女タクシードライバーの事件日誌4』(2009年)

(当サイト「洞口日和」は、洞口依子さんを応援するサイトです。
この解説は、依子さんを中心に語るもので、いわゆる番組解説とは趣旨が異なります)


余貴美子さんの女性タクシードライバーが出会う人間模様を綴ったシリーズです。
収録は2007年の終わりごろ。

山形から末の息子の結婚に合わせて上京する老夫婦と、その子供たちをめぐる事件で、
長男の大学助教授が光石研さん、依子さんは長女の会社社長、そして末っ子の自動車整備士が萩原聖人さん。
これだけでも、洞口依子ファンには後光が差しているかのような顔ぶれです。
さらに両親役(織本順吉さんと高田敏江さん)も、織本さんは『からくり人形の女』の資産家の爺さん役ですからね。

依子さんの演じる長女・由美子は、雑誌にインタビューが掲載されるほどの成功者です。
「ろくでもない人生を送ってきた」末っ子のことは問題外で、大学勤めの兄のことも、
出世のために婿入りした身の施しかたを小馬鹿にしたようなところがある。
彼が弟の尻拭いに奔走してきたことも、「甘い」と突き放して見ている。
田舎には電話の一本すらよこさず、母から「上京の折に会いたい」と連絡があっても、
「いま忙しいから」「会社に来られるのは困る」とにべもない。

最初に登場するのは、会社の中です。オフィスの、会議室へ続く通路をまっすぐに歩いてくる。
母からの電話を適当にあしらいながら、社員が目礼しても返しもしない。そして、上記のような母への応答ぶりです。

この構図は次に彼女が登場する場面でもそっくりなぞられていて、
弟が殺人犯として追われ、心労で倒れた老父の休む病院の廊下を、やはり電話をしながら歩いてきます。
先の場面とのちがいは、電話の内容が仕事関係で、病院が家族の集まっている場であること。逆写しですね。
そしてこの反転しあった設定を貫くような彼女の変わらない低温感に凄みがあります。

ストーリーは、余貴美子さんの女タクシードライバーを狂言まわしに、
焦点を末っ子から、(織本さんと高田さんが圧倒的な説得力で演じる)老夫婦へと移してゆき、
影の主人公である長男にそのフォーカスを当て、もう一度両親の像に返って終わります。
この焦点の切り替えがスムーズなので、とても見ごたえがありました。

そんな中で、由美子の存在感は比重が大きくないはずなのですが、
見終わって彼女の印象が意外に鮮やかに残っている大きな理由は、弟の葬式の場面にあると思います。

このシーン、弟の棺に泣き崩れる兄の姿を、由美子は兄から一歩さがった位置で眺めています。
ドラマの内容によっては、依子さんのこういうカットは、彼女が事件の重要関係者であることを
暗に(でもないか)視聴者に示す働きを持つことが多いです。
このドラマではどうか。
ストーリーが、ここを境目に、「末っ子と両親」の物語から「兄と弟」の物語へと徐々に変わっていくんですね。
そこにいるのが、彼女の存在です。
依子さんならではの曇った曖昧な表情が、視聴者の視線を弟から兄へ切り替えさせる。

その直後、焼香の場面で、さらにもうひと押しあります。
弟の婚約者が仕切るささやかな葬儀の進行するなか、カメラが親族一同の座っている姿をずっと追っていきます。
それが行き着く果てが、やはり由美子のふてくされたような表情のアップなんです。
「苦々しい」という表現がもっとも近いでしょうか、納得がいかない気持ちを、弟の婚約者の顔を立てて抑えている、彼女の顔。

これが何を生むかというと、これまで老夫婦と子供たちの間の距離が描かれていたドラマの中に、
もうひとつ、じつは長男と周囲との間にもある距離をさらし出します。
影の主人公がここにいることを示す、とても重要な表情なんですね。

長男が刑事の質問を受けた直後、「心証は、クロだな」と刑事どうしで彼をマークし始める場面がありますが、
葬儀での由美子の表情は、そのやり取り以上に、長男に対する視聴者の心証を左右してしまいます。
彼女の顔のアップひとつで、サスペンスの磁場が生まれる瞬間でした。

そこからの展開では、彼女の存在は取り扱いが難しいようなところも窺えて、実際、事件が解決するまで現れません。
そして解決後、それぞれの人物が万感の思いをこめてたたずむ姿を一人ずつとらえていく部分で、
高層ビルの一室から都会の夜を見下ろす由美子の姿というのもまたあるんですけど、
そこはちょっと全体から浮いちゃったような感じがしました。

でもその後、山形の家の庭で、お父さんが幼い日の子供たちを幻に見るエンディングで、
はじめて子供の頃の彼女が兄や弟と仲良く遊んでいる姿が映って、
その和やかな光景への橋渡しとしては、また絶妙におもしろい効果があるんですけどね。

というよりも何よりも、依子さんが最後にもう一度出てきて、私は嬉しいんですけどね。


2009年3月9日(月) 21:00〜22:54 
TBS系列「月曜ゴールデン」枠にて放送

猪崎宣昭 演出
瀧本智明 脚本

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(サスペンス作品での依子さんのデータバンク→「依子がサスペンス! 」のコーナー)

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