『殺意・日向夢子調停委員の事件簿1』(2003)

(ネタバレです!ご注意を)

雨のそぼ降る早朝の公園、といっても林があり、大きな池がある広い敷地ですが、
レインコートでジョギングをする人、散歩する老人がいます。
そしてラジオ体操ではなく、ゴルフの素振りを練習する洞口依子さんの姿があります。

依子さんが早朝に素振りするとなると、ちょっとした会社経営者が趣味と健康のために
慣れた手つきと表情でおこなうような図を、私などは想像してしまうのですが、
どうもこの女性、ゴルフクラブを握る姿が板についてないんですよ。
依子さんの目つきにも、余裕や押しの強さがほとんど窺えない。
で、これがストーリー進行上、ポイントのひとつになってます。

この初音という女性の振っていたクラブが散歩中の老人をヒットし死なせてしまう序段から、
悔恨の情に嗚咽する彼女の姿には、振って湧いた不運に耐える、薄幸の女性像があります。

初音は小さなブティックを一人で経営しています。ウェディングドレスを販売する店。
結婚を目前に控えた女性客に笑顔で接する姿が何度も描かれますが、
彼女自身は、不幸な家庭に育った過去から、結婚や家庭に対してコンプレックスを抱いています。
このブティック、試着室が分厚いドレープのあるカーテンでゴージャスに仕切られていて、
客をそこへ案内する彼女の笑顔や肩のあたりに、寂しさが漂っています。
漂っているのだけど。

このドラマ、ひねったセンスの遊びが盛られているんです。
前述の公園の場面にして、オチが一回挿まれているし。

初音が少女時代を語る場面では、現在の彼女の姿から、カメラが左の部屋へ移動し、
そこで子役が回想シーンを演じ、またそのまま右の部屋へ戻って現在のシーンへ。

あと、これは元ネタがなんだったかなぁ、オフィスのシーンで、
一度に四方のドアから社員がドカドカッと入り込んで来たり。
ラストは『アパートの鍵貸します』のシャンパン、ポンッ!だし。

薬を混ぜられたグラスが、シュワ〜ッと大げさに泡を立てたり。
初音が恋人と向き合うところで、画面が少し斜めに傾いたり。

非常にドライなユーモアで、「メタ2時間ドラマ」になりそうな観すらあります。

そうしたなか、三田佳子さんも坂井真紀さんもかなりコミカルに演じているし、
坂井さんなんか『ミラクルタイプ』のココリコが出てきそうなくらいなんですが、
洞口依子さんだけは、「2時間ドラマの洞口依子」なんですね。
及び腰で世間にひけ目を感じながら、内に情念を秘めている薄幸の女性。
追いつめられて堂々と開き直るときには、凄みをも感じさせる。

これだけ薄幸の女性役であるのに、泣かせに走らないんですよ。

閉店後の自分の店で、恋人にウェディングドレスを着て、「似合う?」とか言ってる。
妻を殺すかどうか躊躇している彼に、「わたしがやってあげる!」と買って出る。
恋人に盛られた毒でマンションのフロアをのたうちまわりながら、三田佳子さんに電話をかける。
幸せに縁遠い女性の、一途ないじらしさと怖さ、そして愚かさ。
それが、視聴者である私の、涙ではなく、笑いのツボに僅かに寄ったところを刺激するんです。

とくに、断末魔の苦しみにもがきながらも(電話で)告白している姿というのは、
2時間ドラマのナンセンスをデフォルメしたようなヒネリが利いています。
依子さんが這いつくばってカメラに向かって手を伸ばすほどに、
カメラがシリアスさから逸脱した方向へ後ずさりしてゆくかのようです。
そんな作り手の視点があるとき、この女優さんはホントに輝きます。


2003年8月1日(金) 
フジテレビ系列「金曜エンタテインメント」にて21:00〜22:54放送

七高剛 演出  
田中江里夏 脚本
夏樹静子 原作

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