『赤かぶ検事 京都篇/ 第4話 能面の女』(2010年)

サスペンスで洞口依子さんが演じる役で、こういう「泣き」が入らないものというのは、
ここ数年ではめずらしいように思う。
ロケーションや事件の再現描写などで『
津和野殺人事件』かなり重なる部分が多かったけれど、
冷静に見えて男に一途な女を演じたあの作品と今作とのキャラクターはかなり異なっている。

派出所の警官から盗まれた拳銃で、弁護士が自家用車の中で殺される。
その妻である日本舞踊の家元・岩淵美希子が依子さんの役。
自分の弟子に夫を奪われ、別居中の彼女に当然疑いの目が向けられるのだけど、
彼女には犯行時刻にアリバイがあった。

「能面の女」とサブタイトルにあるように、依子さんの役は、終始感情を露わにすることがなく、所作にも隙を見せない。
なによりも、止むに止まれぬ事情を涙で告白して情に訴える、という展開ではない。
いや、それ以上に、事件の関係者が、被害者も愛人も犯人もみんな憐憫の埒外にいるので、
三角関係の各先端が丸っこくない。 けっこうギスギスしたまま進みます。 
それが意外とドライな印象を残し、時間の短さもあいまってくどくならない。

「保名」の「恋よ恋 われ中空になすな恋」が象徴的に使われていて、依子さんが実際に稽古をしている場面もありますが、
足袋職人との関係、これにはお琴と佐助のシチュエーションも絡んでいそうですね。
依子さんが立ったままで足の寸法を確かめさせるところから、よろめいて畳に倒れ、
そこから仏間のほうへしなだれかるまでの動き、足袋職人を試すようにちらと見やる仕種などは、
なんだかテレビで見るのが懐かしい感覚のように思います。
で、『津和野〜』にも草履の鼻緒が切れたのを恋人に直してもらうシーンがありましたが、
あのときの少女のように恥らう表情とここでの依子さんとを比べるのも面白いです。

夫の愛人である弟子に向かってアップで破門を申し渡すシーンでの睨みつける目つき、
その弟子にスパルタ稽古をつけている回想シーンなど、久しぶりに全編にわたって険のある依子さんのドラマ。
最後の最後、足袋職人さんが追いつめられて告白するあいだ、外見は冷ややかににじっと見おろしていますが、
一瞬、ものすごく不機嫌に表情をくもらせて、やがて目を見開き、もう一度冷静に戻ったときには
思いやりへと気持ちを一歩進ませます。
おそらく、彼が小袖を持って逃げた事実に「保名」を思い浮かべたのでしょう、
「恋よ恋」・・・一日も惜しまずに稽古をしていたその謡を彼に手向けるようにつぶやきながら歩き去って行きます。
この足どりは『サンセット大通り』のグロリア・スワンスンほど重々しくはないんだけど(笑)、
「私が稽古してきたのは、こういうことだったのね、ふふふ」という芸の奥義を悟った感慨と自分への皮肉をどこか含んでいるようで、
泣き崩れるよりもかえって印象に残ったりします。


2010年2月3日
TBSにて 21:00〜21:54放送 

佐伯俊道 脚本
長尾啓司 演出

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