〜洞口依子さん出演作品解説〜

『シェフは名探偵』第5話(2021年)

 フレンチ・レストランのシェフ(西島秀俊)がお客の悩みを料理や食材を糸口に解決していく、一話完結型のライト・ミステリーです。第5話では子供の食の好みの変化を訝る女性(占部房子)とその再婚相手(瓜生和成)のエピソードと、妻に家出をされた男性(利重剛)とその妻(洞口依子)のエピソードが並列して描かれます。

 洞口依子さんの出演時間は長くないのですが、最後にお店に現れる段でストーリーを終わりから包んで結ぶような強い印象を残します。
 ファンとしての目線では、利重剛さん演じる男性が妻君のことを語りだしたあたりで、それ即ち洞口さんじゃないかと微笑ませます。家出の遠因となったフォアグラのことや、フランスでおぼえたチーズとジャムの件なんか、まるで彼女のエッセイを読んでいるかのようです。これは洞口さんのファン・サイトとしてもポイントが高い。
 また、西島秀俊さんとの共演は『ニンゲン合格』での数々の名シーンが脳裏によぎるし、利重剛さんといえば洞口さんが出演した『パイナップル・ツアーズ』や『探偵事務所5 Another Story File7 マクガフィン』を連想させます(ちなみに、『マクガフィン』は私が洞口さんの出演作でもっとも重要だと思っている一本です)。

 そうしたファン目線を外して見ても、フォアグラの場面での戸惑いの表情や、なんといってもラストの来店場面で見せる柔和な笑顔には、デリカシーと寛容さがひとつになった滋味を感じさせると思います。しかも、ふんわりと悪戯っぽさがまぶされてあるんです。
 とくにラスト。もとから夫に軽いお灸をすえるつもりだったことが、ドアを開けて席につくまでの足どりで伝わってきます。その足どりは夫の心の綾を全部承知している強さでもあって、カウンターで隣に腰かけて彼からの詫びを受け入れるまで、憎いくらいに鮮やかな演技です。夫婦の日常のスウィッチが押し直されたことを、何事もなかったかのように視聴者に伝えます。
 こういうさり気ない演技を見ていると、デビュー時の彼女に参っていた頃よりも今の私は得しているのではないか、と考えて嬉しくなりました。ここ数年、洞口依子さんからはそんな特典を受け取り続けているのかもしれません。

 コロナ禍の下で収録されたドラマで、現場の配慮は大変だったろうと想像されますが、その想像を忘れるくらいにリラックスした作品です。途中の回想場面も含めて、洞口さんが物語に打つ句読点が上品でほっこりとした後味をもたらしているのではないでしょうか。

2021年7月5日23時6分よりBSテレ東にてオンエア

出演
西島秀俊 神尾佑 石井杏奈 濱田岳 佐藤寛太
利重剛 洞口依子 占部房子 瓜生和成 上矢晴太 
渡邊みな  佐々木ゆき
原作・近藤史恵 脚本・西条みつとし 演出・向井澄



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洞口日和