〜洞口依子 出演作品解説〜 |
『飛べ!ダコタ』(2013年) |
今から3年ほど前、洞口依子さんにお話をうかがったときに印象的だったのは、「はやく老け役をやりたい」という言葉だった。
日本の女優は観客の「若くい続けてほしい」という希望に応えようとする。 その努力は立派だけれど、自然に歳をとるタイミングを逸してしまいがちなので、
自分は年寄りの色気というものを表現できるようになりたい、というもので、私は自分が男性ということもあって変に気を遣ってしまい、それ以上深く聞くことができなかった。
そのときに私が漠然と思い浮かべたのはジーナ・ローランズやシモーヌ・シニョレなどで、たしかに洞口さんは日本よりもそういう海外の女優さんに近いものを多く感じるのだけれど、
正直言って、(当時)45歳で老け役は少し早いんじゃないかな、とも思った。
結局、ファンのこういう気持ちが俳優を枠にはめる一因になるのかもしれないと反省している。
『飛べ!ダコタ』での洞口さんは、ビルマ戦線に出征したひとり息子の復員を待ち続けている敏江という女性を演じている。
終戦の翌年、佐渡の漁村にイギリスの要人機ダコタがエンジントラブルで不時着する。
旅館を営む村長(柄本明)、その娘千代子(比嘉愛未)、足を負傷し出征できなかった青年健一(窪田正孝)、娘を空襲で亡くした警防団長(ベンガル)らをはじめ、
村の人々がこの事態に戸惑って右往左往する。
イギリスに配慮しつつ、古くから様々な「客人」を受け入れてきた佐渡という土地の誇りをかけ、そして敗戦の傷やわだかまりを乗り越えて、
ダコタが再び飛び立って帰国できるよう村を挙げて協力した実話が、てらいのない真っ直ぐで力強い語り口で描かれる。
キャリア25年めで初の劇場映画作品となる油谷誠至監督は多くのTVドラマを手掛けた人で、そのなかには洞口さんが出演した作品もある。
どれも正攻法の2時間サスペンスで、『こちら森中探偵堂』での親子の絆と親ごころの弱さ、『救命救急センター(2)』での友人同士のコンプレックスや疾しさの葛藤などは
謎解き以上に印象に残るものだった。 『飛べ!ダコタ』と繋がるテーマもあるかもしれない。
また、『飛騨高山に消えた女』と『渡り番頭 鏡善太郎の推理V』での洞口さんは、それぞれに2時間サスペンスでの彼女の王道的な役柄で魅力があった。
(4作品ともわりとよく再放送されるので、『飛べ!ダコタ』と洞口依子さんに興味を持たれたかたにお薦めします)
洞口さん演じる敏江は、健一が不自由な脚を引きずるように神社の石段をのぼっていく場面で登場する。
健一は敏江の息子が戻らないだろうと思っている。 そして、そのことが戦争に行けなかった自分を責めることにもなる。
敏江は、息子は帰ってくると言いきる。
ここでの洞口さんの笑顔は、その奥底に一枚蓋がしてあって、きっとかなうと信じているのか、かなわない事を悟っているのか、観ている者に心の機微を酌もうとさせる。
その想像に反射する気丈そうな彼女の姿は、どこかいたましい。
この場面をはじめ、洞口さんの映るすべての場面で、映画館のあちこちから鼻をすする音が聞こえていた。
健一が自分の内で戦争を終わらせられないように、じつは敏江もまた一番残酷な結果には視線を奪われないようにしている。
彼女の無垢な笑顔のひとつひとつがポジティヴで哀しい。 それが村民たちの団結が強まっていくなかで、よけいに涙を誘うのだ。
彼女がイギリス人にある親切をおこない、晴れ晴れとした表情で家路につく夜の場面。 私はこの場面での洞口さんがもっとも好きだ。
その親切が思いやりから来るものであるぶん、そこに彼女がこめていただろう希望を思い、先の展開を予想すると、胸が痛む。
そして悲劇が訪れる。
ささやかだが掛け替えのない幸せを奪われて、身も世もなく慟哭する敏江の姿。
そこには、年輪を重ねた一人の弱い人間の姿が投げ出されている。
長年好きで見続けてきた「洞口依子」とはべつの、カッコいいとか悪いとかではない、あるがままに悲しい人がいる。
そのことにもまた胸衝かれるような思いがして、涙を抑えることができなかった。
気丈さからにじみ出るいたましさや、ポジティヴであることの哀しさなど、相反する色で表わされていた敏江が動かしようのない答えを突き付けられ、悲しみで一色に染まるまでが、
物語の展開と洞口さんの演技に沿って自然な流れで導かれる。 この自然さは近年のどの作品での彼女よりもストレートに響くものだ。
もし今でもデビュー当時のイメージを求めれば、もしかすると『飛べ!ダコタ』での洞口さんとは擦れ違いがあるかもしれない。
けれど、生きるか死ぬかの瀬戸際から戻ってきてくれた洞口依子さんが、今こうして新作で素晴らしい演技を見せてくれる、
彼女から、ありのままの人間の弱さや、わずかな希望を糧に毎日を生きてゆく実感、そして年輪を重ねた深みがこんなふうに伝わる、
それは歓迎すべきことなんじゃないだろうか。
こうやって自然に歳を重ねて、今まで見れなかったような新しい洞口さんを見れるのなら、こちらがヨイヨイの爺さんになっても映画館まで出かけて行きたいと思う。
そんなふうに洞口依子さんの新作を待っているファンにとって、『飛べ!ダコタ』は本当にうれしい贈りものだ。
監督 油谷誠至 |