2021年3月18日 洞口依子さんお誕生日特別企画
洞口依子さんの出演ドラマ ベストテン〜王道編&贔屓編

 昨年の3月18日に私の選ぶ「洞口依子さんの出演映画ベストテン」を発表しました。今年はそのドラマ編です。
 映画も本数が多くて悩みましたが、ドラマはもっと多い。選べない。『ソフィーの選択』級の難問でした。どう絞っても30本から先に進めません。誰に頼まれたわけでもないのに、「あ、いや、そこをなんとか」「ご無理を承知で」などと、自分で自分に懇願してランキングから外したりするうちに胃が痛くなりました。
 そこで、苦肉の策ではありますが、<王道ベストテン>と<贔屓ベストテン>の2種類を作成しました。
 だったら10と10を足して<ベスト20>の形で発表すればいいではないか、と思われる人もいるでしょうが、<贔屓ベスト10>は11位から20位までに相当しません。こちらはこちらで1位から10位。ただし、私の個人的な贔屓を重視した10作なのです。

 なお、宮田吉雄さんが演出されたハイヴィジョン初期のアート作品『芸術家の食卓』『陰翳礼賛』については、見る機会があまりにも少ないので今回は対象外としました。2009年の『洞口依子映画祭』での上映はホントに貴重でした。やはり宮田さんが手掛けられた旅番組『日本が知りたい』も洞口さんの存在がユニークだったのですが、視聴できる可能性はさらに低いでしょう。『芸術家の食卓』と『陰翳礼賛』にはベストテンとはべつに金猫賞と銀猫賞を謹んで差し上げる次第です(『芸術家の食卓』での洞口さんは猫の化身でしたね)。
 順位に関しては心許ない部分があります。この作品とこの作品のどちらが優れているとか、明確な根拠は自分でもわかっていません。<王道>の中に<贔屓>を入れたりもしています。でも、洞口依子さんのファンサイトとして自信をもってお薦めできるドラマばかりです。
 では、そんな洞口ドラマの<王道ベストテン>と<贔屓ベストテン>の計20本を2週に分けて、カウントダウン形式で発表いたします。まずは代表作が並ぶ<王道ベストテン>から。

<王道ベストテン>
<王道ベストテン>第10位  『時にはいっしょに』(1986年10月16日〜12月25日放送) 

 これと『風少女』のどちらを選ぶか、最後まで悩みました。どちらも『土曜倶楽部』が始まる前後の1年の作品で、片方を選外に落とすには忍びない。が、今回は昨年見直したというだけの理由で『時にはいっしょに』を選びます。

 まあとにかく、久しぶりに視聴しまして、アイドルとしての絶頂期にあった南野陽子さん、俳優業を引退されたのが惜しまれる角田英介さん、まだ19歳だった坂上忍さん、「愛だろ、愛っ」より遥か前の非モテ男子を演じる永瀬正敏さん、彼らの青々とした眩しさに驚きました。劇中に出てくるマクドナルドの紙袋に、白地に黄色の昔のロゴを見つけたのと同じくらいに。
 洞口依子さんの印象はさほど大きく変わりません。もちろん、それは私がファンだからですが、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』でデビューした翌年のこのドラマにして、すでに現在の洞口さんに通ずるものが確かにあります。ブレてないのです。

 ここでの役は高校生の角田英介くんと出会って、彼からの好意を受けたりかわしたりしながら坂上忍さんといい仲になる、小悪魔的な女の子、比呂子です。いい加減なように見えて、案外と人情の機微を理解していて、最後は人間関係のもつれをなんとなく上手くまとめたりします。ちょっと厄介だけど悪い子ではない。
 彼女も地方出身者で、アパートに一人で暮らしています。壁には「シリアス・ムーンライト・ツアー」の時のデヴィッド・ボウイのポスターが貼ってあり、積まれている雑誌は『ロードショー』のようです。つまり、田舎で学生時代を過ごして、洋画や洋楽をライトに楽しむうちに都会に憧れて出てきちゃった若者なんですね。『レッツ・ダンス』の頃のボウイと『ロードショー』というのは、ミッド・エイティーズにやはり田舎で暮らす若者だった私にはわかりすぎるくらいにわかる趣味です。

 洞口さんの演じる比呂子も若者らしい悩みを抱えて、それでも親の世代にはない浮力で自分なりに泳いでいきます。
 いま見ると、そんな比呂子が同じ時代の空気を呼吸した仲間に見えてきます。ホームドラマの物語の上に登場するから、というのもあるでしょう。でも、洞口依子さんがイキイキと演じているこの役は、まるで当時自分の周りにいたかのような錯覚をおぼえます。ああ、こんな子に振り回されたかった青春でした。 
<王道ベストテン>第9位  『私は悪女?』(1994年11月21日放送) 

 これも傑作でした。<王道ベストテン>に選ぶには視聴できる機会が少ないのですが、見たあとの充実感には<王道>の風格を感じます。
 まず清水紘治さんをめぐる夏木マリさんと桃井かおりさんの対決が前半を占めます。たいへんな圧迫感でありシアター感です。

 すごいものを見たなと思っていると、物語は前半で一歳だった女の子が成長して大阪の街を歩いています。これが洞口依子さん。シアター感は薄れて庶民的な風景に溶け込み、カジュアルでもある。そして、その庶民的でカジュアルな空気の中で、この娘がいとも簡単に自転車のチェーンを盗み、怪しげな店でそれを換金するんです。
 さらに、北村総一朗さん演じる優しいお爺ちゃんと出会い、親切につけこんで金を無心し続け、翻弄して落としてしまいます。

 それらを「生活のための仕事」とでも言わんばかりにサラリとやってのけるのですが、彼女の表情にヘッドライトの光を横切らせたり、格子戸の向こうに顔を映したり、彼女の前に降る雨が棒のように縦縞を作ったり、罰のイメージが映像的に重ねられています。
 この娘の無意識の罪深さには自然体の魅力すら感じられて、「いかん、いかん」と首を振りながらも目が離せない。やがてタイトルの『私は悪女?』につけられている「?」にたぶらかされてしまいます。救いのない話ではあるけれど、何かとても良いものを見せてもらっているような眼福をもたらす罪なドラマです。

 オンエアの前日、関西テレビの『紳助の人間マンダラ』に洞口さんが出演し、島田紳助さんと以下のような会話がありました。
 「見るからに悪い女やぁ」
 「ちがいますよ!」
 「一週間いっしょにおったら、ボロボロにされるね」
 「そんなことないですよ、私はいいモンなんですよ」
 「ドラマがあるんですって?」
 「そうなんですよ。『私は悪女?』っていう・・・」
 「あなたの物語ですか?」
 「ちがいます!」
 「ドキュメンタリーなんでしょ?」
 「ちがうんです!私が演じる女の子もホントは悪女じゃないんですよ」
 「あ〜、あなたがホントは悪女なんですか」
 「ちがうって!」
 
<王道ベストテン>第8位  『愛という名のもとに』(1992年1月9日〜3月26日放送)

 このドラマが放送されていた1992年の2月か3月、出勤時の駅のホームで、OLらしきお姉さん2人がこんな言葉をかわしていました。
 「も〜、則子は純なんかと別れてチョロとくっついたらええねん!」
 「わたしは純みたいな人を支えてあげたいわぁ」
 詳しい内容は忘れましたが、だいたいそんな会話でした。朝、駅で出会うや、挨拶がわりに前の晩に放送されていた『愛という名のもとに』の感想を話していたんです。
 則子は洞口依子さん、純は石橋保さん、チョロは中野英雄さんが演じていた役でした。
 このドラマは最高視聴率が32%を超えるヒット作となりましたが、そうした数字よりもこんな会話を日常的に耳にすることで人気のほどを実感したものです。また、仕事仲間や友人をドラマの登場人物に当てはめると誰だろうか、なんておしゃべりに私も参加したことがあります。

 ここで洞口さんが演じる則子はごく普通の若者です。これといって秀でた特技もなく、なんとなく仲間の輪の中にいて、素直に笑ったり泣いたりしています。自分のことを自分で決められなくて他人を頼る意志の弱さもあるし、少なくともそれまでのキャリア初期に洞口さんが演じてきたような新人類とも小悪魔とも違う、どこにでもいそうな若者なのです。
 『ドレミファ娘の血は騒ぐ』で洞口依子さんを知った私は、彼女のこの役柄に戸惑いました。もっと”エキセントリックで非日常的な洞口依子”をみたい気持ちが強かったのだと思います。
 けれども、回が進むにつれて、この則子というキャラクターに感情移入するようになりました。どこにでもいる則子は、どこにでもいる若者だった私に近かったからです。優等生にも不良にもなれずに、意志の弱さが災いして迷ったり躓いてばかりいる則子。いつも友達の輪に加わっているそんな彼女が自分の人生を歩き出す、それは『愛という名のもとに』の重要な骨子でした。
 ここでの洞口さんは、多くを持ってはいないけれど一瞬一瞬を懸命に生きようとする人を、ありったけの感情を注いで演じています。その笑顔も涙も、いま渡されたばかりの真っ白い紙に素手で塗りたくるように、痛々しいほどの純粋さを溢れさせています。そこに人間の血が通い、則子の弱さが輝いていました。

 この青春群像劇では、登場人物の一人一人が自分を主役とする物語を持っています。則子もチョロもそうでした。加藤善博さんが演じたチョロの上司もそうでした。そしてそのことは『愛という名のもとに』が視聴者に伝えるメッセージでもありました。
 則子はこの物語を生きていたし、洞口さんも則子を生きたのだと思います。このドラマを見ていたたくさんの人たちも、そこから受けた感銘を忘れずに、今までを生きてきました。本作に洞口さんが則子役で出演したことをファンとして誇らしく思います
 
<王道ベストテン>第7位  『北の国から ’89帰郷』(1989年3月31日放送) 

 泥のついた2枚の1万円札。前作『北の国から ’87初恋』のラストに出てきた、シリーズ中でも人気の高い小道具です。東京に出てきた純くんは都会に染まりかけるのですが、お父さんのくれた1万円札には手をつけずに持ち歩いていました。しかし、遊びたい盛りの男の子ですから羽根をのばします。
 洞口依子さんが演じるエリは、そんな純くんが出会った不良少女です。素朴でヒネたところのない純くんに、彼女の周りにいる男たちにないものを感じ取ったのでしょう。喫茶店で少しずつ心を通わせ、ボートの上で体も通わせようとします。が、純くんに拒否された挙句、水に落ちて失敗。

 ここまでの展開で、エリが欲望を持った若者として描かれているのが素晴らしいと思います。彼女はハッキリと純くんの体を求めて迫るのです。2人が何もないままに友情と恋の間を進んでいくのではなく、一度は性を意識した行動でぶつからせているのがいい。
 ボートの上でのエリはそれまでのクールさを放り出して無我夢中で純くんに襲いかかります。手練手管を心得ている女の子に見えていたエリが、まるで高校生男子みたいに押しの一手でガッツいてくる。そこに彼女の、遊んでそうで遊べない気質がのぞくんです。水に落ちて泣き叫ぶエリの姿は、みっともないんだけど憎めない。

 後半で、エリは純くんが手離した1万円札を一緒になって探しまわります。失くしかけたイノセンスを取り戻そうと、純くんに寄り添って必死に歩きまわるんです。
 それにしても、なぜ作り手はこの少女に汚れを与えたのでしょうか。
 1万円札に泥がついていたからです。お父さんの手の泥がついて、他人の目には汚れた紙幣に見えても、純くんにとっては掛け替えのない宝物だった。
 そんな宝物をともに探す役目は汚れのない人間にはつとまりません。泥水をすすったことのない者には。純くんに迫って失敗し、醜態をさらしたエリには泥のついた1万円札を追いかける資格があったんです。
 本作での洞口依子さんはエリという少女の寂しさと包容力を人肌の温もりをもって表現しています。ボートから落ちたときのエリと街を歩きまわるエリから、泥だらけの中に光る清らかさが伝わってきます。
 
<王道ベストテン>第6位 『思い出トランプ』(1990年9月21日放送) 

 洞口さんが出演したほかの向田邦子ドラマ(久世光彦・演出)、『女の人さし指』と『響子』もあわせて必見です。そのすべてをベストテンに入れるべきなのでしょうが、さすがにバランスに欠いた結果になるため、この『思い出トランプ』に代表させることにしました。

 『朝日ジャーナル』の1985年12月20日号で筑紫哲也さんのインタビューに応えた際に、洞口依子さんは『女の人さし指』の台本読みを終えてきたところだったようです。「(久世さんに)早速、怒られました」「絶対、私は嫌われてます」などと率直に弱音を吐露しています。
 そのような経緯を誌面で読んでいたものですから、どこで怒られたんだろう?との興味も捨てきれずに『女の人さし指』を見ました。

 『思い出トランプ』はその5年後の作品です。役柄も『女の人さし指』での少女から大いに変わっています。田中裕子さんと小林薫さんの夫婦、小林さんの母・加藤治子さん、この3人の織りなすピリピリした関係性をややこしくさせるのが、洞口さんの演じる小林さんの愛人・トミ子。
 これが田中裕子さんとは対照的にルーズな女の子でして、まず住んでいるところが安いアパート。これについては当時一緒に見ていた祖母と母が「あの男(小林薫さん)、こんな甲斐性しかないなら浮気しちゃダメよね」と肯きあっていました。
 ちなみに、向田邦子ドラマを家で見ていると、きまって序盤で私の父がテレビのある部屋から姿を消していました。居たたまれなくなったんだと思います。

 話を戻すと、ここでの洞口さんは安い愛人生活に順応したような有様で、はじめは小林さんがなぜこの子を囲っているのかがわかりません。
 ところが、生活感を剥き出しにした洞口さんの色気を見ているうちに、だんだんと気づくんですね。加藤治子さんの母役も、これに近いものを持っているのだと。息子にとって、おんなの原像である母親に似た何かがこの若い女の子にも感じられるのではないかと。
 そこに気づくと恐ろしくなります。童顔の洞口さんがこの役を演じているところにもリアルさがあります。その姿から目が離せない私は、小林薫さんの役に共感して、「しょうがないよ、わかるよ、でもダメだよ、いや、ダメってわけでもないよね・・・」などと意味不明の声をかけたくなります。
 
<王道ベストテン>第5位  『留守宅の事件』(1996年1月9日放送) 

 ああ私等二人唇(くち)と唇とを合はした昔
危い幸福の美しい其の日。――さうでしたねえ。

 永井荷風の訳によるヴェルレーヌの詩、「道行」です。この詩を収めた『珊瑚集』(岩波文庫)が『留守宅の事件』で使われます。洞口依子さん演じる宗子が、古谷一行さん演じる従兄の萩野にプレゼントした本。
 松本清張の原作をドラマ化したこの作品で、洞口さんはこの世の人として登場しません。まず、殺人事件の被害者として死に顔を見せ、次に葬儀での遺影が映り、やがて回想の中で儚さと大胆さの混ざり合ったミステリアスな存在として現れます。

 古谷一行さんと人目を忍んで訪れた旅館の場面。そこでの洞口さんが素晴らしい。日常生活を「留守」にして、愛する男と漂泊している女の刹那的でいて永遠にも等しい充実。表に降る雨を窓から眺めているその横顔の安らぎと寂しさが心に残ります。縁日で買ってきた鈴虫の淡い生命力もそう。
 いくつかの「留守宅」が繋がって謎を生むミステリーで、不在となった洞口さんを回想する構成もそこに組み込まれています。いろんな不在が虚ろな機微を呼ぶのです。

 誰も満たされていない。洞口さんの役も、本当に好きな男性がそばにいないまま生きていたと言えます。
 洞口さんがプレゼントした詩集の味わいも、そうした「留守」の連鎖と無縁ではありません。その『珊瑚集』のタイトルが画面にはっきりと映らない不親切さも本作には合っています。そして、この女性を内面の焔と静謐さをもって演じる洞口依子さんがいる、それが『留守宅の事件』を珠玉の名編にしています。これもまだCSなどでリピートされているので、洞口さんのファンで未見の人は絶対に、絶対に見てほしい作品です。
<王道ベストテン>第4位  『さむらい探偵事件簿』(1996年10月29日〜3月4日放送)

 テレビ・ドラマでの洞口依子さんというと謎の多い女性や翳のある役を演じてきた印象が強いのですが、コメディ・タッチの作品で笑いの一翼を担っているケースもあります。
 その中でも『さむらい探偵事件簿』での洞口さんはハッチャケています。ズルく逞しく可愛い、遊女のトキです。
 この作品は松田優作さんの『探偵物語』の時代劇版をコンセプトに作られたそうで、高橋英樹さん演じる主人公・本間五月は江戸時代にもかかわらず探偵事務所の看板を出しています。時代考証をはずれた設定や小道具がリアリティよりノリを重視してドラマを賑わせるのです。そんなところは渡哲也さんの『浮浪雲』を想起させたりします。

 そう、本作はノリがいいんです。スタッフとキャストが一致協力して、ひたすらポンポンと飛び跳ねていくコミカルな時代劇を作りあげています。見ていると、自分まで作品に参加している気分になります。視聴者に作り手のノリを分かち合う喜びをもたらします。

 公認の吉原ではない傍場(おかば)と呼ばれる廓で働くトキは、情報屋の役割をつとめます。本間五月は私用でも聞きこみでも彼女を頼りにしており、そのたびに金をせびられます。本間五月は金が大好きですが、トキも負けず劣らずに金が好き。この2人のやり取りにはホンネを投げ合うキャッチボールの軽快さがあります。
 その軽快さは全登場人物から放たれるもので、回が進むにつれて、敵も味方もその心地よいノリを共有していきます。
 これは音楽でいうところのグルーヴです。おもにベースとドラムが中心となり、そこに様々なミュージシャンが加わって演奏をうねらせるように、このドラマもファンキーなグルーヴでうねっていくのです。だから、とてもカッコいいんです。

 洞口依子さんがコミカルな役を演じる場合、周りと少々ノリの違うキャラクターが多いようです。『鬼ユリ校長』でのめぐみ先生なんか、それがとてもチャーミングでした。
 しかし、『さむらい探偵事件簿』での洞口さんは周りと違っていません。みんなハジけていて、みんないい。
 今回のベストテン企画で私は「エトランゼ」という言葉を何度も使うのですが、本作での洞口さんは異邦人ではありません。この変な世界が気兼ねの要らないホームであるかのように、チャキチャキに跳ねています。そしてその様子を眺めていると、私も野球拳で遊びたくなるのです。
 洞口依子・イン・ザ・グルーヴ。その幸せたるや!
 
<王道ベストテン>第3位 『雀色時』(1992年12月10日放送) 

 1992年ということは洞口依子さんがデビューしてから10年にも満たない頃で、この年に『雀色時』で浅丘ルリ子さんと共演し、この難しい役に挑んでいたことには感慨深いものがあります。
 ひとことでは説明しにくい役で、全体としては母と娘の物語です。浅丘さんがアルコール中毒の弁護士で、洞口さんはその娘。父母は娘が幼い頃に別れています。

 冒頭、海辺のレストランでこの母娘が会話をしているんですが、非常にトゲのある会話です。娘が母に対して批判的なのですが、母も痛いところを突かれながら一歩もひかない。ベルイマンの『秋のソナタ』を観ているかのような、浅丘ルリ子と洞口依子の演じる母娘の軋轢はいきなり視聴者の上に作品の重みを載せてきます。
 洞口さんが火をつけたタバコを浅丘さんが横取りするんですよ。2人とも指が細くて、タバコもスリムで、それら繊細なものが主張と意地のぶつかり合いの中で剣に見えます。

 母に反目する娘ではあるけれど、親子であることから逃れられません。演出も2人の姿を鏡のように映して、暗にそのことを示します。
 やがて洞口さんが失踪し、役所広司さんが物語に登場してからサスペンス色が深まります。この先はさすがにネタばらし出来ません。
 ただ、洞口さんが生きて発見されることと、その時の彼女が壮絶な状況に置かれていることは書いてもいいでしょう。発見されるまでに、物語上はもちろん、視聴者にとっても時間が流れているわけで、そのあいだに彼女がどんな思いを味わっていたのか、視聴者はそこで母役の浅丘ルリ子さんと一緒に想像して愕然とするんです。
 で、それを想像させる洞口さんの演技が、人ならざるものの苦しみというか、動物の本能にまで迫っていて震撼させます(詳しく書きたいけど、これは書いちゃいけない!)。

 そして、そんな修羅場をくぐり抜けた母娘に訪れるラストでは、洞口さんの顔に幼い子供のような表情が浮かぶんですね。ここも見事です。この表情があって、空が薄暗くなってはいても夜にはまだ時間がある雀色時の光が物語を包みます。
 
<王道ベストテン>第2位 『からくり人形の女』(1989年11月28日放送) 

 必殺の、という枕詞で飾りたくなる洞口依子さん演じる水絵。その魔性を堪能できる作品です。
 必殺とは、必ず殺すと書きます。私も殺されました。俺殺人事件の発生。そんな人が日本中にいっぱいいたはずです。

 脚本は中島丈博さん。洞口さんの出演作では『蔵』『悪の仮面』『炎立つ』が中島さんの脚本作品です。欲望が生み出す人と人の綾は、本来、サスペンスとも相性がよいはずで、この『からくり人形の女』はそれが最高度に表現された東陽一監督の傑作です。

 東京で暮らしていた堤真一さん(線が細い!)が故郷の知多半島に戻って来るとこから物語は始まります。そこには、からくり人形の細工師である父・田村高廣さんと、血のつながらない妹の洞口依子さんが住んでいます。洞口さんは堤さんに兄妹の関係に収まらない感情を持っており、堤さんは誘惑に抗しきれず一線を越えてしまいます。さらに、父の田村さんも洞口さんによこしまな愛を注いでおり、物語は殺人事件をめぐるミステリー以上にこの3人の背徳のドラマを主軸にして進みます。
 この内容からもおわかりのように、ヒロインが発する魔性に説得力がなければ話になりません。この女性に男が狂ってしまうのも無理はないと納得できないと成り立たないのです。

 そこで洞口依子さんですよ。最初に出てきた瞬間から只事ではない。膝をつき、細い腕も畳について、堤真一さんを見る視線の妖しさ。ああ、これはもう一緒に堕ちてゆくしかないな、堕ちてゆくのも幸せだよ、と思ってしまう。人をどうかさせるヌラヌラした色気を発しています。
 この3人がモラルをそっちのけにして破滅してゆくさまには奇妙なスリルをおぼえます。それは観ている人間までもが洞口さんの魅力に巻かれて、堕ちてゆく気持ちよさによってしまうからです。

 もうひとつ、この作品では知多半島のからくり細工が丁寧に紹介されまして、物を仕掛ける作業と犯罪の仕組みとが洞口さんを媒介に官能的な匂いを漂わせて結びついています。誰も彼も視聴者も、からくり人形に驚くようにして洞口さんに翻弄されるのです。
 この作品、今のところ10年に1回くらいしか再放送されません。全国的にそうなのです。東陽一監督の作品だし、なんとか劇場で上映できないものでしょうか。
<王道ベストテン>第1位 『蔵』(1995年6月4日〜7月9日放送) 

 上位の3作は、洞口依子さんの魅力という点では差がありません。作品自体も見事な3作です。だから機会があれば迷わずに見てほしいし、とくに『蔵』はDVDソフトでも入手しやすいので、ぜひ。

 洞口さんが演じる役は越後の造り酒屋の後妻に入った女性、せき。芸者というか、半玉なのでお座敷も満足につとめきれないのですが、その初々しさを見初められて蔵元に嫁ぎます。ところが名家ならではの軋轢に直面し、継娘とはソリがあわないし、授かった息子も事故で亡くし、立場が昇降して精神的に病んでいきます。

 このときの演技について、洞口依子さんは満足しているとコメントしています。それでも「60点〜70点」なのだそうです。
 このドラマを見た人であれば誰もが「それは謙遜しすぎ」と思うでしょう。もっとも、演じたことのない者には自身の演技を採点する難しさがわからないのですが。
 であるにしても、ここでの洞口さんには畏怖をおぼえずにおれません。

 まず、感情の幅が広い。最初、座ったまま眠って男心をつかむ段での無邪気さ。それでいて「旦那になって私についてください」と頼むときの、したたかな心の動き。仲間から玉の輿を囃し立てられて向ける、屈託のない笑顔。
 嫁いだ先で継娘から疎まれ、肩身の狭い思いに苛まれての寄る辺なさ。後継ぎの息子が出来てからの反撃に見る冷たい強さ。
 やがて息子の死とともに再び居場所をなくし、酒におぼれて孤独から逃れる虚ろさ。ここでは洞口さんの放心した演技が残酷なまでに効いています。
 そして、荷馬車に揺られて屋敷を去る際に浮かべる、安堵と敗北感が一体となった笑みの寂しさ。
 これらをひとつのドラマの物語に沿って変化させてゆくんです。『蔵』はいろんな見どころがある作品で、せきを演じる洞口さんも重要な役割をつとめています。

 それだけではありません。ここでの洞口さんが見事なのは、こうした感情の諸相が互いに通じ合っていて、たとえば無邪気さの中には計算高さに繋がる種子があるし、冷酷さを支えているのは弱さや寄る辺なさなのです。起承転結で良い人が悪い人に変わっていくだけではないんです。常に複数の感情が表裏で混ざった状態で表現されています。
 せきという女性がいた。その重みがズッシリと残る『蔵』での洞口さんです。

というわけで、まずは<王道ベストテン>、もう一度整理しますと次のような結果となりました。

第1位 『蔵』
第2位 『からくり人形の女』
第3位 『雀色時』
第4位  『さむらい探偵事件簿』
第5位  『留守宅の事件』
第6位 『思い出トランプ』
第7位  『北の国から ’89帰郷』
第8位  『愛という名のもとに』
第9位  『私は悪女?』
第10位  『時にはいっしょに』

続きまして<贔屓ベストテン>!
<贔屓ベストテン>第10位  『 臨床心理士(4)血まみれの母と金髪の息子の心を引き裂く第三の血液型』(2001年10月16日放送) 

 私のフェティッシュな好みを発動して選びました。
 丘みつ子さんの演じる主婦に夫殺しの嫌疑がかかり、坂口良子さんの臨床心理士が真相に近づこうとすると、弁護士が面会を遮ります。この融通のきかない弁護士が洞口さん。タイトにひっつめた黒髪にフレームレスの眼鏡。生活指導の先生みたいな厳しさで、警察からも煙たがられています。
 私はここでの洞口さんを『Z』でのジャン・ルイ・トランティニャンに喩えるのですが、色香の溢れる役柄の似合う俳優がそれを封じて演じたときに、抑えたがゆえに零れる色香がここにあります。
 しかも後半に入ると、洞口弁護士は理詰めでは掴めない経緯が事件の背後にあったことを悟り、それまでの強気の姿勢が揺らぎます。人生の機微を知らなかった、と戸惑うんです。それを悟った瞬間の洞口さんの表情がハイライト。視聴者はここで自分が臨床心理士となって、彼女の心の一点に生じた隙間と向き合います。
 『甚内たま子』シリーズでのライバル役に近いキャラクターと、『女の人さし指』の頃の少女の目線が一本の作品で味わえる作品です。
<贔屓ベストテン>第9位  『ゴルフスクール 女たちの華麗な斗い』(1992年3月14日放送)

 これも面白かった。スポーツクラブで起きた殺人事件をめぐるミステリーの形で前半が進むのですが、後半に入るとピカレスク・ロマンに変わってゆきます。前半で探偵的な役割かと思わせる洞口さんが、じつはとんでもないワルなんです。
 松尾嘉代さんと結城しのぶさんと奈美悦子さんが女のバトルを繰り広げます。洞口さんは一歩ひいた位置で受け身の雰囲気をまとっています。なんか可哀想なプロフィールでもあるのかなと同情モードで見ていると、一番食えないヤツだったいう構成。
 さらに面白いのは、ここでの洞口さんは物語の途中で豹変するのではなく、最初から一定のトーンでアウトサイダーなんですね。だから、後半に入って真相が明らかになっていくと、意外性とともに納得できるものが確かにあるんです。
 こういう視聴者をドライに突き離した作りのドラマに洞口依子さんはハマります。再放送の機会があれば、ぜひ。
 
<贔屓ベストテン>第8位  『殺意 日向夢子調停委員事件簿1』(2003年8月1日放送)

 メタ「2時間サスペンス」です。ブティックを経営する薄幸の女性が洞口さんの役で、ストーリーは彼女の恋愛が巻き起こす悲劇ではあるのだけど、ひねったセンスの演出が2時間サスペンスの約束事を客観的かつ新鮮に見せていきます。
 かといってコメディではないんです。型の古さを笑うような、安易なカウンター的発想で作られていません。見せ方が凝っています。
 たとえば、洞口さんが子供の頃を回想するとカメラが左へ移動し、そこに部屋があって、子役が少女の頃を演じます。それが終わると右の部屋に移り、また洞口さんの演技へと戻ります。
 彼女が毒を盛られて床に倒れ苦しみもがく場面では、『ダイヤルMを廻せ!』ばりに電話に手をのばします。で、何をするかというと、調停委員の三田佳子さんに電話をかけて、断末魔の呻きの中で事実を告白するんです。そうした華麗な演出と定番のシチュエーションとの組み合わせが歌舞いた面白さを呼びます。なんというか、とてもキッチュでグラマラスな味わいが全編に溢れている作品です。
 そんなひねった作品を背負っているのが、数多くの2時間サスペンスに出演してきた洞口依子さんなのだから楽しさも倍増です。そしてこのドライな作りは、彼女のユーモアのセンスと手を結びながら軽快なドライヴ感を生みます。クリエイティヴな楽しさが演出からも洞口さんからも伝わってくるのです。
 ノリノリで、笑顔で見れるサスペンスです。今も再放送されるドラマなので、お見逃しなく。
<贔屓ベストテン>第7位  『悪の仮面』(2001年9月9日放送)

 ずっと車椅子に乗っている洞口依子さん。小柳ルミ子さん演じる姉と二人で、ある夫婦の家に入り込み無茶苦茶に乱します。
 この作品での洞口さんについては、過去に私が書いた文章をそのまま転載します。
 「洞口依子さんは終始むくれた表情で夫婦とコミュニケーションをとろうとせず、インテリアや服などに矛先を向ける。同情されるはずの状態にある彼女が振りまく、主人公たちにも視聴者にも理由の判然としない拒絶感がドライで強力で、姉とは別種の得体の知れない不安感をかきたてる。」
 「車椅子に乗った役どころの依子さんはあまり他では見ない設定だけれど、その視線の持っている力がどれほど強いのか、家の中を移動する姿から発せられるオーラが十分に証明していると思う。」
 「脚本は中島丈博さん。洞口依子さんとの関連でいえば、『からくり人形の女』『炎立つ』『蔵』がある。私は脚本の当て書きといったことに詳しくないし、これら作品での彼女の役がどうなのかは知らない(『蔵』はあきらかに違うけれど)。でも私は中島脚本の作品で見る洞口依子さんがとても好きだ。どの作品でも、集団やコミュニティに属しきらない人間像と、洞口依子さんの醸す孤高の魅力とが結びついていると思う。この『悪の仮面』では、平和な家庭に入り込んだ他者という設定にもちろんそれを感じることができる。
 しかし、それだけではない。さらに皮をめくったところ、姉妹のあいだにある他者の部分が少しずつわかってくる展開で、この妹が本当は何に「属しきらない」でいたのかが明らかになってくる。それまでの挑戦的な態度の中に自我のもろさを忍ばせて、依子さんの演じる変化が新たにサスペンスと謎を惹き起こすようになる。私はここがとても面白かった。」
 手前味噌で恐縮ですが、そうだよなと思います。
 
<贔屓ベストテン>第6位 『炎立つ』(1993年9月26日〜11月7日/第2部の第1話〜第7話まで)

 平安時代の新人類。大河ドラマの中に咲く『土曜倶楽部』の花一輪。清原家衡の侍女、柾(まさき)です。都から嫁候補として招かれたにもかかわらず、本ばかり読んで賢しげなところがあるため、侍女として住まわされています。
 『翔ぶが如く』に次いで出演した大河ドラマで、『翔ぶが如く』のおりょう役もそうだったように、現代的な佇まいを感じさせます。常に本を手離さず、仕事の最中でも『蜻蛉物語』などを読んでいる役。そのせいで視力も低いらしく、人を見るときには目を細めています。また、人の言うことに対して突拍子もないリアクションを取ったりします。なんというかポスト・モダンな脱臼感を誘うのです。
 それだけではありません。洞口依子さんがこの役を演じることで、まるでヨーロッパ映画の小間使いのような印象を受けます。そして、そのことが柾のイメージを不思議ちゃんではなく、平安時代の奥州に迷い込んだエトランゼに近づけているのです。
 それは柾が屋敷の中で死体を発見する場面にも表れています。そこでは照明などにホラー的な演出が施されており、おそらく洞口さんとホラーを結びつけた先駆的な演出でもあったはずですが、襖の陰にボ〜ッと浮かび上がる彼女の顔は、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』でキャンパスを訪ねたエトランゼと繋がって見えます。 
 
<贔屓ベストテン>第5位  『とおりゃんせ・深川人情澪通り 第8話「幼なじみ」』(1995年11月10日放送) 

 こちらは泣かされます。もう、クライマックスの洞口さんと横山みゆきさんの演技で涙腺決壊です。
 江戸を舞台にした人情話なんですが、この回では現代にも通ずる友情とプライドの葛藤が描かれています。かんざし屋の娘・お紺を横山みゆきさんが演じていて、洞口さんはその幼馴染のおまつ。おまつは昔、お紺の家で下女として雇われていたんです。その後、彼女は独立して茶屋を経営し成功しました。かなりの遣り手で、何度も危ない橋を渡り、手を汚してもいます。
 今ではお紺のかんざし屋の商売が傾いていて、その窮状を見かねたおまつが力になろうとやって来ます。でも、お紺はおまつに工面を頼めないんです。彼女は子供の頃、自分に下女がいることを周りに自慢していたから、もとは下女だったおまつに頭を下げられない。
 洞口さんの登場シーンは『レベッカ』です。いつのまにかヒロインの近くにいて、ギョッとさせます。お紺のビビりようと、おまつの目のこわさ。その深いところにあったのが、二人の立場の逆転でした。
 書かずにはいられないので書いちゃいますけど、クライマックスではおまつがお紺に「どうして私をあてにしてくれないんだい?」と詰め寄ります。水臭いじゃないか、と。そこでお紺は初めて彼女に対するこじれた思いを打ち明け、「おまっちゃん、お金を貸してください」と頭を下げます。
 ところが、この脚本はすんなりと進まない。「私なんかの汚れたお金でいいの?」、おまつはそう問い直します。いいセリフですね。この迂回があるから次のセリフが効きます。お紺はその言葉に、「だって・・・おまっちゃんが泣きながら貯めたお金じゃないか!」と返して嗚咽するのです。
 完全にネタバレしましたが、大丈夫。私は何度見てもこの二人の芝居で泣けます。セリフがいいし、洞口さんの間合いが素晴らしい。「私なんかの汚れたお金でいいの?」は意地悪なようでいて、それを言う事でしか越えられない垣根の高さを感じさせるし、重くて、しょっぱい。たまらんです。
<贔屓ベストテン>第4位  『女性保安員二階堂雪 万引きする女』(1998年4月18日放送)

 洞口依子版『太陽がいっぱい』です。洞口さんの演じるレジ係の地味な女の子が、華やかな生活を送る友人と再会したことで洗練されていきます。彼女が明るく華美に変わっていくのと時を同じくして、なぜか友人のほうが姿を消します。まさに『太陽がいっぱい』です。
 このドラマはじつに丁寧に作られており、木の実ナナさん演じるスーパーの保安員(万引きGメン)の家庭が描かれる前半も、そこでのセリフが後の洞口さんの変貌の伏線になっていたりします。その丁寧さは洞口さんの役にも行き届いており、内向的な人物が突然ハデで明るく変わった裏側に、性格悲劇的な痛ましさが描かれています。
 そして、こういう役柄を演じるときの洞口さんの見事な実在感!二面性というよりも、どちらも一人の人間に起こりうる事として、根を同じくしているのが伝わります。笑顔の哀しさであるとか、楽しげな様子の奥に潜む虚しさだとか、物語の底を厚くしていると思います。
 2時間サスペンスでは、通常、事件の動機が終盤で視聴者の同情を誘うように明かされます。この作品にもそれはあるのだけれど、彼女の内面にどれだけの良心が残っているのかがミステリーとなっています。クライマックスの空港で、木の実ナナさんと洞口さんが対峙して探り合うのもそこです。
 あやしい人間と人間のあやうさを演じる洞口依子さんに魅了される一編です。ヨリコロジストとしては、『マルサの女2』を連想させる鏡台のシーンもポイント。
 
<贔屓ベストテン>第3位 『女子刑務所東3号棟・私が出遭った史上最悪の女』(1998年6月29日放送)

 これも2時間サスペンスの傑作のひとつ。やはり1998年にオンエアされました。
 女子刑務所を舞台にしたドラマで、泉ピン子さんが仕切る雑居房に洞口さんも入っています。言ってみれば、これまで多くのドラマで演じてきた犯罪に下された罰の実態がここで初めて見れるわけです。ところが、この女性はしおらしく塀の中の生活を過ごしていません。
 彼女の名は青山志保。東大出のインテリ放火犯で、ティモシー・リアリーのThe Politics of Ecstasyのペーパーバックを雑居房で読んでいるんです。ティモシー・リアリーって、ヒッピー文化や反体制運動のアイコンみたいな人です。
 それを刑務所に持ち込んで読んでいるキャラクターがアリなのか。アリなんですねぇ、洞口依子さんが演じることで。
 常にポーカー・フェイス。冷徹でさえあるその言動は、ときおり気遣いをのぞかせる──かと思いきや、じつはそれもエゴイズムの発露だったりします。
 牢名主のピン子さんも一目置いている強敵です。その手ごわさがティモシー・リアリーに表れているし、ティモシー・リアリーと洞口依子の組み合わせの切れ味は作品にエッジを立たせています。
 そのいっぽうで、東京ボーイズが慰問ショーの漫才を披露する場面では、クールな役柄の洞口さんも笑いを隠しきれなかったようで、しかしそれがまたイイんです。それも含めて、この青山志保という女性像がトータルで心に残ります。
 
<贔屓ベストテン>第2位 『美空ひばり物語』 (1989年12月30日放送)

 美空ひばりさんが亡くなって半年後の年末に放送された3時間のドラマです。ひばり役は岸本加世子さんで、お母さん役を樹木希林さん。
 洞口依子さんが演じているのは、ひばりさんの顔に塩酸をかけた、日本の芸能界史にも残る事件の犯人です。当時、未成年だったので役名の田代久美子は仮名。劇中では一度も名は明かされません。
 この作品をリアルタイムで見たとき、私は洞口さんが何の役で出てくるのかを知らなかったように思います。事件についての知識はあったし、避けて通れない出来事だから描かれるだろうと想像していましたが、洞口さんがその少女を演じるとは予想していませんでした。
 結果的に、最良のキャスティングだったと言えます。集団就職で田舎から上京し、住み込みの家政婦として働く少女が、生きる支えだったひばりへの憧れが結婚の報道を機に失望へ、やがて憎しみに変わっていくまで。彼女を犯罪者として断罪するのではなく、豊かになってゆく日本から取り残された若者の生きづらさに視線を寄せて描いています。
 洞口さんは東京生まれの東京育ちであるのに、こうした地方出身の女の子をまるで等身大であるかのようなリアルさで演じていました。
 セリフの少ない役ですが、都会の暮らしで感情を言葉にする術を身につけていない少女の姿が浮かび上がります。押入れの扉の裏側を埋め尽くす、ひばりのピンナップ。その写真に向かって呟く「ひばりちゃあん・・・つらいんだ」のセリフ。お屋敷の外で、かじかむ手を息で温めながら洗濯仕事をして口ずさむ「波止場だよ、お父つあん」の物悲しさ。公衆電話からひばり邸に電話をかけるも取り合ってもらえず、受話器を置いてはまたかけ直す、若さの愚かさ。そして薬局で買った塩酸を隠し持って国際劇場に趣き、最悪な方法でひばりと接触する事件の当日。連行される際に、ファンの怒号を浴びて、「ひばりちゃあん、ごめんなさい・・・」としゃがみ込んでしまいます。
 この少女のエピソードがここまできちんと描かれていたことも感心しますし、洞口さんにこの役をキャスティングしたのも英断でした。
 放送された1989年は、日本中が浮かれ騒いでいたバブル期です。高度経済成長から落ちこぼれた少女をこんな疎外感と孤独感をもって演じる若い女優はほかにいませんでした。そして80年代の終わりに私たちは、おめでたさだけではなく、これと似た欠落感もおぼえていたのではないか。
 地方出身者であれ東京人であれ、洞口さんはエトランゼや外側にいる人間を演じると絶品です。
<贔屓ベストテン>第1位 『戦慄の旋律』(1992年10月18日放送) 


 ディレクターズ・カンパニーが制作した30分のドラマで、関西テレビの深夜に放送されたので見逃している人も多いかもしれませんが、DVDがまだ探せば手に入るみたいです。
 洞口依子さんは女子大生の役で、1枚のレコードを友人から持ち逃げする途中で、追いかけてきたその友人を誤って殺してしまいます。レコードは希少中の希少盤で、そこには恐ろしい因縁を秘めた曲が吹き込まれています。
 そのエピソードが明かされる「冥曲喫茶」は道玄坂の名曲喫茶ライオンです。私は東京に行くと、品川駅で帰りの新幹線に乗る前に渋谷に立ち寄ってライオンでお茶を飲むのですが、もちろんこの『戦慄の旋律』の聖地めぐりです。
 そんなことはどうでもよくって、この作品はホラー的な怖さよりも、どこかネジの緩んだような、たわんだ空気のはらむ倦怠感に独特の魅力があります。
 たとえば、序盤で洞口さんが友人を死なせてしまうシーンでは、そのへんに落ちていたブルーシートを死体にかぶせて逃げます。隠す気があるのかないのか、よくわからない適当さなのです。ぞんざいと言ってもいい。
 洞口さんが恐怖のエピソードを聞かされる段でも、表情を強張らせて叫んだりしません。それどころか、微睡むように心地よさげな目つきで身を任せています。岸野雄一さんが登場するレコード屋の場面も妙に白茶けた空気です。
 心ここにあらずの調子で展開するので、掴みどころには欠けています。作品全体に不思議な不全感が漂っているのです。
 しかし、それが洞口依子さんを輝かせて、彼女もまた作品に輝きを与えています。何かが決定的に引かれた状態で進むなか、風景をサラリと着こなすようにして場所から場所を歩いて彷徨っていく彼女の姿が美しい。役のプロフィールは説明されず、ただただ放心して失われてゆく洞口依子を目で追って味わえる作品です。特殊な嗜好ではありますが、これほど放心が匂うように美しい人はいないのです。このドラマが作られたことに感謝したい。


<贔屓ベストテン>、かなり独特の選出となりましたが、もう一度整理しますと次のような結果となりました。これらの10本は見る機会が少ないものもあるのですが、たとえば『美空ひばり物語』はVHSで発売されていたので、気長に探せば手に入るかも。どれもドラマとして面白く見ごたえのあるものばかりです。

第1位 『戦慄の旋律』
第2位 『美空ひばり物語』
第3位 『女子刑務所東3号棟・私が出遭った史上最悪の女』
第4位  『女性保安員二階堂雪 万引きする女』
第5位  『とおりゃんせ・深川人情澪通り 第8話「幼なじみ」』
第6位 『炎立つ』
第7位  『悪の仮面』
第8位  『殺意 日向夢子調停委員事件簿1』
第9位  『ゴルフスクール 女たちの華麗な斗い』
第10位  『 臨床心理士(4)血まみれの母と金髪の息子の心を引き裂く第三の血液型』


☆「
洞口依子さんの出演映画ベストテン


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洞口日和