『タクシー・ドライバーの推理日誌(9)・過去から来た女』(1998)

ドレミファ娘の血は騒ぐ』で最初に映ったもの、
それはテープコーダーを持った洞口依子さんの手でした。
あの最初のカット(と、『恥ずかし実験』直後の這うような手の動きも、もちろん)が
よほど強烈に焼きついたのか、私は以後のどの作品においても、
依子さんの手の動きに視線を奪われがちです。

この『タクシー・ドライバーの推理日誌(9)』では、指輪が小道具として用いられます。
そのためか、依子さんの出番では彼女の手もとに注意を惹くように撮られており、
見ていると、久々に軽度の「秋子コンプレックス」に見舞われそうになります。

依子さんの役は、新聞社会部の敏腕記者。
警察を糾弾するような論調の記事を平気で書くため、上司の手を焼かせる存在でもあります。
そんな彼女は、元刑事のタクシー・ドライバー(渡瀬恒彦さん)の娘が職場にいると知り、
そのタクシーに乗って追跡取材を強行したとき、犯人護送中の車が当て逃げで横転。
乗っていた犯人と警部が犠牲となります。
居合わせた依子さんは大スクープをものにしたことになるわけですが、
この事件の裏に、彼女の悲しい過去が隠されていた、というのが大まかなあらすじ。

タクシーの後部座席で、あるいは食事の席で、
無意識のうちに指輪をなでる彼女のしぐさが強調されます。
また、『勝手にしやがれ!!』の羽田由美子のように顎を乗せることはないですが、
組んだ両手にも気が導かれてしまいます。

物語の後半、謎が解き明かされる段には、彼女とかつての恋人が手をあわせる回想もあり、
反面、彼女が記事を書いている手、メモを取っている手は一度も出てきません。
依子さんの手のアップは、ほとんど全て、この女性の過去へ通じているかのようです。
さながらサブタイトルにある「過去から来た女」そのものです。
依子さんの細い手が組まれたとき、それが祈りのような澄んだ意志の強さと悲しみを帯びる。
仕事ひとすじ、暴走も辞さない女性記者の、心に秘めた思いが手にあらわれるからこそ、
タクシードライバーはそこに引っかかりをおぼえるわけですね。

恋人との別れに直面したときの回想シーンは、「高校を出たくらいの」年齢という設定。
現在の彼女が顎をつきだし気味にして、自信たっぷりに会話するのに比べて、
このシーンでの依子さんは逆に顎を引き気味に、思いつめた表情で映ります。
恋人の不運になす術もなくうろたえる少女は、まるでデビュー時の依子さんに返ったような幼さ。
このことがまた、「秋子コンプレックス」を悪化させます。
童顔だから、というのも理由かもしれませんが、もっと本質的に、このおびえた少女の目は、
洞口依子さんが変わらず持ち続けているもののひとつではないでしょうか。

クライマックスの浜辺の場面では、淡い陽射しに光る渚をバックにして、
影絵のように映る姿、そして過去を語ってゆく表情のなんという美しさ。
指輪をはずして、海に向かって放り投げた瞬間、ほんの1秒ほどですが、
先の少女の顔に戻るんです。
少女の哀しみと、少女の恋の終わりが、そこにあらわれます。
とてもいい横顔です。

指輪をはずす手のアップ。そして少女の横顔。
ここがこの作品の見どころでしょう。


1998年4月18日21:00〜22:54 
テレビ朝日「土曜ワイド劇場」枠にて放送

笹沢左保 原案
坂田義和 脚本
吉田啓一郎 監督


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