいと心がけています。
 ただ、この映画祭ではそれが目にも鮮やかな三色(今回のキー・ヴィジュアルの色)の花になって劇場内で咲き誇っています。それは洞口さん本人はもちろんのこと、ポスターやレコードや記念冊子に携わった方々、トーク・イベントに登壇された方々、そして私たちファンも分かち合える花ではないでしょうか。

 


☆『ドレミファ娘の血は騒ぐ』上映&トーク・イベント

 ここで時計の針をユーロスペースで『ドレミファ娘の血は騒ぐ』が上映される3日前に戻します。チケットがオンラインで発売開始された日の朝です。
 上映日の10月25日(金)は、どうにか東京で一泊できる段取りがついて、宿も新幹線も予約したし、あとはチケットだけという状況になっていました。
 しかし、この「チケットだけ」が大いなる分かれ目です。ホテルと新幹線が確保できたのに肝心の映画が観れないとあっては、「泣きたい夜もある」と自分に言い聞かせても収まりません。しかも初日の『ニンゲン合格』と2日目の『ザ・ギャンブラー』はすでにオンライン予約で満席と聞いてます。
 ユーロスペースのロビーで入場する人たちをハンカチを嚙んで見送っている我が姿を想像したりもしました。

 よし、早起きしよう。朝5時なら間に合うだろう。でも油断はできません。前日にユーロスペースのHPに何度もアクセスして、迅速な予約に備えてリハーサルを繰り返しました。
 オンライン発売開始日の朝。寝ぼけ眼でスマホを立ち上げ、ユーロスペースの該当ページを開きました。リハしておいてよかった。迷うことなく座席指定へと進みました。と、出てきた画面を見て息を飲みました。
 半分以上、埋まっとるやんけ・・・!
 みんな、午前零時と同時に予約したのか。一気に目が覚めて、先を急ぎました。スマホをタップしながら、早く画面が切り替わってくれと念じて、最後列の右端の席をゲット。この位置なら、当日お客さん全体の姿を視野に入れて鑑賞できるから。老若男女が一緒に『ドレミファ娘〜』を観ている空間を実感したかったのです。

 『ドレミファ娘の血は騒ぐ』を映画館で観るのは何度目だろう。
 前回の映画祭で1回、そして京都や大阪で上映されると駆けつけていたから、10回目くらいかもしれません。もちろんビデオやDVDでは数え切れないほどリピートしてきました。
 でもこの映画はスクリーンで味わうと脳がショートしそうな効果をもたらします。劇場映画だから当たり前なのですが、劇場のスクリーンで映し出されて得られるマジックが凄いのです テープレコーダーを持った秋子(洞口依子さん)の腕から、彼女の顔のアップへ。テープの回転がそのまま引き継がれるような、静かで心地よい流れです。音楽でいうグルーヴに通ずるものがあります。
 もはや名シーンと言っていいでしょう、秋子がキャンパスを歩き出すとともに動き出すカメラの横移動の、揺れを伴う気持ちよさ。私はこの映画をはじめて観た直後に入った大学で、男であるにもかかわらず、秋子よろしくキャンパス・マップを広げて指で方向を確かめたものでした。
 平山教授(伊丹十三さん)が学舎の窓から見下ろす先で、秋子とエミ(麻生うさぎさん)に言い寄る学生らが文字通り右往左往するショットで、何度か誰もいなくなる歩道の、白茶けた明るさ。
 吉岡(加藤賢崇さん)が見せる、形容不可能にチャンランポランな表情と、どこか華のある身のこなし。麻生うさぎさんの屈託のない笑顔としぐさ、彼女が歌い出す瞬間に湧き起こる、得も言われぬ調子っぱずれの幸福感。
 そしてスモークの中で繰り広げられる乾いた戦争ごっこと、すべてを締めくくる洞口さんの子守歌が醸し出す索漠感。
 全編これ、忘れがたいシーンだらけです。
 
 『ドレミファ娘の血は騒ぐ』が公開された頃、『リュミエール』誌に掲載された金井美恵子さんによる黒沢清監督のインタビューで、金井さんは「感動的に幼稚な映画」「本当に幼児的な映画的な欲望に充ちていて」と絶賛されていました。
 その言葉を私なりに解釈すると、たとえば小さい男の子が電車の運転席を凝視して自分が運転士になりきったつもりで夢中になるように、こう撮りたいという欲望が溢れていて、その欲望が爽快に躍動している、ということです。
 けれども、公開時には顔をしかめる映画評論家もいたり、若い映画ファンの中にも「難解だ」と困惑したり「ゴダールのマネごと」と言ってすませる人はいました。

 しかし、そんなに難解な映画でしょうか?何度も観ているからかもしれませんが、私は今回、むしろこの作品の明瞭さを強く覚えました。
 もとの『女子大生 恥ずかしゼミナール』から『ドレミファ娘の血は騒ぐ』に生まれ変わる段階で追加撮影されたシークエンスには、物語を追う人を戸惑わせる面はあるでしょう。
 でもそれはプロット上で脱線に見えはするけれど、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』として生まれ変わった作品の映画的な展開では欠かせない要素となっています。それらも含めた『ドレミファ娘の血は騒ぐ』の物語、というか映画なのです。

 この夜のトーク・ゲストに登壇された出演者の方々が証言するように、もとの『女子大生 恥ずかしゼミナール』はそれ自体が秀作だったのだと想像できます。
 が、その秀作にラストの戦争ごっこなどの追加撮影が足されたことで、この作品は「もう、どんな構図にも収まらなくなる」(劇中の秋子のモノローグより)生命を新たに得て、それを観た18歳の頃の私みたいな若者は、うまく説明できないけど尋常な気分でいられなくなったのでした。
 そうやって熱狂とともに本作を浴びると、田舎から来た無自覚なエッジを持つ少女と、明るく知的に頽廃したキャンパスをクラゲのように漂う学生たち、彼らに失望しつつ時代の軽みから浮いてはいない平山教授の、3つのキャラクターが際立っていてシンプルでさえあります。私はこの映画が難解だから好きなのではありません。シンプルで豊かだから好きなんです。

 上映後のトーク・イベントに登壇したのは、洞口依子さん、加藤賢崇さん、岸野雄一さん、篠崎誠さんの4人の出演者です。
 まず賢崇さんが映画の中で蹴りを入れられて歌い通せなかった曲をアカペラで歌いきりました。横から岸野さんが蹴りを入れて客席を笑わせます。これだけで、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』の40年後のリユニオン・テイク。貴重でした。
 洞口さんはもっぱら聞き役にまわっていましたが、映画祭の小冊子に黒沢清監督が寄稿した文を読んで感激したことを、「そんなふうに見ていてくれたのか」と涙まじりに話しました。私はもちろんあの作品のキャストでもスタッフでもありませんが、もらい泣きしました。
 賢崇さんが80年代の薬師丸ひろ子さんのことを話題に出し、洞口さんはデビュー前に『野性の証明』で薬師丸さんが演じた頼子役のオーディションを受けたエピソードを披露します。「受かってたら、高倉健さんの背中に負われていたのは洞口さんだったのか」「『セーラー服と機関銃』も洞口さんだったりして」「『セーラー服と機関銃』では黒沢さんが助監督だったし、てことは『ドレミファ娘〜』は薬師丸さんが演じてた?」などと、じつに楽しい妄想を展開します。私もその種の妄想は大好物とあって、身を乗り出して聞き入ってしまいました。魅力的な人です。吉岡さんが賢崇さんと同一人物ならば、秋子が追いかけてくるのも無理はない。
 篠崎さんは途中から『ドレミファ娘〜』の撮影現場の思い出でグイグイと観客を惹きつけます。このエピソードが素晴らしくて私は客席で涙ぐんだのですが、ラストで撃たれる学生の中に篠崎さんがいて、倒れて伏しているところに洞口さんが歌う子守歌が風に乗って聞こえてきた、というのです。その生の歌声を40年後にもおぼえているということが、どんな言葉よりも『ドレミファ娘〜』の本質を語っています。
 それから岸野さんの言葉──あれは映画ごっこなんかではなかった。自分たちは真剣に働いて作っていたんだ。

 そう思います。本当にそう思います。
 この映画もエミが秋子に言うように「古い歌は忘れたほうがいい」対象になるのか、と考えたこともありました。
 たしかに、生きているうちには「忘れたほうがいい」こともあります。でもそれがすべての局面に当てはまるのではない。
 今回のトークでは、登壇者の方々が一人残らず『ドレミファ娘〜』に関わったことを宝としているのが伝わりました。その会話にノスタルジーの匂いはせず、この作品の思い出が今は活力のひとつとなっているのが、なによりの嬉しさでした。
 『ドレミファ娘〜』がゴダールごっこで映画ごっこだという声は何度となく見聞きし、若い時の私も肯定的にそう受け止めていました(時代の空気がそういうセンスに傾いていたのもあります)。 
 でも「ごっこ」ではない大切なものだから、会社から取り返したのでしょう。
 このトークでは、その大切さが彼ら自身の言葉によって裏付けられました。こうした証言を、この映画にかぎらず、誤解と勘違いを積み重ねた40年の果てに聞けたのは望外の喜びでした。そして、ここにいたってもまだ答えに辿り着いてはないはずです。そんなふうに時間をかけて解いてゆくことの幸せってあります。

 『ドレミファ娘の血は騒ぐ』は青春映画ですが、若さをストレートに讃える作品ではないし、青春のルサンチマンも描かれていません。
 これといって現実的な悩みのない若者がぞろぞろと出てきて、抽象的で知性を脱臼させたような会話を弄します。彼らには経済的な悩みも将来や日本の未来への不安もなさそうです。今の若い人には悠長に映るでしょう。
 そんなキャンパスに現われる秋子、洞口依子さんが、ひたすら可愛い中に一筋、周囲に染まらないオーラを発しています。
 恵まれた時代に、恵まれすぎて怠惰に戯れて悶々としていた私が、なぜ洞口依子さんのスクリーン登場に血を騒がせたのか。「なぜ?と問うてはならない」ので、自分でも深くは追求しません。
 ですが、「なぜ?」の隙間をすり抜けるようにして、くるっと回る練習をしたり、暉峻くんの部屋で床に倒れ込んだり、実験台の上で全裸になったりする姿には、この後に幾多の映画やドラマでコミュニティに馴染まない人物を演じることになる彼女の、エトランゼの原点があります。

 この映画が撮影されたのは1984年で、公開は1985年。日本が本格的なバブル景気に入っていくよりも少し前の時期です。80年代初頭に沸騰したカルチャーのお祭り感も、徐々に変質していく曲がり角にありました。私が観た1986年の春、キャンパスの光景はこの映画で描かれる雰囲気とは若干異なっており、バブルに向けての準備期でした。悠長さは、ますます軽薄さに取って代わられていました。
 ラストの子守歌に、何かが通り過ぎて終わってゆく気分を感じたのをおぼえています。『ペット・サウンズ』のエンディングにも似た、胸が張り裂けそうになる寂寥感でした。
 彼女に寝かしつけられた当時の若者は、とっくの昔に目を覚まして、社会に出て働いて、齢をとりました。
 今の私にとって、この子守歌は懐かしさにくるまって眠るための毛布ではありません。怠惰に過ごした自分の青春と和解し、毎日をしっかりと生きていくための活力のひとつです。2024年、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』は、そんな映画になりました。

 

☆映画祭記念冊子『YORIKONIA』


 ”神聖ヨリコ帝国”などという感心できない造語は私の発案ですが、人口に膾炙しないまま寿命の尽きる日がついに来ました。
 『YORIKONIA』(ヨリコ王国)が出現したからです。
 70ページから成るこの一冊は、(今のところ)『洞口依子映画祭パート2』の会場のみで購入可能な、洞口依子さんの40周年を記念した冊子です。なんとワンコイン、500円で販売されています。

 私はこの本を品川から京都に帰る新幹線の中で開きました。久しぶりの東京行で疲れていたのだけど、とりあえずパラパラとページをめくって中身を確認してから、2時間ばかり座席で仮眠しようと思ったのです。
 前の座席背面の網ポケットにはペットボトルのお茶を入れていました。でも一度もキャップを開けることなく『YORIKONIA』を読みふけり、新横浜はもちろん浜松を過ぎても冊子を両手から離さず、名古屋で止まったことにも気づかず、岐阜羽島あたりでようやく顔を上げ、米原を過ぎた頃に読み終わりました。もしこの冊子があと10ページ多かったら、私は京都で降り損ねていたことでしょう。70ページに感謝します。

 ページ数もさることながら、奥が深い。書かれてある行ごとにズブズブと腰まで沼に浸かるような、濃厚な冊子です。
 しかも冊子のあちこちに小部屋が設けられていて、まるでミュージアムのようです。立ち止まって眺めたり、ときおり目を閉じたり、ページを引き返したりして、お気に入りのポストカードを探すのも愉しい。

 そう、この冊子の巻頭と巻末には、洞口依子さんを描いたイラストが掲載されています。前者は江口寿史さん、後者はみうらじゅんさんによるもの。
 ”江口寿史さんの描くドレミファ娘”。私は世代的に飛び上がるほど嬉しいし、夢のセッションだと思います。『ドレミファ娘の血は騒ぐ』の、洞口依子さんを愛でる最高の”アイドル映画”としての魅力を、鼻と唇の可愛さに見る者の視線を惹きつけて堪能させます。
 ”みうらじゅんさんの描く『〜〜』の洞口依子”(これはネタバレしたくないので伏せ字にしておきます)。このチョイスにはヤラレタ、と思いました。悔しさあまって嬉しさ百倍。「ボクの洞口依子」と題されたイラストですが、そうなんだよ、この表情なんだよ、と共感することしきり。私にとっての「ボクの洞口依子」でもあります。

 それらのイラストの前と後ろに置かれているのが、デビュー時の宣材写真および『ドレミファ娘〜』の撮影時のスナップと、沢渡朔さんが撮影した現在の洞口さんの写真。
 とくに沢渡さんが撮った洞口さんは、その陰翳も輝きも、言いたいけど言葉が見つからない領域を突きつけられるかのようです。
 私は”歴史上もっとも多く「洞口依子」の名前をパソコン入力した人間”としてギネスに申請しようとしているのですが、そのレベルがいかにハナシにならない甘っちょろいものであるのかを、こうした写真を見ると(比べるのもおこがましいけれど)痛感させられます。

 と、うなだれる私を『YORIKONIA』の文章パートは渦潮のように飲み込んでいきます。
 温もりと気遣いがパーソナルにして読者をも和ませる田中裕子さんと、鬼才・宮田吉雄さんの思い出を通して洞口さんの魅力に触れた前川英樹さんの寄稿。見開きでのお二方の並びは、久世光彦さんの名前も脳裏に浮かび上がらせます。
 この記念冊子は、加藤賢崇さんと『文藝春秋』の清水陽介さんのサポートを得て、洞口さん自身のコンセプトで作られたものです。寄稿の依頼も彼女がおこなっています。
 洞口依子さんが洞口依子について綴ってほしい/語ってほしい人たちが誌面に言葉を寄せているのです。
 寄稿された方々を分野で大別するなら、映像、文学、音楽、となるでしょうか。これにタイプも賑やかな座談会の数々を加えると、沖縄、グラビアとテーマが増えて、さらに各界からのお祝いコメントで分野が一気に広がります。キャリア40年の長さとはいえ、簡単には括れません。

 矢作俊彦さんが『ザ・ギャンブラー』に彼女を起用した経緯を綴った文章、「わかる」ということをめぐる高橋源一郎さんのエッセイ。
 黒沢清監督が『ドレミファ娘の血は騒ぐ』での洞口さんの役名”秋子”について明かした寄稿文(洞口依子ファンサイトとしても見逃せません!)。
 療養中の中原昌也さんを洞口さんが訪ねての対談で、心配しながら読んでいると目に飛び込んでくる毒の嬉しさ。
 柳下毅一郎さんと町山智宏さんが、これも見開きで各々綴った文章の異なる深み。
 EPIC・ソニーの創始者である丸山茂雄さんが驚きの事実を語るインタビュー。
 「激写」時代の洞口さんや、担当したスタッフの情熱を今あらためて確かめ合う座談会。
 『ドレミファ娘の血は騒ぐ』のキャストが当時の現場や時代の空気を振り返る座談会。
 沖縄と洞口さんとの関わり、沖縄での洞口さんの様子をカジュアルな温度で語る座談会。
 『ミカドロイド』出演の経緯を最初の最初から披露する、原口智生さんと樋口真嗣と洞口さんとの鼎談。
 一人の俳優のフィルモグラフィーの奥に、こんな事実や心意気があったのだと知る喜びを読者にもたらします。 
 誰もがみな、洞口依子さんに関して、さまざまな角度から一つのエッセンスに言葉を向けているようでもあります。これは彼女のキャリアの多面性が、いわゆる”マルチ・タレント”として形容しうるものではなく、プリズム的な発光であるからでしょう。

 私は『YORIKONIA』を旅の帰路で読みましたが、この記念冊子は洞口さんのキャリアを読み手に旅させます。
 キャリアの全瞬間ではありません。でも確実に重要な事柄を巡って読み進ませます。
 旅のひとコマひとコマは、それぞれが繋がっていないようでいて、じつは繋がっています。だから到着して降りた駅や空港が、帰る時には違って見えたりします。だから人生に旅は必要なんです。
 洞口依子さんは旅を愛する人でもあります。そしてこのページで先に書いたように、彼女は多くの映画やドラマでエトランゼを演じてきました。『ドレミファ娘の血は騒ぐ』しかり、『パイナップル・ツアーズ』しかり、『炎立つ』しかり、『時にはいっしょに』しかり。広義の意味では、『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』や『終点は海』の彼女にもエトランゼ感がありました。
 なぜこんなにエトランゼの役が似合うのか、何度かファンサイトで書いたことはありますが、決定的な答えは出ていません。ただ、『君は裸足の神をみたか』の劇中詩に読まれていた「一匹の猫だから、うれしい/ 一匹の猫だから、かなしい」が、このことを考えると必ず心をよぎります。

 今回、10月25日のユーロスペースで登壇された加藤賢崇さんが着ていたのは、デヴィッド・ボウイのシリアス・ムーンライト・ツアーのTシャツでした。1983年のワールド・ツアーです。翌年、彼がリリースしたシングルに「ラヴィング・ジ・エイリアン(異邦人を愛すること)」がありました。
 「奇妙に見えるものを否定しない 言葉も文化も異なる人を愛する」、美しいメロディーにのせてデヴィッド・ボウイはそう歌っています。
 映画を愛し音楽を愛し文学を愛することは、異邦人になった自分と出会うことであり、異邦人に愛を感じることでもあります。
 『YORIKONIA』の深く濃厚な70ページから伝わってくるのは、のらのらと歩いてきた一匹の気ままな猫の旅の足あとです。エトランゼを愛する人たちの賛歌が全ページから聞こえてくるかのようです。ぜひ、この冊子を開いてヨリコ王国への旅に出てください。
 ファン歴が何十年とか何日とか、いっさい関係ありません。とにかく、旅へ。


物販アイテムのオンライン販売がスタート!!

中野ブロードウェイのTACO che(タコシェ)で、以下のアイテムのオンライン販売が取り扱いになりました。

☆記念冊子『YORIKONIA』
☆ポスター(B2のヴァージョン)
☆レコード『necord』
☆ステッカー4種

値段など、詳細はTACO cheのこちらのページからどうぞ。

 


☆『necord』


 今回の『パート2』は前回と異なって物販の点数が多く、会場を訪れた人に体験を形として忘れられなくさせるアイテムばかりです。それらがポスター、記念冊子、レコード、Tシャツという、見て読んで聴いて着て楽しめるものばかり。見てから読むか、聴いてから着るか、どんな順番でも映画祭の思い出に浸れます。

 
この欄でトピックとするのは45回転のシングル・レコード、『necord』です。
 
嬉しい企画です。『ドラゴンへの道』の猫ちゃんもニアァアァアッ!と叫びそう。
 
洞口依子さんは大の猫好きで、2009年には『猫びより』誌(No.47)にインタビューが掲載されましたし、ハイビジョンの映像エッセイ『芸術家の食卓』(1989年)では猫の役を演じました。
 いや、そもそもドーナッツ盤のレコードというものが、丸くて小さくて可愛い猫に似ているではないですか。音を聴くだけでなく、眺めて、撫でて、なんならターンテーブルの上で回転する盤の瞳をじっと見つめていたくもなります。

 『
necord』の内容については、映画祭公式サイトのこのページで書いたことを手前味噌ですが転載します。


 " 洞口依子が40年のキャリアで初となるソロのレコード、題して『necord』です。こちらも高橋ヨシキさんによるアートワークに包まれています。レコード全曲のプロデュースはヒカシューの坂出雅海さんが担いました。

 内容は、A面1曲目が「ニンゲン合格」で洞口が歌った「月影のレヴュウ」(東西蘭月 作詞/ゲイリー芦屋 作曲)。このレコードのために「ニンゲン合格」の音源からドリーミーな温もりを立ち上がらせるようにして、はじめて音盤化したもの。

 A面2曲目は「ドレミファ娘の血は騒ぐ」のラストで洞口が歌ったブラームスの「子守歌」。こちらも同作から抽出した音源に、なんと現在の洞口が途中からウクレレで伴奏を加えています。歳月を超えた夢のセルフ共演です。

 B面1曲目は洞口依子が作詞作曲し、ウクレレで弾き語る「ねむり猫」。タイトルどおりの寛ぎとまどろみを誘う、”味な”B面曲です。昔のドーナッツ盤シングルで、こんな曲がB面に入っていたら、そのレコードが特別な一枚になりました。聴けば誰でも猫になれます。

 B面の最後に収められているのは、洞口からみなさんへの挨拶、「Message From YORIKO」。この短いおしゃべりで、聴く人を優しく寝かしつけるようにして、レコードは終わります。"

 以上は曲についての紹介です。が、レコードの現物を手に入れると、新たな感想が加わります。


 まず、洞口さんがこの企画のために立ち上げた自主レーベル、Stray Cat Recordsの紙袋がいい。
 His Master's Voiceの犬のニッパーくんとは対照的に、蓄音機の前で横着に寝っ転がってる猫のニャーリー嬢があしらわれています。
 
猫ってこういう感じ。しかもレーベル専用の紙袋が、まるでレコード店で買ったかのような気持ちにさせます。ネット通販やサブスクでは味わえない温度が得られるのです。 レコードって、そうやってお店のレジで手渡された瞬間が最高に楽しいもんでしたね。
 上の写真なんか、紙袋から顔をのぞかせている猫を思い起こさせます。可愛い。

 
で、高橋ヨシキさんが手がけたジャケットを眺めます。

 表は『ドレミファ娘の血は騒ぐ』を素材にしたデザインですが、映画祭のポスターやTシャツ、記念冊子の表紙とも色がちがいます。洞口さんの顔から夕焼けが広がっているみたいな、不思議な懐かしさと暖かさで見る者を包む色です。

 
裏は『ニンゲン合格』で「月影のレヴュウ」を歌う洞口さん。この写真の左端で煙草をくゆらせているのは青山真治監督です。青山さんが天国から『洞口依子映画祭パート2』を観にきているかのような錯覚をもたらし、おもわず目頭が熱くなります。

 

 レコードの盤面。レーベルのデザインがまたセンスいい。

 
これが針をのせてクルクル回るのを見ていると、本当に猫が遊んでるみたいです。「なにやってんの?」と目を細めたり、「ほら頑張って」と声をかけたくなります(猫と暮らしたことのある人なら、わかっていただけるでしょう)。


 歌詞カードも封入されています。歌詞が、ちゃんと文字で見せて文字で聴かせるように並んであります。

 しかも歌とクレジットは『ドレミファ娘の血は騒ぐ』からの写真に刷られてあり、ここまでやってくれるのかと感謝感激で破顔してしまいます。



 
このレコードのコンセプトを言葉にするとすれば、まどろみ。
 
コンセプトなんて無理に探さなくてもいいのですが、「月影のレヴュウ」に始まって、「子守歌」そして「ねむり猫」を経て洞口さんからのメッセージにたどり着く頃には、誰もが自然と「まどろみ」へのいざないを受け取っているはず。
 
また、今回渋谷でも那覇でも上映された『ニンゲン合格』と『ドレミファ娘の血は騒ぐ』で洞口さんが歌う曲が収録されていることから、このレコードは『洞口依子映画祭パート2』のサントラとしても聴くことができるのです。

 
完璧です。なにも言うことがありません(いっぱい長々と書いたくせに!)。

 洞口さんのレコードにファンの望むものが、すべて揃っています。よくぞこれほどの逸品を作っていただきました。洞口依子ファンとしてだけではなく、レコードを愛する者としても、これは見て聴いて触って幸せな、パーフェクトかつ愛おしい一枚です。これぞペット・サウンズなペット・レコード。ニアァアァアッ!


物販アイテムのオンライン販売がスタート!!

中野ブロードウェイのTACO che(タコシェ)で、以下のアイテムのオンライン販売が取り扱いになりました。

☆記念冊子『YORIKONIA』
☆ポスター(B2のヴァージョン)
☆レコード『necord』
☆ステッカー4種

値段など、詳細はTACO cheのこちらのページからどうぞ。

 

☆ポスター、Tシャツ、ステッカー



 『洞口依子映画祭パート2』を成功させた貢献者として、高橋ヨシキさんの存在は欠かせません。ポスター、necord、記念冊子、Tシャツ、ステッカーと、あらゆる物販のアイテムを高橋さんの手がけたキー・ヴィジュアル(およびそのアレンジ)が飾っていました。
 今回の映画祭のポイントは「見る洞口、聴く洞口、読む洞口」にあったと思うのですが、「見る洞口」は上映作品だけでなく販売品の強力なデザインが支えてもいました。

 
初めてポスターの図案を目にした時の新鮮な驚きを今でもおぼえています。『ドレミファ娘の血は騒ぐ』でのオープニング、洞口さんのあの顔が、作品での青空から色を変えて視界に飛び込んできたのです。しかも文字が、ゴダール80歳の誕生日を記念して作成された”ジャン=リュック”と呼ばれるフォント。紫がかったピンク地に、そのフォントがブルーと白で主張しています。
 うわっ、こんなことが出来るのか、さすが高橋ヨシキさん!と拍手しました。

 
私は映画祭の公式サイトを担当していたのですが、じつは一旦辞退したんです。たしかにファンサイトを長年続けてはいるけれど、ごく原始的なウェブ・スタイルであって、このクールなポスター・アートを中に抱えるサイトを作る自信がなかったから。
 私がそれをやると、まあ自分が笑われるのは仕方ないとしても、高橋ヨシキさんや洞口依子さんのお顔にも泥を塗ることになる。普通の神経の持ち主で私のレベルの腕前(万年初心者)だったら、そう考えてビビっちゃいます。
 しかし、おそるおそるポンコツのホームページ・エディタを開いてポスターの画像を取り込んでみると、ピンクとブルーと白の三色に「使うがよい」と囁かれた気になりました。そうだ。この三色(トリコロール)を”ヨリコロール”として、ぞんぶんに使える。これを『洞口依子映画祭パート2』の陣旗にしてみたい!
 あのピンクに相当する色を探すのに苦労したのですが、シロウト細工でも公式サイトをやってみたいと奮起できたのは、素晴らしいポスターのおかげでした。

 
魅力的なポスターです。遠くからでも目を惹くアピールと、「これは何?」と人を近づかせる謎があります。
 人と映画を橋渡しする謎です。私はこの図案を見た瞬間に、洞口依子さんのことを知らない若い人がユーロスペースや桜坂劇場でこれを見かけて、その場でスマホを開いて検索している姿を思い描きました。
 妄想過多と言われるかもしれないけれど期待に胸ふくらませる夢であり、自分が何度も経験した映画館という場所のロマンでもあります。そんな力を『洞口依子映画祭パート2』のポスターは持っています。

 
このキー・ヴィジュアルが記念冊子にも使われ、necordでは色を変えて顔をトリミングして謎めいた雰囲気を増幅させ、さらにTシャツにもプリントされると知ったときは信じられない気分でした。
 洞口依子さんのTシャツ、ヨリコTを着て歩ける日が来るとは!!
 いろんなロックTを持っている私は、20年ほど前に自分で『ドレミファ娘の血は騒ぐ』のTシャツを作ろうかと思ったこともありました。「思った」だけなら書かないほうがいいのでしょうが、本当です。だけど公認ファンサイトを運営する身になって、慎まねばと自らを律したのです。
 しかし今回、正真正銘のご本人によるヨリコTが実現しました。私の持っているパティ・スミスTやニコTといったロックTにも負けないヨリコTです。「見る洞口」「聴く洞口」「読む洞口」に「着る洞口」まで加わりました。今後、洞口さんの出演作が上映される映画館には、春夏秋はもちろんのこと、冬だって身につけて行きます。


 そしてステッカーです。
 ポスター、Tシャツと来たら、次は缶バッヂかステッカーですが、これも実現されて嬉しいグッズでした。

 そう、物販のアイテム中、いちばん「グッズ感」があります。仮にY.DOGUCHIのタオルでも洒落として面白いけれども、ちょっと趣が異なりますし、サイン入り扇子の出番でもないでしょう。
 ステッカーは小っちゃいです。でも、そこがいいんじゃない!あのインパンクト大なポスター・アートが、このサイズで目ヂカラを放っているのが、猫がフ〜ッ!って威嚇してるみたいで可愛いし、面積に対してインパクトは薄れていません。
 ポスターがLPだとすると、このステッカーはそれをダウンサイズした紙ジャケのCD。ミニチュアをこよなく愛する日本人にはたまらないアイテムです。
 切手のように大事に保管するもよし、冷蔵庫の扉に貼りつけてお母さんに叱られるもよし。学生時代の私だったら、缶ペンケースの内側に貼って、「おっ!洞口依子やんけ!」と気づくヤツと友達になりたかったものです。
 なお、ステッカーには「YORIKONIA」の表紙のヴァージョン、洞口さんの自主レーベルStray Cat Recordsのヴァージョン、それにヨリコニア(ヨリコ王国)にふさわしい”猫釈迦”のヴァージョン(サイズ)もあります。私は全部を持ってないけど、集めて楽しいのもステッカーの醍醐味(?)ですね。

 
筆が弾みすぎてフザケた調子になってきたので、少しばかり真面目な話を。
 映画祭の渋谷と那覇の会場で物販を担当していたのは、若いヨリコニアンの女性お二人でした。志願しての採用となったようで、私はほとんど会話らしい会話もしなかったけれど、あのユーロスペースの物販の行列をテキパキとさばいてゆく姿にはオールド・ファンの胸を熱くさせるものがありました。
 お二人にかぎらず、会場でお話した何人かも含めて、若い人は私に感じ取れないアングルで『ドレミファ娘の血は騒ぐ』を受け止めるのでしょう。あまり若さへの幻想を持ち出したくないのですが、この件に関しては希望を見る思いがします。それを年配者から押しつける気はありません。しかし、自分が古い木になっていくのだなという感慨を喜ばしく味わいました。東京まで行ってよかった、と感じたことのひとつです。


☆ティーザー動画


( ↑の画像をクリックで『necord』のティーザー動画へ)

 末筆ながら、どうしても書いておきたいことがあります。
 『パイナップル・ツアーズ』『探偵事務所5 マクガフィン』の當間早志による『洞口依子映画祭パート2』と『necord』の告知ティーザー動画です。
 ポスターにしても動画にしても、テキストで文を書き散らかすだけでは及ばない領域です。が、それはテキストとヴィジュアルの差というより私個人の力量の問題です。
 視覚という点では、ポスターのみならずティーザー動画もまた映画祭への期待を促進しました。以下に敬意の念をこめて、本サイトのNEWSで『necord』の動画について書いたことを転載し、このページを終えることにします。
 ヨリコニアンのみなさま、この『洞口依子映画祭パート2』特集は読むのが面倒なページで、スマホでは読みづらかったでしょう?すみませんでした。そして、お付き合いいただいてありがとうございました。


 ”クールでスタイリッシュなインフォメーション動画でありながら、心の琴線に触れる熱いものが流れています。ファンが世界に伝えたい洞口依子像が、今回の映画祭のイメージ・カラーである紫がかったピンクとブルーと白をモチーフに(個人的に、これを”ヨリコロール”と呼んでおります)、この短い動画から浮かび上がってきます。しかも、まるで作り手が歌っているかのように血が通っていて、なんというか、愛を感じます。私は思わず「やった!!」と声をあげました。今回の映画祭にかぎらず、洞口依子さんを映画館で観たくさせる動画です。 
 たとえファンサイトで何万語の言葉を綴っても、これにはかないません。もちろんプロとアマの差。だけど、私はこれを繰り返し見て、もっと自分も洞口さんのことを「歌」いたい、「歌」わねばならない、と痛感しました。ファンサイトも長くやってるだけではダメですね。精進します。”




物販アイテムのオンライン販売がスタート!!

中野ブロードウェイのTACO che(タコシェ)で、以下のアイテムのオンライン販売が取り扱いになりました。

☆記念冊子『YORIKONIA』
☆ポスター(B2のヴァージョン)
☆レコード『necord』
☆ステッカー4種

値段など、詳細はTACO cheのこちらのページからどうぞ。




 念のため、今ご覧になっているページはファンサイト「洞口日和」です。そのメイン・ページはこちら

 この『洞口依子映画祭パート1&2』のリポートの入口は
こちら
 
 それと、作っている人間が同じなので紛らわしくてすみませんが、映画祭パート2の公式HPは
こちらからどうぞ(武富良實さん作成のパート1のHPはこちら)。