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『テクニカラー』は、30分という時間に、簡潔で含みのあるストーリーテリングがあって、とても面白かったです。
母子のマジシャンの話という題材を描くにいたったきっかけは何だったのでしょうか?
船曳監督
「今回は企画のテーマが「うそ」だったので、虚実のあわいに生きる人々を描きたいと思って、演じる人というモチーフに行きあたりました。
見世物にちょっとファンタジックな要素があって、というのでマジックを思いついて。 マジックは、嘘をほんとに見せなくてはいけないものでもありますし。
放浪する母娘が描きたいと思ったのは、女だけで寄り添って暮らしている人たちに前から興味があったからです」
この映画の制作に入る前、洞口依子さんについてはどのような印象・感想を持っていらっしゃいましたか?
「数々の映画で拝見しては、その度に感嘆していましたから、まずはとにかくファンでした。
黒沢清監督の諸作と、東京藝大院で同期だった瀬田なつきさんの『とどまるかなくなるか』の洞口さんも印象深いです」
実際にお仕事をされて、洞口さんの印象はどう変わりましたか?
「お仕事をさせて頂いてからは、ほんとうに素敵な大人の女性の方だなあと。
私の体調を気遣って下さったり、ドリンク剤をプレゼントして頂いたりして。
撮影では洞口さんのアイデアが豊富で、私が言う事もないぐらいなんですが、こうしたいと思った時に伝えると、
さっと変えて下さって、それがまたぴったりと合って。
それとやっぱり強烈な芸術愛を持った方なので、そういうお話を始められると凄いので尊敬しています。」
洞口依子さんがこれまで演じてきた役柄からすると、異色といえるものだと思いますが、洞口さんにオファーをされた最大の理由は何だったのでしょうか?
「異色と思って頂けるのは光栄です。 でも、このフィクショナルな役に説得力を持たせて、かつ魅力的に見せられるのって、
洞口さんしかいないのじゃないかしらと、制作の横手さんと話しているときに自然と思いつきました」
この作品の洞口さんは、コミカルさとミステリアスさが渾然としていて、それが作品全体と重なってとにかく楽しかったです。
あのメイクやステージでの格好なんて、今まで見たことがないですよ!
洞口さんと船曳監督のユーモアのセンスは、一致する部分が多いのでは?
「そう言っていただけるとうれしいです。 メイクとステージの格好はそれぞれ、洞口さんやスタッフと話しながら出来上がったものですが、
それも洞口さんという個性が引き寄せたものなのだと思います。 そこから洞口さんもステージでのパフォーマンスなどを想像されていかれたのでしょうし。
色々なことが互いにいい影響を与えて出来たものだと思います」
洞口依子さんとこの映画を撮られて、監督がいちばん大きく感じた手ごたえ、あるいは得たものは何でしょうか?
「まずはもちろん、洞口さんとお知り合いになれたことが一番大きいですけれど。
今回はコメディだったので、お芝居に軽快さがほしいと思っていました。
でもそれってどうすればいいかなと撮影前に少し不安に思っていたのが、初日に洞口さんのお芝居を見てすべて吹っ飛びました。
洞口さんのパフォーマンスがこの映画の屋台骨です」
マメ山田さんの出演は、00年代の日本映画ファンにはうれしい出演です。 どういう経緯で出演が決まったのでしょうか?
また、マメさんがステージングの手ほどきをされたということは、ありますか?
「これもスタッフと話していた時に思いついたキャスティングなんです。 この役にマメさんて、意外性があっていいのではと。
その時ちょうどマメさんがお稽古中だった劇団の制作と私が知り合いだったので、コンタクトを取ることができました。
ステージングの手ほどきはお願いできませんでしたね。 何か恐れ多くて。 むしろ、いつツッこまれるかと思っていたら、優しく見守って頂けました」
舞台となるミュージックパブの深紅のカーテンとマメ山田さんの存在から、『ツイン・ピークス』とジミー・スコットを連想しました。
船曳監督ご自身がデヴィッド・リンチを好まれるのでしょうか? また、よろしければ、影響を受けた監督を教えていただけますか?
「リンチは大好きです。 ただ『ツイン・ピークス』は年齢的に間に合わなくて後追いでした。
姉が持っていた『ツイン・ピークス』のビデオ・ボックスは、まだ小学生という理由で見せてもらえなくて。
ローラ・パーマーのあのポスターが世の中に出回っていたので、妄想だけが膨らみました。 リンチは『マルホランド・ドライブ』が一番好きです。
他の監督の影響は、この映画で言えば、場末のショービジネスを舞台にした映画への嗜好が出ていると思います。
『キャバレー』、ファスビンダーの諸作、フェリーニの『ジンジャーとフレッド』、ホークスの『紳士は金髪がお好き』、神代の『濡れた欲情 特出し21人』、
カサヴェテスの『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』、『ロッキー・ホラー・ショー』のラスト、挙げ始めるとキリがないですね」
昔のイギリスやフランスの艶笑劇のような、含みのあるエロティシズムが楽しい作品ですが、かと思うと後半にはナンセンスな笑いも飛び出して驚かせます。
監督はどちらの笑いに魅力を感じますか? また、今後、悲劇と喜劇ならば、どちらを作りたいですか?
「どちらの笑いも好きです。 この映画を作る前は『フォルティ・タワーズ』という元モンティ・パイソンのジョン・クリーズが作った、
ホテルを舞台にしたコメディ・ドラマを見返しました。 久しぶりに見たんですけど、大笑いして。
コメディだと役者で見ることが多いかもしれません。 この人がやってるなら間違いないだろう、と。
笑わせるってものすごく力がいる事ですから、コメディができる役者こそ名優と呼ばれて然るべきですよね。
今後は悲劇の中にもユーモアがあり、喜劇の中にもペーソスを感じる映画を作れたらといいなと思っています」
全編に様々な形で「うそ」が仕掛けられている作品ですが、物語の最大の「嘘」であるマジックのタネ明かしの行方がとても面白かったです。
これは脚本の第一稿からこうなる予定だったのですか?
「それについては考えなかったです。 マジック自体よりも、マジックをする人に興味があったので。
あるいは長編だったらやったかもしれません。 タネ明かしも含めて映画自体がトリックになっている作品をつくったら、それもまた面白くなりそうですね」
よく考えると、あの規模の仕掛けと舞台であのマジックが成功するのは、慎ましく描かれながら、じつはとんでもない天才マジシャンかもしれませんね(笑)。
脚本はかなり時間をかけられたのでしょうか?
「脚本は…、こう言うとあれなのですが、ほとんど時間はかかっておりません。
着想してから1カ月で撮影に入っていましたから、執筆にかけたのは半月もしないでしょうか。
公開時期が決まっていたので、〆切がなかなかシビアでした。 ですが書いたものには後悔していません」
ハルミのマキに対する距離の取り方が絶妙ですね。 彼女たちのマジックの内容と重ねると、最後のハルミの表情は想像力をかきたてます。
「ハルミは常に前を向いて生きる女性なんですよね。 ハルミはマキが自分から離れていかないように色々とウソをつき重ねていたけど、
心のどこかで、娘が自分のように自由に生きることを望んでいたのかもしれない。
親の子に対する心情ってアンヴィヴァレントなのだと思います」
最後に、タイトルの「テクニカラー」とは何を指しているのでしょうか?
「テクニカラーは、カラー初期に全盛した染色方法で、今は使われていません。
昔の映画を見ると、誇ったように”Technicolor”とクレジットが出てきます。 それをハルミとマキの生き方の時代錯誤ぶりに重ね合わせてみました。
失われた技法と思っていたんですが、先日シネフィルの某監督から、中国にフィルムを送れば今でも出来ると聞いて。 何だか心が暖まりました。
この映画もテクニカラーのようにカラフルに観客を魅了する作品になればといいなと思います」
(2010年2月 メールによるインタビュー。 船曳監督、「桃まつり」準備などのお忙しい中をありがとうございました!)
*洞口依子さんが『テクニカラー』を語るインタビューはこちらです! |