2020年3月18日 洞口依子さんお誕生日特別企画
洞口依子さんの出演映画ベストテン

 洞口依子さんの出演映画から、私の個人的な思い入れを基準にベストテンを選んでみました。ドラマもたくさんあるのですが、ここでは映画にしぼります。
 先におことわりしておきますと、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』は選出対象から外してあります。あの映画は私にとってはヒヨコが最初に目にして親だと思いこむ生きものに近くて、冷静に対処できる作品ではないのです。勘弁してください。よって、ドレミファ以外のソラシから選んであります。
 また、ランキング結果と作品の優劣は関係ありません。順位づけは私が洞口依子ファンとしての目線で感じるさまざまなポイントに基づいています。
 ただ、結果的に独自の魅力を持った作品がそろったと思います。そして、作品がユニークであればあるほど、演じる洞口依子さんも輝いています。なかなか鑑賞できる機会のない作品もありますが、ここに挙げた10本はどれも映画としてお薦めできるものばかりです。
 では、10位から発表します。(ドラマのベストテンはこちら です)

10.ウクレレ Paititi The Movie(2009年 原口智生監督)
 洞口依子さんはウクレレ・プレイヤーでもあり、パイティティというバンドに参加してCDもリリースしています。この映画はそのパイティティの活動を追ったドキュメンタリーです。
 洞口依子ファンはこれを彼女のバイオグラフとして見ることができます。音楽を愛する女優さんがウクレレという楽器に出会い、自身が闘病を余儀なくされる中でウクレレに癒され、今度はウクレレの魅力を演奏で伝える。ライヴをおこない、沖縄の街角を演奏しながら練り歩く姿は、ずっとスクリーンやテレビの画面の向こうに彼女を見ていたファンにとっては嬉しい驚きです。彼女の闘病経験も、人との出会いも、音楽を奏でる洞口さんと仲間たちの笑顔と混ざり合って、すべてがウクレレの弦をはじくようにポロンと鳴ってこぼれ出す作品。生きて音楽をたのしめるとはこんなにもステキな事なんだと、軽やかに教えてくれる一本です。


9.一万年、後・・・・。(2007年 沖島勲監督)
 短い登場時間で強烈な印象を残す、それも作品全体が激しく歪むくらいに。洞口依子さんをスクリーンで見る楽しみには、そんな”映画の謎”に直面するスリルがあります。
 沖島勲監督の『一万年、後・・・・。』はその代表みたいな作品です。一万年後という常人には考えつかない設定があって、でも画面に見えるのは日常的な空間で、でも会話の端々が奇妙にねじれていて、そんな世界に突然現れるのが洞口さん演じるお母さん。彼女の姿が部屋の壁に映し出される瞬間は観客を戸惑わせます。カメラを見据えて、息子(それが阿藤快さんというのも言葉では言い表せない不思議さ・・・)に向かって小言をたれたと思うと、子を案じる親の心を静かににじませて消えていく。
 見てない人には何を書いているのか、わからないかもしれません。見た私もよくわからない!だけど、洞口さんが登場する短いシーンには、現実を超えた映画の時間のミステリアスな一閃があります。それは『一万年、後・・・・。』という作品のユニークさと無縁ではありません。
 一万年後の世界では、”映画”を意味する言葉は”ヤメトケ”なのだそうです。『一万年、後・・・・。』の洞口さんには、”ヤメトケ”に対する監督のユーモアと本気が交錯しています。


8.マルサの女2(1988年 伊丹十三監督)
 光る少女。『ドレミファ娘の血は騒ぐ』で実験台の上に拘束された洞口依子さんの股間から光を浴びた伊丹十三さんが、監督として彼女に光を浴びせて登場させるのが『マルサの女2』です。公開当時、この輝きにハートを射られて呆然としたというファンの方がいます。むべなるかな。
 私もその光に目がくらんだ一人であり、また三国連太郎さんとのお風呂のシーンをスクリーンが焦げるほど凝視した者ですが、それ以上に魅了されたのは記念写真の場面。身重の体をオーバーオールに包んでソファの上を乗って歩く、そのピョンピョンした洞口さんのステップに、なにかものすごく楽しいものを見せてもらっているワクワク感をおぼえました。
 あれはいったい何だったんだろう。人が動いているだけなんです。でも、なにかが確実に違っていました。その後、『マルサの女2』を何度も見返して、同じ”ソファの上を歩く洞口依子”に特別なものを感じるのでした。あの動きが好きだった。そうとしか言えません。彼女はそんな一瞬のちょっとした動きを特別なものにしてしまうんです。


7.ニンゲン合格(1999年 黒沢清監督)
 歌う女優。ウクレレを弾く女優。そして、キックボードに乗って登場する女優。『ニンゲン合格』での洞口依子さんは、この3つの要素をともなって出演しています。
 ここで彼女が演じるミキという女性は本筋のストーリーラインに深く関わっているわけではありません。主人公・豊とフンワリと出会いますが、人物像はほとんど明らかにされない。主人公との間になにがしかの影響があるような、ないような、そこも判然としない。でも、『ニンゲン合格』の温度には作用しています。映画的な自由を感じさせる存在。
 私はこんなふうに解釈しています。主人公の豊は病院で十年眠り続けて、目をさましたらそこが黒沢清監督の映画の中だったのです。そこに現れたミキは黒沢組の先輩なんです。だからあんな唐突な登場の仕方なんですよ。で、ミキはところどころで黒沢ワールドに慣れない豊の様子を見に来て、ウクレレを弾いてあげたりライヴに招待したりしてあげるんです。
 ここでの洞口依子さんは、彼女自身と作中の存在とを出入りしているように見えます。キックボードに乗ったりウクレレを弾いたり歌ったりする彼女は、ほかの登場人物の誰よりも自由でつかみどころのない、映画の妖精です。夢の人です。


6.飛べ!ダコタ(2013年 油谷誠至監督)
 終戦直後の実話を基にした人間ドラマです。佐渡島にイギリス空軍の輸送機が不時着します。地元の人々はイギリス人への憎しみや不安などを抱えながら、彼らの飛行機が故郷へと旅立てるよう、力を合わせます。洞口さんが演じるのは、息子の復員を信じて待つ母親の役です。
 この映画を上映していた劇場で、私の近くに座っていた男性が泣いていました。おもに、それはベンガルさんと洞口さんの演技に対してでした。とくにベンガルさんが「通訳はいらん!何を言っているのか、わかる!」とイギリス人と固く握手するシーンと、洞口依子さんが息子の戦士の報せを受けて慟哭するシーンではハンカチに顔を埋めていました。
 私は彼女の演じる母親が息子の帰還を少しも疑わずにいる笑顔を見て、物語の展開よりも先に涙ぐんでしまいました。その笑顔が無垢で、信じることの安らぎに満ちていたからです。
 デビュー時には”新人類”の若者の一人に分類されたりもして、風変りな女の子の役が多かった洞口依子さんが、戦争で子供を失う母親の悲しみを演じている。真っ暗な部屋で泣き崩れている。この映画での洞口さんを見るファンには、そんな時間の重みもまた役柄の上に自然と加わります。そして、2013年にこういう洞口さんを見れて本当に良かったと思えるのです。



5.テクニカラー(2010年 船曳真珠監督)
 この作品は30分の短編で、映像ソフトでは入手できないのでベストテンに入れるべきか悩みましたが、それでも洞口依子さんが痛快な一編ということで外せませんでした。
 コミカルな味の作品です。洞口さんが笑いのパートの大半を担っています。サスペンス・ドラマでの翳のある女性像しか知らない人が見たら、ビックリするでしょう。 
 けれども、もともとナンセンスなコメディが好きな人でもあって、ドラマだと『さむらい探偵事件簿』の時もそうでしたが、洞口さんがチャキチャキにはじけています。しかも色っぽいし、最後にちょっとだけ覗く乾いたペーソスもたまらない。
 さらに、役がマジシャン母娘のお母さんでして、舞台でパフォーマンスを見せてくれます。いろんな人物を演じてきた洞口さんですが、これは初めての役でしょう。
 私としては、オープニングで歩く洞口さんの姿に惚れ惚れします。街の風景も彼女に道を開けて通すカッコよさ。ジャンルはまったく異なりますが、『グロリア』でのジーナ・ローランズの役を洞口さんに演じてもらいたくなりました。


4.部屋 THE ROOM(園子温監督)
 洞口さんの演じる人物には、現実離れした役柄が多々あります。この『部屋 THE ROOM』もそうで、不動産会社のカウンターでこんな声の小さい人はいませんし、こんな表情のない人もいません。
 ところが、極限にまで抑えられた声と表情が、現実とはべつの、表現のリアルとなって彼女から目を離せなくさせるのです。で、離せなくなった視線の先でどういう行動をとるかというと、たとえばお客さんを物件に案内する際に乗った電車で、お客さんから離れたシートに座って、なんとウォークマンを取り出して聴くんです。このシーンはアドリブなのかどうか(たぶんアドリブでしょう)、とにかく目を疑う衝撃的な展開です。
 そうした無愛想で無頓着な様子が、スタイリッシュな白黒の画面の中で神々しく光輝くのがこの女優さんのワン・アンド・オンリーなところ。彼女が突き離せば突き離すほど、ファンは「俺もあの電車に乗り合わせたかった・・・」と呟いてしまいます。ファンはというか、私がですね。一般化してすみません。


3.カリスマ(2000年 黒沢清監督)
 旅人に謎をかけて奈落に引きずり込む妖精のような、もしくは謎の笑いだけを残して消え去るチェシャ猫のような、プリーツ・スカートをひらひらさせながら纏わりつく小悪魔です。
 とにかく、一挙手一投足が何を考えているのか杳として知れない。この作品の舞台となる森の霊気が人の姿を借りたようでもあるし、自然の悪意の象徴のようでもある。迷い込んだ先でこんな女性に出会ったら弄ばれて今までの自分ではいられなくなります。
 白昼の森の中、役所広司さんに謎めいた笑みと言動で近づく。人を見る目のあの冷たさと強さ。観客は自分が見られているのでもないのに串刺しになります。
 串刺しといえば、あの最後です。腕をのばしてパタパタと動かし、電池が切れた玩具のようにスゥッとこと切れる。見事な座り往生です。見終わったあとも、洞口さんの得体の知れない笑みから逃れることができません。私も森で出会って翻弄されたい!


2.勝手にしやがれ!!英雄計画(1996年 黒沢清監督)
 これは『勝手にしやがれ!!』シリーズの最終作で、ほんとは全話をまとめて2位としたいところなのですが、洞口さん演じる羽田由美子の魅力をこの「英雄計画」に代表させました。
 このシリーズでの洞口さんの役柄は”食えない女”です。油断も隙もないうえに、遊ぶように人を使う。それはシリーズ全作に通じることで、「逆転計画」でなぜか和装で現れる洞口さんなんかもイイのですが、「英雄計画」ではそうした羽田由美子の遊びの余裕が萎んで空虚となったところで終わります。文字通り、彼女がエピローグのピリオドを打つのです。
 「英雄計画」の羽田由美子は、ほかの「〜計画」でのように茶々を入れることもなく、最後は退屈と倦怠のうちに力なくテーブルに伏してしまいます。黒沢作品でおなじみの風がそこにサッと吹きつけます。
 洞口依子さんは放心や脱力を鋭利な美しさで表現する女優です。心ここにあらず、彼女の力がぬけて空虚に近づいていくとき、きっと神様が喜んでおられるんじゃなかろうか。いや、神様がオーヴァーだとしても、それを撮りたい映画監督は多いはずです。そこに何か、カメラを通してでなければ表せない、映画館の暗闇の中で咲くものがあるからでしょう。「英雄計画」での彼女はその意味でも素晴らしいし、作品自体も予測のつかない展開でシリーズを裏切り、同時にシリーズに最高の決着をつけています。


1.探偵事務所5 Another Story File7 マクガフィン(2005年 當間早志監督)
 私の選ぶ”洞口依子 出演映画ベストテン”の1位はこの『マクガフィン』です。
 これはインターネット・ムーヴィーとして公開された作品です(のちにDVDソフト化)。洞口依子さんと沖縄の映画仲間が、がんとの闘病から復帰したばかりの洞口さんを主演に、沖縄で作った短編。そしてそのことが本作に掛け替えのない温もりをもたらしています。
 当サイトは『洞口旬報』でもなければ『洞口秘宝』でもありません。洞口依子さんのファンサイトです。そんなサイトを続けている者にとって、この『マクガフィン』には洞口さんのほかの出演作とはべつの重みを感じます。別の場所、と言ったほうがいいかもしれません。
 復帰後の洞口さんが昔だったら考えられなかったライヴやイヴェントを開くようになったターニング・ポイントも、『マクガフィン』とパイティティと著書『子宮会議』の発表にあります。この映画が産み落としたものは、ファンにとっても大きいのです。この作品があったから、私もこのサイトを立ち上げる気持ちになれました。今でも『マクガフィン』での洞口さんには、近寄りがたい神秘的な存在が声をかければ届きそうな距離で安らぎに包まれているような、独特の幸福感をおぼえます。この洞口依子さんを見れたこと、そしてそこからの時間が今も続いていることにファンとして感謝したいくらいです。
 フィクションでありながら、フィクションではないものがいっぱい入っていて、そこに感情移入しながら、やっぱりフィクションに救われる。それが『マクガフィン』です。小さな規模の映画はあっても、小さな映画なんてないんだ、そんなことを教えてくれます。


1.探偵事務所5 Another Story File7 マクガフィン(2005年 當間早志監督)
2.勝手にしやがれ!!英雄計画(1996年 黒沢清監督)
3.カリスマ(2000年 黒沢清監督)
4.部屋 THE ROOM(園子温監督)
5.テクニカラー(2010年 船曳真珠監督)
6.飛べ!ダコタ(2013年 油谷誠至監督)
7.ニンゲン合格(1999年 黒沢清監督)
8.マルサの女2(1988年 伊丹十三監督)
9.一万年、後・・・・。(2007年 沖島勲監督)
10.ウクレレ Paititi The Movie(2009年 原口智生監督)

 泣く泣く選外にしたものも多数あります。10本なので篩にかけねばなりません。優劣ではなく、自分の現時点での温度を目安にしました。こういう場合、通常のベストテン選考では「結果には文句を言わないように」と書くものですが、ファンのみなさんはどうか私のベストテンにイチャモンをつけてください。そして、「『タンポポ』や『CURE』を落とすとはどういう料簡だ!」「なにもわかてないな、こいつは!」などと怒って、ご自身の10本をじゃんじゃん語ってください。
 じつは私も洞口依子さんについてはわからないことだらけです。当サイトを立ち上げた時点では、(高慢にも!)”通”を自負してそれを原動力としていたところもあったのだけど、浅はかな考えでした。彼女の魅力を言い当てる言葉を、まだひとことも掴めていません。
 しかし、こうして出演作を振り返るに、私にとっての洞口依子さんは、自分の内側と外側を同時に旅するような感覚を与えてくれる女優さんなのだなと思いました。彼女がスクリーンに現れると、まるで自分が異郷で異星人になってしまったような気分にもなれば、自分の心の奥底を露わにされる気分にも陥る。画面がブルブルと震えているみたいな、なんとも不思議な心地を味わうのです。『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』しかり、『酒井家のしあわせ』しかり、『およう』しかり・・・。
 もちろん、ファンだからです。けれど、そのファンである理由は簡単に言葉にならない謎に満ちています。私としては、これからも洞口依子という水平線に向けた巨大な疑問符であり続けたいと思います。
(ドラマのベストテンはこちら です)



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洞口日和