〜洞口依子 出演作品解説〜 |
『猫侍(映画版)』(2014年) |
涙で画面がかすむほどだった『飛べ!ダコタ』から一転、『猫侍』の洞口依子さんはコメディで楽しませてくれる。
洞口依子さんが大の猫好きであることはファンのあいだではよく知られていることで、雑誌の『猫びより』(2009年9月号)などにもその愛猫家ぶりが紹介されたほど。
映画版『猫侍』で洞口さんが出演すると聞いたとき、ストーリーをよく知らない私が反射的に思い浮かべたのは、縁側で猫の蚤取りをしながらうたた寝をしてしまう洞口さんと、
それにあきれた視線を送りながら大あくびをして傍で丸くなる猫、という図だった。
近作でいうと『パンドラの匣』でのお母さん、もっと古い作品なら『ニンゲン合格』のときのような、つかみどころのないフワフワした雰囲気を醸し出す洞口さんをなんとなく想像していた。
ドラマ版のほうを見ていないので比較はできないのだけれど、映画版の『猫侍』は主人公の斑目(まだらめ)久太郎を演じる北村一輝さんと猫の玉之丞、それに久太郎の妻子を演じる
横山めぐみさんと岩田月花さん以外はドラマ版とは異なるキャストで、ストーリーも映画用に作られたものらしい。
それぞれに犬と猫を溺愛する二つの一家が対立していて、この抗争に貧乏浪人の久太郎が巻き込まれてゆくのが映画版の大筋。
洞口さんは「猫」側の女中頭・白滝の役。
私が思い描いていたようなのんびりしたものとは正反対のヒステリックなキャラクターで、少しでも気に入らないことがあると布団叩きを振り回してペシペシと人に当たり散らす。
これまでも険のある人物は数多く演じてきたけれど、ここまでドライに、それもコミカルに見せることはあまりなかったと思う。 撮影中、洞口さんの布団叩きの音に猫が驚いて何度も逃げたらしい。
「猫」側のこの一家には若頭の津田寛治さんもいる。 「犬」側のほうが見るからに獰猛な強面が目立つのに対して、「猫」一家の津田さんと洞口さんの存在はピリピリと空気を引っ掻くようだ。
ここに洞口さんが苛める蓮佛美沙子さんの女中・お梅が加わるとさらにおもしろい。 意地悪するときの洞口さんの表情が、フゥーッと威嚇するときの猫そっくりに見えるのだ。
蓮佛さんの顔立ちが犬っぽいのでよけいに好対照なのかもしれない。
そんなことに気づくようになってから、洞口さんが出てくるとどうしても猫のイメージがダブる。 きっと私の受け取りかたに問題があるのだろうけど、お話とはべつのところで可笑しかった。
この一家の女中頭をつとめながら、白滝の猫に対する愛情はほとんど感じられない。
私が好きなのは、玉之丞の縁談相手の飼い主にしずしずと替え玉の猫を運んでくる場面。
その持ち方、抱え方、差し出し方に、猫との距離感だけでなく、彼女の小ずるさと卑屈さがにじんでいて得も言われぬユーモアがある。
さらに背中を丸めて平伏するさまは、やはり猫のしぐさを連想させるではないか。
そんな印象もあって、後半また彼女がお梅にきつく当たるところは猫パンチを繰り出す猫のようにも映る。
そうやって考えると、これは山口義高監督か洞口さんの意図的なもので、『芸術家の食卓』(1989年)以来の洞口依子さんによる猫の化身なのではないかという気さえしてきた。
登場しただけで独特の倦んだ雰囲気を漂わせるのも私のようなファンにはうれしいし、久しぶりに不機嫌な洞口依子を観たいという人も喜ぶと思う。
監督 山口義高 |