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〜洞口依子さん出演作品解説〜 |
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『金子文子 何が私をこうさせたか』(2026年) |
大正時代に大逆罪で死刑判決を受け、やがて恩赦により無期懲役に減刑されるも、天皇制を否定する考えを曲げずに獄死した女性、金子文子を描いた浜野佐知監督の映画です。
洞口依子さんの役は、菜葉菜さんの演じる文子と対話する教誨師・片山和里子で、洞口さんにとっては『百合子、ダズヴィダーニヤ』(2011年)以来の浜野監督作品。主演の菜葉菜さんや大方斐紗子さん、そしてこれが惜しくも遺作となった吉行和子さんも、『百合子、ダスヴィダーニヤ』に出演していました。
私が『金子文子〜』を観に行ったのは3月の3連休中の京都シネマで、高齢層を中心に満席でした。好評につき上映期間が延長されたそうです。朝鮮で生活する少女期の文子が川への入水自殺を企てるも、こんな世の中に負けてたまるかと踏みとどまる冒頭から、客席から食い入るようにスクリーンを見つめる気配が感じられる2時間でした。文子の思想を転向させようと目論む刑務所長や特高、それを悉く突っぱねる文子と、両者の背景にあるのは100年前の社会です。が、大逆罪という罪を筆頭に、それら昔の出来事が時代錯誤に思えない、むしろ再び近づいているような空気を覚えることに、今この映画が作られた意義があると思います。
洞口さんの教誨師・片山和里子がストーリーの中央に登場するのは、白川和子さん演じる先任者が文子との対話に頓挫した後です。和里子は文子を担当した予審判事・立松の知人であり、立松は文子に対して厳粛かつ真摯に対峙したことから、文子の敵意を多少は和らげていました。まずはそこを糸口に、和里子は文子との対話を進めていきます。
冷静にして温もりがあり、柔和な物腰の中に芯がある。洞口さんの演じる片山和里子を、私はそんなふうに受け止めました。刑務所側は文子を転向させたいのですが、和里子はその目的を焦ることなく文子と向き合います。過激と見なされる思想の、文言の奥にあるものに光を当てるかのような視線が、この作品での洞口さんの演技にはあります。それが眼光紙背に徹した鋭さではなく、また文子の生い立ちに寄せる憐れみでもなく、あるがままに相手と向き合おうとする視線です。
『百合子、〜』で野上弥生子を演じた時の洞口さんも、洋館の庭で湯浅芳子と中條百合子を交互に見やる視線がとても印象に残りました。そこで口許に湛えた悪戯っぽい笑みも、じつに洞口依子さん独特の魅力があって佳かったのです。『金子文子〜』では、さらなる包容力と自然体の落ち着きを漂わせ、一滴の安心感を物語にもたらします。
片山和里子も文子の思想を転向させることはできません。けれど、あるがままに話を聞く人物との対話は、文子の尖った口調を丸めます。この展開でも、和里子は文子との感情的な距離を詰めずに、相手が少しずつ扉を開くのを暗黙の内に確かめているかのようです。そうした距離感や他者性は、エトランゼ的なキャラクターを数多く演じてきた洞口依子さんによって、社会の規範の外にいる人物に注ぐ慈しみを帯びています。そしてその温もりが作品の重い核から離れずにあるところが、洞口依子ファンにも本作をお薦めしたい理由です。
<『金子文子 何が私をこうさせたか』>
浜野佐知・監督 山崎邦紀・脚本 高間賢治・撮影 目見田健・編集
出演
菜葉菜 小林且也 結城貴史 三浦誠己 佐藤五郎 贈人 菅田俊
洞口依子 鳥居しのぶ 和田光沙 大方斐紗子 吉行和子 白川和子 咲耶 巣山優奈
制作・配給 胆々舎
2026年2月28日公開