〜洞口依子 出演作品解説〜

『スワロウテイル』(1996年)

(当サイト「洞口日和」は、星野役の洞口依子さんを応援するサイトです。
この『スワロウテイル』の解説は、依子さんを中心に語るもので、
いわゆる作品解説とは趣旨が異なります)


  

CHARA演じるグリコのYENTOWN BANDと契約する---
と書くだけで、読んでいる人の記憶の結び目がハラリとほどけるのが見えるようです。

現在30歳前後の人たちと心に残る映画の話をすると、
真っ先に話題にのぼるというよりも、タイトルを言うと、誰もが「あぁ」という顔をする、
そんな作品がこの『スワロウテイル』。
彼らが10代の真っ盛りに、いろんなメディアを巻き込んで話題となったヒット作。
その世代のイギリスの若者が『トレインスポッティング』でイギー・ポップを「発見」し、
アメリカの若者が『ロミオとジュリエット』でカーディガンズを歌ったなら、
日本の若者がこの映画を観に行って、カラオケで「あいのうた」を歌っていた1996年。

J-POPという言葉が、急速に浸透していった頃でした。
この作品も、その言葉と切り離せない部分が大きい。
物語の舞台となる円都(イエン・タウン)は架空の街という設定ですが、
音楽産業の規模のイメージは、90年代半ばの日本からそう離れているようには思えません。

洞口依子さんの役は、CHARAたちYENTOWN BANDと契約する事務所、
ポップランド・ミュージックの星野。 マネージャーという解釈でいいのかな。

私の記憶では、一度も笑わなかったような印象があったんですが、
じつは、面接のシーンで、レコード会社の担当(鈴木慶一氏でした!)に紹介されて、
一瞬だけ笑みをこぼすんですね。
この笑みが、完全なる社交上の笑顔。 
目が笑わないんです、この女性。
笑うと口許が柔らかく見えるんですが、人を射るようなまなざしがよけいに強調されます。
油断のならない人物です。

面接の部屋に少し後から入ってきて、歩きながらグリコの仲間たちが控えているほうを一瞥します。
値踏みをする視線、威圧する視線、軽蔑する視線、そのいずれの要素もが少しずつ入って、
それらが、不安げな、どこか恐れを抱いているような表情にまとめられます。
この視線がいいです。

多くの彼女のカットが、バスト・ショットで顔を斜めから撮ったもの。
なんか気になるなと思ったら、体が正面を向いていて、視線を斜めに送ってる。
人と話すときに、目を向けたほうに、体を動かさないんですよ。
これ、普通の人間がやったら行儀が悪いか腰が悪いかのどちらかなんだけど、
依子さんのあの有無を言わせない眼光の迫力を増強しています。

星野にとっては、これから売り出すグリコの恋人フェイホン(三上博史さん)の存在が邪魔です。
彼だけを上海に強制送還させようと策を弄します。
彼の逮捕を会社に電話で報告する夜のシーン。
「心が痛んだわ・・・ちょっといい男だったから」
そして後ろには、サイレンを鳴らして去ってゆく警察の車。
物語はフェイホンの連行とともに次の局面に向かうのだけど、
星野が登場したときに見せた、あの恐れや不安の混じった落ち着かない色が夜に広がって、
彼女の抱えた物語が浮き上がってくるのではないかと、思わず目を凝らしてしまう場面です。

そして(予想に反して)釈放されたフェイホンに手切れ金を渡すシーン。
「約束して。彼女とはこれっきりよ」と、フェイホンの目を見据えます。
軽口をまじえて百万円の札束を数える彼から、ゆっくり目を離すのが印象的です。
彼を見下すような目で見ることなく、画面の外に泳いでゆく彼女の視線。
そこからは彼女の心情はとらえきれません。
そんな依子さんの表情にキャメラが近づいてゆくと、それまで譲らない意志で覆われていた瞳が、
わずかな翳でくもってゆくんです。
ここが見どころ。
そしてその翳に、登場シーンでの不安げな目の色に近いニュアンスを感じ取ります。

それは、星野という人物が、グリコたち社会の部外者にとって「あちら側」の日本人でありながら、
J-POPに沸き立つ日本の社会には安住できない何かを抱えているかのようにも映るのです。

1996年9月14日公開 
製作=「スワロウテイル」製作委員会 
配給=日本ヘラルド映画=エース ピクチャーズ

岩井俊二 原作・監督・脚本
篠田昇 撮影 
小林武史 音楽  



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