A Young Person's Guide To Yoriko Douguchi
『ドレミファ娘の血は騒ぐ』から『SHOGUN 将軍』まで、
洞口依子さんのフィルモグラフィー入門!



 



 昨年の『洞口依子映画祭パート2』では、私と同じ50代や60代だけでなく、20代や30代の人たちの姿を館内で見かけました。
 このページでは、最近洞口さんに関心を持ったという方のために、出演作リストから映画とドラマの作品を選び、そのフィルモグラフィーを簡潔に紹介したいと思います。
 いくつかの例外を除いて、なるべく名画座での上映や映像ソフト、配信、再放送で見る機会が期待できそうなものを選んであります。


1985年〜1991年
ドレミファ娘の血は騒ぐ』
『タンポポ』 『マルサの女2』
『時にはいっしょに』 『北の国から ’89 帰郷』
『からくり人形の女』
『思い出トランプ』
『芸術家の食卓』 『陰翳礼讃』

 洞口依子さんが『ドレミファ娘の血は騒ぐ』でデビューした1985年はバブル景気の手前の時期でしたが、日本は経済大国の地位を確立しており、社会は種々の問題を抱えていたものの安泰に近い気分に包まれていました。
 『ドレミファ娘の血は騒ぐ』は、日活ロマンポルノとしてお蔵入りになったのちに生まれ変わった経緯があり、どのジャンルの枠にもはまらないユニークな作品だったことから、新しい映画を求める人たちに歓迎されました。この作品でデビューを飾った洞口さんも、当時メディアを賑わせていた「新人類」、「若者たちの神々」の一人に挙げられ、注目を集めたのでした。

 ドラマ『時にはいっしょに』(1986年)では、そうした彼女のイメージが主人公の男の子を困らせるキャラクターにフィットして、キュートでコケティッシュにして、コミカルなトラブルを巻き起こす実在感があります。同時に、最後は彼女が若い登場人物たちのトラブルを収める役割となるのも、その言動の奥に垣間見える寂しさや温かみが納得させます。
 『北の国から ’89 帰郷』での役も似た系統にあるのですが、こちらはもっと市井に生きる若者のフラストレーションを感じさせ、そのぶんキャラクターに厚みが増しています。純くんを押し倒そうとしてボートから落ちる失態も、欲望を持った人間味として、やがて教会で彼女が見せる優しさに表裏で通じています。
 これらの役柄で見逃せないのは、すでにデビュー後の洞口さんが、コミュニティの外部から現われる、あるいはコミュニティに馴染みきれないアウトサイダー的な属性を演じていることです。それは2時間ドラマのサスペンス展開にも発揮されていて、『からくり人形の女』(1989年)では彼女のアウトサイダー感がミステリーの核になっています。

 向田邦子ドラマの『思い出トランプ』(1990年)での洞口さんは、男と女の関係のどうしようもなさを荒んだ目つきと生活感で見せます。同シリーズの他の作品も良いですが、彼女のファンにはまずこれを推薦します。
 映画では『タンポポ』(1985年)での海女役が短い時間ながらも鮮烈で、同作の名場面です。やはり伊丹十三監督の『マルサの女2』(1988年)では、まばゆい光を浴びて登場した少女が変貌してゆくさまを演じています。

 宮田吉雄・演出によるハイビジョン・ドラマの先駆作『芸術家の食卓』(1989年)と『陰翳礼讃』(1990年)は、第一回目の『洞口依子映画祭』(2009年)が視聴できた貴重な機会でしたが、映像エッセイ的な『芸術家の食卓』はYouTubeのこちら
にアップロードされており、映像詩的な『陰翳礼讃』は横浜の放送ライブラリーで閲覧できます(こちらのページ)。


1992年〜2003年
『愛という名のもとに』
『パイナップル・ツアーズ』
『雀色時』 『蔵』
『留守宅の事件』
『CURE』 『ニンゲン合格』 『カリスマ』
『富江』
『さむらい探偵事件簿』

 一人の俳優のフィルモグラフィーをファンが時期を区切って云々するのも勝手な話です。しかしフィルモグラフィーを辿ると節目と呼びたくなる作品が見当たるもので、洞口依子さんの場合、1992年のドラマ『愛という名のもとに』がキャリア初期から次の段階に入った作品と言えるのではないでしょうか。
 平成ドラマの代表作のひとつに挙げられる作品であり、最高視聴率が32パーセントを記録した大ヒット・ドラマです。ここで洞口さんの演じた則子はメイン・キャラクターの中でもっとも市井の若者に近く、とりたてて誇れるものもなく意志の弱い則子が迷いながらも人生を選択する姿には胸うたれます。そこに自分を投影して見た人はたくさんいたはずです。

 全編が沖縄で撮影された映画『パイナップル・ツアーズ』(1992年)の第3話に出演したことも、洞口さんの人生に影響する大きな出会いをもたらしました。ラストで沖縄の海に落ちて、ハリボテのパイナップルにすがりつく彼女には、その後のバイオグラフィーを思うと感慨深いものがあります。この作品もやはり節目です。

 黒沢清監督の『勝手にしやがれ!』シリーズ(1995年〜1996年)、『CURE キュア』(1997年)、『ニンゲン合格』(1999年)、『カリスマ』(2000年)では、どれも異なるタイプの作品と役柄ですが、洞口依子さんにしか起こせない映画的な魅力に溢れる渦を巻き起こしています。
 この時期の充実はドラマでも味わうことができて、現在も再放送されるNHKの『蔵』(1995年)は役を生き抜くかのような名演です。さらに、非常に難しい役どころの『雀色時』(1992年)もときどき再放送されるので、お見逃しなく。
 2時間サスペンスへの出演も多く、中でも『留守宅の事件』(1996年)は洞口さんのミステリアスな佇まいが男女の機微を哀しく波立たせる傑作です。

 また、『富江』(1999年)などJホラーの代名詞的な映画での彼女も、その個性が不穏で不安定な空気を盛り上げています。
 時代劇にもデビュー以来たくさんの出演作があり、この時期では『さむらい探偵事件簿』(1996年)が快作かつ洞口さんの快演を楽しめるドラマです。時代劇専門チャンネルでは現在もリピートされているようです。


2004年〜2016年
『探偵事務所5 マクガフィン』 『ウクレレ Paititi The Movie』
『一万年、後・・・・。』 『パンドラの匣』 『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』
『飛べ!ダコタ』

 2004年に大病を患ってからの復帰。その前後のことに関しては洞口さんの著書『子宮会議』(2007年)に詳しく、半生についても書かれているので、ぜひお読みください。
 闘病からの復帰を目指すなか、『パイナップル・ツアーズ』のスタッフと沖縄で撮られた『探偵事務所5 マクガフィン』(2005年/2006年)は重要作です。サントラには洞口さんが参加したウクレレ・バンド、パイティティの音楽が使用されており、『マクガフィン』と『子宮会議』とともに、この三つは困難を乗り越える表現の力で結ばれています。

 この時期は、洞口依子さんが『子宮会議』の朗読やパイティティの演奏でライヴを行い始めた時期でもあります。パイティティはアルバムも発表しました。当サイトも立ち上げが2007年で、それまで以上にファンとの距離を近くした洞口依子さんが意外でもあり、嬉しく思ったものでした。キャリア25周年を祝う最初の『洞口依子映画祭』がシネマヴェーラで3週間にわたって開催されたのが、この時期の2009年。
 パイティティのドキュメンタリー映画『ウクレレ Paititi The Movie』(2009年)は、フィルモグラフィーとバイオグラフィーが重なり合うこの時期を代表する作品で、音楽と楽器を通じた仲間たちとの交歓、そして洞口さんの笑顔が爽やかな感銘を呼びます。

 劇映画では沖島勲監督の『一万年、後・・・・。』(2007年)、冨永昌敬監督の『パンドラの匣』(2009年)、大森立嗣監督の『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(2010年)と、ユニークな作品が並びます。どの作品でも、洞口さんが登場するや空気を一変させるほどの存在感を放っています。
 それらと異なるタイプの映画では、終戦直後の佐渡を舞台にした油谷誠至監督の『飛べ!ダコタ』(2013年)がお薦めです。洞口さんは物語の悲劇面を担う母親役で、息子の復員を信じて待つ健気さと戦死の報を受けて慟哭する姿に、上映中の映画館内からは啜り泣きの声が聞こえました。私もいまだに、あの映画の洞口さんを思い浮かべると目頭が熱くなります。
 

2017年〜
『沈黙 -サイレンス-』(2017年)
『終点は海』(2021年)
『白鍵と黒鍵の間』(2023年)
『SHOGUN 将軍』(2024年)

 復帰後の洞口依子さんのフィルモグラフィー紹介を二つの時期に分けるべきか迷いました。でも『SHOGUN 将軍』(2024年)から振り返ると、あの作品の撮影がバンクーバーで始まった2021年9月を節目として意識するし、インターナショナルな映画制作ということからマーティン・スコセッシ監督の『沈黙 -サイレンス-』(2017年)にまで線を引くことにしました。

 『沈黙』と『SHOGUN』の主人公はどちらも異世界同然の国だった日本にやって来た西洋人で、そこで文化の違いや宗教間の軋轢を経験します。そして外国から日本を見る視点は、『SHOGUN』の撮影中にカナダに滞在していた洞口さんが強く持ったものでもあったようです。
 『沈黙』での出演シーンは短い時間ですが、洞口さんの演じるキリシタンが火刑に処されるさまは壮絶です。彼女の大ファンの私でさえも、それが演技であることを忘れて見入りました。

 長い撮影期間と長いポスト・プロダクションが終わって、配信された『SHOGUN』は目を見張らせ唸らせる人間ドラマでした。本当に、ここまでの作品に仕上がるとは思ってなかったんです。圧倒されました。
 激動するストーリーの流れにあって、洞口さんの演じる桐の方が時に場を和ませ、時に芯の強さを見せ、策謀家の夫と離れても息を合わせるようにして内助する様子に、この作品で洞口さんを見れて良かったと思いました。
 『SHOGUN』が高い評価を得て各賞に輝き、エミー賞の舞台に上がったスタッフ・キャストに洞口さんがいるのを見て覚えた喜びは、ファン歴でも格別のものでした。

 そのカナダ撮影の前に撮られた『終点は海』(2021年)は23分のショート・ムービー。観る機会は限られていますが、浜辺で眠る洞口さんが詩のように魅力的です。ここで海の向こうを見つめた後に、カナダへと渡ったのですね。
 帰国後は『パンドラの匣』の冨永監督の『白鍵と黒鍵の間に』(2023年)がありました。こちらはアメリカへ旅立つ息子のためにトンチンカンな物を持ってくるお母さんの役です。彼女の調子っぱずれな言動が背伸びしたい息子を苛立たせるのですが、邪心のない笑顔と言葉には温かい含蓄があり、ノンシャランとした包容力が素晴らしいです。

 以上、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』でのデビューから2024年の『SHOGUN 将軍』まで、洞口さんのフィルモグラフィーを駆け足で辿りました。ほかにも特筆すべき作品はあるし、紹介した中にもめったに見れない映画やドラマはありますが、また折を見て上映・放送の告知をファンサイトに反映していきます。この記事を洞口依子さんのフィルモグラフィーのベスト盤がわりに、ガイド・マップとして参考にしていただけたら幸いです。



洞口依子さん出演作リスト&解説へ

洞口日和